第41話 旧知の仲は調子が狂う!!?
時刻は夕方……とはいえ、もう辺りはすっかり暗い。
俺たちは幻夜のマンションを出て、食事のため“幻夜の友人の店”に向かっていた。
幻夜と歩いていて気づいたが、どこをどう通って目的地に着くのかよく分からない…。
たとえ知っているはずの道を通っているはずでも、だ。
これがキツネに化かされている…という感覚なんだろうか?
というわけで、よく分からないまま辿り着いたのは、霧の中でポツンと薄明かりに照らされた一軒の店──それが幻夜の古い友人の店だった。
これは明らかに…普通の店じゃない!?
「一応ここは人界だよ。まぁ……結界で人間だけでなく、妖にも見つかりにくくはなっているけどね」
幻夜が言うには──この店が友人が店主をしている飲み屋。
客は基本的に妖で、一見さんお断り。種族を問わず来店するが、もちろん揉め事は御法度。
情報交換や交流の場にもなっており、店主自身情報屋として情報提供をすることもあるがお代は高い…とのこと。
情報屋なんて漫画や映画の世界みたいだな…!
今更ながら現実離れした話にちょっとドキドキした……が、重大なことに気づいた。
え…もしかして……これ、店内に妖怪がいっぱいいたりしないか!??
「クク…心配しないで大丈夫。入るよ?」
幻夜が入り口の引き戸を開け、店内に入る。と、目の前のカウンター越しに、にこやかな営業スマイルの若い男が一人。
「いらっしゃい、待ってたよ。えっと……?」
「ああ、この子は宗一郎。宗一郎、こっちは店主の……」
「
流れるような挨拶と紹介。
ただ…兄貴分というフレーズには、幻夜は不服そう…?
幻夜と古い友人ということは、やはり──
「……あぁ、フジも妖狐だよ」
俺の視線の意味を汲み取った幻夜は、小さく溜め息混じりに答えた。
俺は改めて幻夜から藤玄…フジに視線を移す。
見た目で言うと背は高めで細身、黒髪に目尻の上がった切長の目は…青紫の瞳。
……いわゆるキツネ顔。全体的な雰囲気も、幻夜より確実にキツネっぽい!
「まぁ、ほとんど今は
そう言って苦笑をうかべたフジだが、すぐにその笑みはにこやかな営業スマイルに戻り、俺たちをカウンター席に座るよう促した。
促されるままカウンター席に座りながら店内をチラッと確認すると、小綺麗な“飲み屋”とか“小料理屋”といった感じか……?
コの字型カウンターに席が6席、4人掛けテーブル席が二つ…全体的にそれほど広くはないが落ち着いた雰囲気ではあった。
現時点で俺たち以外に客はいない……?
ビクビクしながら様子を伺う俺に、幻夜は小さく笑うと、
「今日は貸切にしたよ。君を連れてくるからには…ね」
なるほどな…だから大丈夫って言ったのか。
確かに、下手に他の奴ら…鬼がいたら困るな……俺が。
「……まぁ、フジは料理上手だから味は保証するよ。ほら、この前のいなり寿司はここのテイクアウトだよ」
この前のいなり寿司…て、隠れ家に幻夜が手土産で持ってきた三段重のか。
三段のうち二段は彼方に、残りの一段…といっても俺が食べたのは2、3個だが、確かに今まで食べたことのあるいなり寿司の中では一番美味かった気がする。
そこへフジが俺たちにおしぼりとお通しの小鉢を出しながら、
「とりあえず、酒でいいかい?」
「あぁ、この子には……宗一郎、何を飲む?」
そう言って幻夜がスッと差し出したのは、一応といった感じで用意されているドリンクメニュー…?
各種の酒銘柄がズラッと書き連なっている最後に、申し訳程度に書かれているソフトドリンクが…一応温冷が選べるものの烏龍茶、緑茶、ほうじ茶という三品のみ。
あぁ……この店の客層が妖怪であることを、そして妖怪の酒好きを再確認した気がするよ…。
「え…じゃあ、冷たい烏龍茶で」
俺の注文ににっこり微笑んで頷くフジ。
続けて、俺の横で目の前の辺りを確認していた幻夜が、
「あと灰皿…」
そう切り出したのを遮る勢いで、
「あぁ、この店全面禁煙にしたから」
「は……!?」
あまりにも自慢気に言われ、呆気にとられた幻夜。
珍しく、その形のいい片眉を上げたまま固まった…!?
「──…嘘だろ?」
「いや、ホント。人界で最近流行りだろ、禁煙とか嫌煙ブームとか」
フジの言葉に盛大な溜め息をつくと、
「流されてるんじゃないよ……せめて分煙だろ」
じろりと眼鏡越しにフジを睨む。が、フジは軽く受け流すように…烏龍茶のグラスを俺に手渡しながら、
「まぁまぁ、はい烏龍茶。幻夜はいつもの酒でいいんだろ?」
「……あぁ」
舌打ち混じりに返事を返し…取り出しかけていた煙草をしまう幻夜。
「なに、急にテンション下がってるんだよ」
軽く笑いながら酒を用意するフジ。
幻夜は目の前に差し出されたグラスを受け取りつつ溜め息混じりに、
「そりゃあそうでしょ……だいたい、僕よりヘビースモーカーだっただろ?」
「俺もやめた。一応、料理人だしな」
ドヤ顔で言うフジに、幻夜は何か言いたげな表情をうかべたが、
「……あぁ…そう」
力なく相槌を打っただけで不毛な会話を終了させた。
なんだかいつも余裕のある幻夜が調子を崩されてるように見えるが……同族の古い友人とのやりとりなら、まぁ納得できるか。
「料理はおまかせで用意させてもらうよ?」
俺が烏龍茶を一口飲みながら頷く横で、若干不機嫌そうな幻夜。
どうやらフジの前では笑顔を取り繕う気はないらしい。
俺としても別にそれでいいと思うけど……嘘くさい笑みを張り付かせているよりは。
数分後、料理が何品か出てきた。
肉や野菜の串焼きがメインで、煮込み料理や揚げ物など…どれも美味しそう。
もう幻夜に構わず、久しぶりのまともな食事を楽しむことにしよう。
ただ……気になるのは、この料理に使われている食材。
人間が食べて良いものか…?
