第50話 危険がいっぱい!!?
玄関で音──どうやら幻夜が戻ってきたらしい。
そのままリビングに顔を出した幻夜だが……その表情が珍しく曇っている?
篝もそれに気づいたようで、
「おかえり、幻夜くん。お茶淹れようか?」
「…………あぁ。その前に…ちょっといいかい?」
「ん?」
二人がこそっと話を…言葉を一つ二つ交わす。
篝の表情がほんの一瞬だけ、険しいものに変わった気がした。
重苦しい空気がこの場を支配する。
──嫌な予感
何か問題が起こっているに違いない雰囲気ではあるが、俺がどうこうできる問題ではないだろう。少なくとも今の俺には。
「……俺、部屋戻ろうか?」
わざわざ小声で報告するようなことなら、俺がいたら話しづらいことなのかもしれない。
俺の提案に一瞬迷うような二人。
だが、
「いや、宗一郎にも話しておいた方が良いと思う」
と篝に引き止められ、その言葉に幻夜も小さく溜め息をつきつつも同意した。
そして、改めて俺の方へ視線を向けると
「宗一郎、星酔が姿を消した」
「は?」
思わず聞き返した俺に、幻夜は静かに続けた。
「正確には、僕の前からだが……公園の件の少し前から今現在も、だ」
その言葉に白叡が小さく舌打ちし批難の視線を送る。
『駒の管理はしっかりしておけよ』
その言葉に幻夜は冷笑をうかべると、
「──勝手に動くのは駒とは言わないよ」
『……あぁ、お前はそういうヤツだったな…』
盛大な溜め息をついた白叡。
だが、俺はこのやりとりに背筋が凍る思いがした。
そんな俺に構わず、幻夜は話を続ける。
「それから、上位の鬼が数名目撃されている」
それは、俺や篝を狙って実力の高い上位の鬼が動いている……てやつ?
「……目撃って、この近くで?」
「ああ。この近辺の妖連中も怯えているよ」
困ったように言う幻夜。……形ばかりのようにも見えたが。
まぁ確かに、椿姐さんも似たようなことを言ってたな。
おそらく俺が思っている以上に妖怪…妖は一般社会や人間に紛れているのだろう。
だがその中でも力の強いモノがウロウロするのは異常事態なのかもしれない。
少なくとも弱小の妖には脅威でしかない……いや、人間や俺にとってもだが。
「下手したらあいつらの妖気だけで消滅してしまう妖がいたり、あてられておかしくなる人間がいても不思議はないからね」
怖っ!!
相変わらず淡々と言う幻夜も怖いけど。
だが……これは、本当に早くなんとかしなくては!
俺たちだけの問題じゃなくなってるぞ?
「まぁ…
「……ずいぶんと楽しそうじゃないかい?」
「そんなことないよ?」
「どうだかな」
呆れたように…いや、諦めに似た溜め息を小さくつく幻夜と白叡。
確かに、
そんなの…明らかに楽しそうな篝はともかく、状況は最悪だ……俺にとって!
しかも追い打ちをかけるように、
「──鬼の襲撃もだが、星酔もまた宗一郎に接触してくる可能性がある」
幻夜から
「いいかい? 念の為、強化して広げておくが…僕の結界はマンション敷地内だけだからね」
「白叡も無理に戦わず、ボクたちに知らせるんだよ?」
二人からそう念を押され──その後、部屋に戻った俺たち。
俺がベッドに腰を下ろすと、白叡も横で毛繕いを始めたようだった。
──にしても。
幻妖界から戻ってまだ1日くらいの間にいろいろなことがありすぎたな……。
特に、星酔の件は──重い。
「……まさか幻夜の前からも消えるとはな…」
幻夜は引き続き星酔を探すとは言っていたが、あの感じからして…もう何を仕掛けてきてもおかしくない。
星酔と幻夜の間にどんなやり取りがあったのか、実際のところは俺には分からない。
ただ間違いなく、星酔は幻夜のために動いていた。
幻夜からは直接的な命令ではなくとも、紅牙探しに続き覚醒まで手を貸すよう言われたはず。
だとしても、命に関わるようなことを幻夜が許していたとは思えない。
現状、星酔が幻夜の想定を越え始めているのでは……?
幻夜の前から姿を消し、艮を手引きして俺を襲撃するような強引な手段に出た星酔。
俺の記憶を取り戻すという名目だったとしても、実際は──
「やっぱり星酔の目的は、俺の命になったのか──?」
俺の呟きに、白叡が小さな溜め息混じりに答えた。
『どうだろうな』
否定も肯定もしない。
ただ、毛繕いを続けながら
『ただ、せっかく
そこに同情も何もない…ボソリとした呟きを複雑な気持ちで聞いていた。
『……アイツは気付いてないフリをしていたが、嫌ってほど分かっているのさ──最終的に
白叡は溜め息混じりにそう続けた。
仇である
幻夜の望みは紅牙の存在と記憶…何より仲間が揃い、再び共に生きること
妖狐としての幻夜と、紅牙の仲間としての幻夜
その両方を知る星酔が……気付かないはずがないのだ。
それでも。
それが星酔にとっては裏切りであったとしても、気付いてないふりをして……全て分かった上で、幻夜に尽くすと誓ったのだろう。
『
もしかしたら、星酔は無理矢理にでも信じることで生きてこれたのかもしれない。
天狗に一族をやられ、辛うじて生き残った自分を助けてくれた幻夜…その目的がどうであれ自分にとっては命の恩人であり、一族の仇である天狗に対抗できるであろう妖狐の一人なのだから──きっと。
そんなわずかな希望を持ったとしても、相手が悪い。
少なくとも星酔の望みを知っている上で利用していた。
それを叶える気どころか、わずかでも手を貸す気はない──天狗…ましてや
星酔がどう思おうと、幻夜にとっては“勝手に期待して、勝手に絶望しただけ”に過ぎない。
そもそも星酔を助けたのも、獏を傘下に入れるために利用しただけ……か。
「……なんか、可哀想だな。星酔も獏も」
思わず溜め息混じりに呟いた俺に、白叡は冷淡な視線を向けた。
『だから言ってるだろう?
