第8話 溜め息をつくと幸せが逃げる!!?


 夜の公園で聞かされた話はだいぶ深刻だった……少なくとも俺にとっては。

 俺が紅牙だろうがなかろうが、もう命を狙われ続けることには変わりない。 

 そんな俺を守るため、彼方により白叡の妖力が底上げされた。

 俺が紅牙の記憶を取り戻す──それまでの、ほんの少しの時間稼ぎに過ぎないのかもしれないが、これでしばらくは……大丈夫なのだろうか?


 俺(+白叡)と彼方と幻夜──それぞれの立場や状況は違う。

 だがそれでも、今は信じるしかない。


「……さて彼方クン、僕たちはそろそろ行こう」


「うん……」


 幻夜に促され、彼方は渋々といった感じで腰を上げると、


「……本当に気をつけてね? 宗一郎──……白叡」


 改めて念を押す。


「……わかった」


 ──俺には、そう答えるしかなかった。


 それでも、にっこり微笑んだ彼方。

 そしてその横で(形ばかりに見えた)幻夜の微笑み。


 俺はただ……夜の闇に溶けるように二人が消えるのを黙って見送った。


 そして二人が完全に消えた後、静まりかえった公園にポツンと取り残された俺。

 俺の中の白叡も黙ったまま。

 なんだか急に現実に戻ったような気がして、大きく溜め息をついた。


「……帰るか」


 公園を出た俺は夜道を足取り重く、トボトボと家路につく。


 ──彼方はあぁ言ったけど


 どう気をつければいいのか。

 どう思い出したらいいのか。


 ……俺にはさっぱり分からない。

 一つ分かったことは、

 “いつどこで妖怪が出てきても、襲ってきてもおかしくはない”

 ということだけだ。


 問題はそれだけじゃない。

 見た目だけでは“妖怪”か“人間”か、俺には区別すらつかないのだ。

 もし、人の外見をした彼方たちみたいなのが出てくれば、人間のフリをしていたら……全く分からない。

 そいつが敵なら、何も気づかず無防備な状態で殺されるだけだ。


 ──…まぁ、そんな時のために白叡が居てくれるわけだけど。


 あれから白叡の声は聞こえないまま。

 また寝てしまったのだろうか?

 それはそれで、取り急ぎの危険はないということなら良いのだけど。


 ……それにしても。


 彼方はともかく、幻夜も紅牙の知り合い……ということは、友人ということだろうか?

 もしかしたら、あの二人以外にも関係者がいる可能性が高い??


 ただし、そいつが味方かどうかは分からないけど。


「はぁぁぁ……」


 あぁ……最近俺、溜め息増えたな。


 誰だったか……

 “溜め息をつくと幸せが逃げる”

 って言ってたっけ。

 だったら、俺の幸せはここ数日間でマイナスに到達しているに違いない。

 かと言って、慌てて息を吸い込んでも戻ってはこないな……。


 どんなに俺が考えようが、悩もうが……こればっかりは誰かに相談するわけにはいかない。


 ていうか、無理。

 絶対に無理だ!!


 世の中ってのは、こういう異端的な話には冷たいもんだ。

 もしくは好奇でしかない。


 ──今までの俺がそうだったように。


 “非現実”が“現実”となった今ですら理解が追い付かないのだから──他人に期待するのは無理ってもんだ。


 それに今まで(いや、今も)俺には霊感だって微塵もない。

 あくまでも常識的な範囲で生きてきたんだ……!


 こんなことに巻き込まれるなんて、夢にも思わなかったのに──…

 今じゃ、妖怪に出会ったり襲われたり……しかも俺の中に同居(?)中だったりする!!

 ……もう、これは現実として、事実として認めざるを得ない。


 そんなことを考えながら歩いていたが……


「──…ん?」


 ふと、あることに気付いて足を止めた。


 ──あれ?

 おかしいな……??


 二人と別れたあの公園から家までそう遠くはないはず……だよな?


 いくら考え事しながら、ちんたら歩いていたとしても……もう着いてもいいはずだった。

 なのに……家は一向に見えてもこない!??


『……おい、宗一郎』


 急に頭に響いた白叡の声。


 これは…やはり……??


『当たりだ。誘い込まれたようだな……』


 舌打ち混じりで言うが、緊張感は十分伝わってきた……って!

 誘い込まれたって、どういうことだよ!!?


『そのままだ。もう、オレ様たちが居るのは……敵の結界の中ってことだな』


「そッ…そんなにあっさり言うなよ!!」


 そう叫んだ瞬間だった。


 ヴウゥ……ン


 嫌な耳鳴りのような音……それと同時に、


「……ッ!!?」


 視界が一瞬、ぐにゃりと歪んだような感覚!?


 慌てる俺!!

 いや、今更慌てても遅いかも知れないけど……!


 急速に早まる鼓動と呼吸──

 それでも俺は注意しながら辺りを見回した。


 辺りを見回しても……俺がさっきからいた同じ夜道、同じ風景。

 なのに、何かが違う。

 妙な違和感がある……!


 これが“結界”なのか──…??


『簡単に言えば、遮断された空間…異空間、てことだ。──来るぞ』


 白叡の言葉とほぼ同時に、前方に現れた青白い光……!

 それも、三つもッて!?


「ちょっ…これは……ヤバくないか??」


 驚きと恐怖で、頭の中が真っ白になった俺……!!