「……食材は人界のものだと思うよ。まぁ…
俺の心配事を見透かしたように幻夜に言われたが……まぁ、大丈夫ということだな?
冷めないうちに食べてみよう。
俺は肉の串焼きから手をつけることにした。
──うん、美味い!!
何の肉かな…牛肉……だといいな。
一瞬不安になるのは、以前食べたのが熊肉だったから…だが、この前の鍋もこの串焼きも、美味いものは美味い。
「肉好きなんでしょ? 口に合うかな?」
フジの言葉に、俺は素直に頷いた。
というか、なんで俺が肉が好物だと……あ、幻夜は紅牙の好物を把握しているからフジに伝えていたのか。
どうやら紅牙と俺の好みは同じということらしい──肉とか甘味とか。なんだか微妙な気分だが。
ふと幻夜の方を見ると、酒以外にもちゃんと料理に口をつけていた。
……てか、それ何??
「宗一郎も食べるかい? サワガニ」
幻夜が俺に差し出したのは小さいカニ…サワガニの素揚げ、らしい。
カニの姿そのままを食べるわけだが、金髪の美形がこれをポリポリ食べている様子はちょっとシュールな感じかも?
一応俺も1匹もらい恐る恐る食べてみたが……美味かった。
「幻夜はエビとかカニが好きなんだよな、昔から」
フジの言葉を本人は否定も肯定もしなかったが、
……まぁ、分かるよ。
俺としても、紅牙との付き合いの長さ故か…
だが、仲間の好みとかの話を聞くと新鮮だしちょっと嬉しい気もする。
そして、しばらく俺が料理を食べる様子を満足そうに見守っていたフジが、
「で……君が
「……!」
俺が紅牙(の生まれ変わり)だと気づいてる──!?
思わずフジと幻夜の顔を交互に見る…と、
「フジには
なるほど、情報屋でもあるのだから…人界の情報を得ていてもおかしくはないか。もしかしたらそれ以上に手伝っていたのかもしれないけど。
「紅牙とは直接の面識はなかったけど、例の事件は知っているよ。でもまさか本当に人間に転生してるなんて…今日君に会うまで信じられなかったよ。……なんにしても、見つかって良かったな! 幻夜」
「……あぁ。まだ見つかっただけだけどね」
つまり、記憶もなければ覚醒もしていない状態だということ、だな?
間違ってはいないけど……棘のある言い方に、少なからずとも凹む。
「そういえば、あの綺麗な顔してよく食べる副大将殿は元気かい?」
あ…それは間違いなく、彼方のことだな。
どうやらこの店にも来たことがあるらしい。
「元気だよ」
幻夜は迷いなく答えたけど……天狗の元に帰って、ガッツリ怒られてはいるだろうな。
「今度また連れておいでよ──あ、でも前もって連絡くれな? 食材仕入れないといけないから」
確かに、前もって言わないと食材がすぐに底を尽きそうな勢いではあるか。
「あんなに美味しそうにたくさん食べてくれたら、
フジはその時を振り返りつつ若干苦笑混じりではあったが嬉しそうに見えた。
まぁ、分かる気はする……量にもよるが。
そして、フジは俺に視線を移すと、
「で、君の中にいるの…
良かった良かった、と微笑んだ。
『……』
俺の中の白叡は寝ているのか無言…いや、敢えての無視か。
「──で、最近人界での動きは何かあったかい?」
幻夜が話の流れに乗って切り出す──おそらくここに来た本来の目的。
「んー…あいかわらず
「それって俺が見つかったから追手が変わった…てことか?」
確認するように幻夜に視線を移すと、小さく頷いた。
「かもね。もうある程度の実力者が動いている……とはいえ、
「それなりのヤツか……元々こっちにもある程度いるはずだけど、まだ動きはないかな」
「まあ、いつ来てもおかしくはないけどね」
俺が人界に戻ってきたことが知れれば、今までより確実に強いヤツがくるってことだものな……確かに時間の問題かもしれない。
しかも元々こっちにいる実力者クラスが動いたらそれはそれでピンチのはずだ。
そうだ、元々こっちにいる実力者クラス……に当てはまるかは分からないが、俺にちょっかいを出してきたヤツがいる。
今なら彼方もいないし、ちゃんと聞くことができるだろうか……?
「……なぁ、幻夜」
「なんだい?」
「星酔とは…どういう……?」
恐る恐る切り出した俺に、酒のおかわりに口を付けていた幻夜は小さく溜め息をつくと、仕方なさそうに話し始めた──。
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