あぁ…初めて幻夜に会った時にそんなこと言ってたか。
ただこの場合、狡猾とかでは済まない気はするけどな。
『……元々獏は中立の立場だった。それを天狗が無理に傘下にしようとして失敗し、結局色々あって妖狐の
そう言って鼻先で小さく嘲笑う白叡。
……ふと、疑問がうかぶ。
無理にでも数少ない傘下に入れたかった天狗。
見せしめで主要集落を一つ失ったにも関わらず、傘下に入ることを拒んだ獏。
天狗に渡したくない何かが……?
「そもそも、天狗は獏の能力…夢に特化した力をどう利用しようとしたんだ……?」
そんな小さな疑問を口にした俺に、白叡は仕方なさそうに口を開いた。
『獏はな、夢を渡るだけでなく睡眠自体をも操り……対象を強制的に眠らせることもできる』
あぁ…前に白叡もやられてたな。
『……あとな、一部のヤツは夢を媒体に“魂の深層”に干渉することができるんだ──……お前もやられたんだろう?』
紅い荒野と大きな扉を見た、あれ……か。
もしかして、天狗はそれが欲しかった…のか?
『その能力をどう使うかはともかく、魂の深層…それは記憶を呼び起こす心の扉を開けることと同じ。そんな奥底に封じられてるような
あぁ、白叡の言う通りだ。
わざわざ蓋をし、鍵までかけた記憶──それを呼び起こした時、本当に心は耐えられるのだろうか?
もし、対象の閉じ込めたはずのトラウマを引き摺り出されたら?
獏を…そんな恐ろしい能力を手に入れ、悪用したら……??
そして、俺はあの時見た扉の映像だけでも感情がグチャグチャになりそうだったのに……もしそれ以上のものがあったとしたら?
俺は耐えられるのか──?
背筋に冷たい汗がつたう。
『まぁ…何にしてもだ』
白叡は俺を見ずに続けた。
『……宗一郎、お前が気にしても仕方のないこともある。ただ』
「え……?」
『
この時、俺は白叡の言葉の真の意味を分からずにいた──。
◇◆◇
そのまま数日が何事もなく過ぎていった。
俺の記憶も何かを新しく思い出すこともなく…ほぼ変わらず、だ。
ただ、気になっていることがある。
あれから幻夜はもちろん、篝もほとんどマンションにいない。
天狗二人も音沙汰なし。
テレビを付けてみれば、連続する原因不明の道路ひび割れや陥没、建物崩壊等々のニュース。
死傷者が出てないだけマシだが…………さすがに、何か嫌な予感がするぞ?
というか、心当たりがあるというのが正しいのか。
俺の方は相変わらず外出時は白叡に入ってもらい一応敵襲撃を警戒する日々。
今日も気晴らしに散歩に出てみたが……結果的にただ散歩してるだけ。
いや、外に出てみて気づいた。
──外はこんなにも音や匂いに溢れていたのか
どうも音がうるさい?
匂いが気になる……?
人々の気配がザワザワする??
特に何かが変わったわけではないはずだが、感覚が鋭くなっているのだろうか?
『──言っただろう? お前は妖に戻っている途中だと。人間より妖の感覚の方が優れているに決まっているだろう』
白叡は当たり前と言わんばかりに鼻で笑った。
なるほど、やはり人間とは感覚からして違うんだな…。
『戻るのが遅いくらいだ。……とりあえず感覚はそのうち慣れるだろう』
……あぁ、そう。
分かっていても複雑な気持ちであることは変わらない。
早く戻りたいような、戻りたくないような。
その時。
「!」
今すれ違ったのは……母さんだった。
数日前から行方不明になっているはずの息子と至近距離ですれ違ったのに、認識されなかった……。
母親が実子である俺を、息子だと気付くこともない。
そう、最初から知らない…赤の他人がすれ違っただけのこと。
幻夜の幻術のおかげなのは分かっている。
そのおかげで心配をかけることはない、それも分かっている。
術を継続して欲しいと頼んだのも自分だ。
──だが、
「…………思ったより…きついな」
今までなんとなく分かっていたつもりではいたけど
やっぱり自分のことを忘れられるのは、大事な人に忘れられるのは辛いな
17年間過ごした日々は何だったのか
母親にすら気付かれない自分は…俺は……一体何者なのだろうか
──辛すぎる
そんな簡単な言葉で言い表せないくらい悲しいことだ。
もしかして…もしかしなくても、こんな想いを俺はあいつらに…彼方にさせている──?
『宗一郎』
白叡の声に我に返った瞬間、
ざわ……
「なんだ? この感覚は……?」
寒気…悪寒とも少し違う、ぞわりとした嫌な感じ?
『気づいたか? 近くにいるぞ──いや、近づいて来てるな』
その言葉を聞くかどうかというところで、俺は自然と早歩き…から走り始めていた──。
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