 とりあえず、早く逃げ……ッ


『──待て。ただではここから出られん』


 やや呆れたような白叡の言葉に、無理やり現実に引き戻された。


 そうだった……!

 ここは結界の中──

 簡単に出られるわけないな。


 ん? つまり……

 逃げ道がないってことだ!!?


 そうこうしている間にも、青白い光はこちらに向かい、ゆっくりと近づいてくる……!


 その発光体の正体を確認して……

 

「に……人…形……!?」


 俺は血の気が引いた……!!

 浮かびながら光を放っているのは人形だ!!


 一つは女の子の日本人形、もう一つはフランス人形。最後に可愛いうさぎのぬいぐるみ!?


 三体ともかなり年季が入っていて、俺にとってはこのうさぎすら怖い!!


 日本人形とフランス人形に至っては、造りがリアルなだけで怖いってのに……。

 この状況下では、もう言葉で言い表せない恐怖を覚えた。


 近づく三体の人形……

 その瞳は血のように紅く光っている…!!


 どこかで聞いたような怪談が頭をよぎる。


 ……あぁ

 たぶん、今晩あたり夢に出てきてうなされること必至だ。

 ──無事生きて帰れれば、の話だけど。


 あまりの恐怖に固まる俺……!


 それを嘲笑うように、三体の人形はふよふよと浮かびながら俺を見据えていた。

 俺たちの間に嫌な緊張感が漂う中、日本人形が……


「アンタ…紅牙でしょ? ……早く宝の在処を教えなさいヨ?」


 ……あれ?


 お約束どおりのセリフだけど、ギャルな話し方と声……!?


 妖怪なのに?

 日本人形なのに!?

 見るからに呪われそうな人形なのに!!?


 ……ある意味、恐怖軽減??

 セリフも前にきた奴らとそう変わらないのに、より親しみ易いぞ……?

 いや、でも!!


「……ッだから! 俺は何も知らないって!!」


 思わず言い返したが、


「そんなはずはない!! さっさと教えろと言っている!!!」


 !? ……え?

 今……フランス人形の方から聞こえたぞ?

 なんだか刑事みたいなゴツいオッサン声で……フランス人形??


「????」


 人形の外見と声のギャップ…というか、アンマッチぶりに翻弄されつつある俺に、


『あくまで人形は器だ。いちいち惑わされるな……』


 溜め息混じりの白叡の声。

 でも、分かっていてもこれは…どうも調子が狂う……。

 まだ喋ってないうさぎの声も気になるところだ。


 まぁ、おかげで(ある意味)恐怖心は薄れた気がする。


 だが、問題は何も解決してない。

 俺が答えなければ次は……


 黙ったまま答えない俺に、痺れを切らしたフランス人形が、


「……嫌でも貴様には答えてもらうぞ!!」


 ドスの利いた声でそう言うと、青白い光は炎のように強さを増し、その紅い瞳は妖しく光る……!

 それに続くように、日本人形とうさぎも同様に戦闘態勢に入った……!?


 こうなることは分かっていたけど……明らかにピンチだ!!


 だが、もうここから逃げることは出来ない……!

 せっかく恐怖が薄らいだのに、命の危機に立たされたら元も子もない!!


 その時。

 殺気立った人形たちが動いた!!


「!!?」


 三体が俺の周りをすごいスピードで回りながら、攻撃のタイミングを計っている!?


 慌てる俺!

 ここは白叡に……!!


 だが……


『宗一郎、しっかり避けろよ?』


 無情な一言に、俺の期待は打ち崩された。


 おい!! 嘘だろ!?

 助けてくれるんじゃないのかよ!!?


『……』


 俺の心の絶叫を無視するような沈黙。


 うぅ……

 ……仕方がないッ


 俺は覚悟を決め、しっかりその軌道を見極めようと構える──。

 いつ自分に向かい、攻撃が来るかは分からない。

 落ち着いて……見極める!!


 ──ヒュッ…!


「!!」


 切り裂くように突進してきたフランス人形をなんとかかわした……!


 続けて二体の攻撃もギリギリでかわす!


 ……こんなところで自分の反射神経が役立つとはな。

 こんな時だからこその集中力か?


 だが……そう何度もは無理だ!

 しかも俺は避けるだけで相手に攻撃出来るわけじゃない。


『余計なこと考えるな。しっかり見れば避けることは出来るだろ?』


 相変わらず無茶を言う白叡。しかも、


『それに、現在だって鬼の身体能力はあるはずだ。……ホラ、次来るぞ?』


 え? ちょっ……?

 なんだか気になる言葉が聞こえたが、とりあえずは避けることに集中しなきゃ……!!


 それでも……


 何度となく繰り返され、激しさを増す突進攻撃。

 俺の息も上がり、かわす距離も紙一重……!!


 ──ヒュッ…!


「……ッ!!?」


 避けきれないッ!!?


 その瞬間


 ──ザシュッ…


「…痛ぅ……!」


 日本人形の攻撃が俺の腕を掠めた!


 熱さを感じるような痛みとともに、腕に血が滲む──

 まるで、焼き切られたような感覚……。


 痛みに怯んだ俺を嘲笑うように、回るスピードを緩めた三体の人形。

 冷たい笑みをうかべるように、その口元を歪めていた。


 もうこれ以上は無理だ……。

 攻撃を避けるどころか、じわじわと増す腕の痛みにただ耐えながら立ち尽くすだけ。


 やっぱり、幸せが逃げてたからこそのピンチか?


 俺は、溜め息を連打したことを激しく後悔していた──。

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