第28話 焦らず急げ!!?
──山の中の秘湯で偶然出くわした蘭丸から、貞操を守りきり…フルスイングで撃退した篝。
とりあえず、この場には再び穏やかな時が戻ってきていた。
ついでに、お手柄の白叡も一緒に温泉に浸かっている……そんな中、
「あれ? もう出るのか?」
たぶん五分かそこらで早々に風呂から上がろうとする天音に、思わず声をかけると、
「ほら、カラスだから」
幻夜がボソッとそう言った。
あ……
「……うるせぇよっ」
一言だけ言い返して上がっていった天音の後姿を苦笑混じりに見送った俺に、
「宗一郎、それ…どうしたの?」
そう言って彼方が指さしたのは……俺の左腕。
「あ……」
そうだ、人形戦…あの時にケガしたんだっけ……。
白叡のおかげで痛みが無くなっていたから忘れてはいたが、まだ傷は治ってないんだった。
「──白叡…!」
彼方は、ややいつもより低めの声で…白叡に視線を移すと、白叡が一瞬ビクッとした……?
『オ…オレ様は……別に…』
彼方の責めるような視線から逃れるように、視線を外した白叡を無言で威圧(?)してから、改めて俺の方へ向き直り、
「白叡が無茶させたんでしょ? ……ごめんね、宗一郎」
そう代わりに謝ると、傷口を見せるように言う。
「別に痛みもないし、なにも…謝らなくても……っ」
俺はそう言ったのだが……彼方は首を振る。
そして、傷口にその手をかざすと……
「……!」
温かい光がかざした彼方の手から俺の傷口に…?
そして、彼方の瞳が金色に変わったかと思うと、
──カッ
その光が一瞬強くなり……光が収まった時には傷はきれいに消えていた…!
白叡は痛みを取り除くことが出来ると言っていたが、彼方は傷自体を治せるのか!?
「あ…ありがとう、彼方」
「うぅん…これくらい、お礼を言われるまでもないよ」
そう言って苦笑をうかべた…が、
「……そもそも、白叡がついていながら…なんで宗一郎がこんなケガしてるのかの方が問題だし…っ」
ちろりと白叡に視線を再び向けた。
『……ッ』
気まずそうな表情をうかべたまま、固まる白叡……!
「ちょ…っ、もう…もういいからっ!」
思わずフォローを入れる俺に、彼方はもう一度……
「……ごめんね」
小さく俺にそう言った。
何をそんなに申し訳なく思っているかは、俺には分からなかったが……
「もう大丈夫だから…」
そう優しく返事を返すしかなかった。
……すると、
「──今日はこの辺りで野宿かぁ」
「そうだね、もうこれ以上の移動は危険だろう」
蘭丸ショックから立ち直った篝と幻夜の、そんな会話が耳に入った。
──野宿…!
「俺、野宿って初めてだ……!」
ちょっと憧れ的なものもあった気がしないでもないが……こんなところで実現するとは。
しかも、野宿初体験がこんな危険な場所で大丈夫なんだろうか!?
──急に不安になる俺。だが、
「……あぁ、そうだよねぇ、でも大丈夫だよ」
彼方の根拠の分からない“大丈夫”という笑顔に無理矢理納得させられそうになった上、
「うん、ボクらで見張りするから、宗一郎は安心して寝てくれて良いからね」
と、篝にはにっこりと微笑まれた。
──結局、なんやかんやで…白叡は再び彼方に強制回収され、篝も
確かに、こんな真っ暗な山中での移動は無謀以外の何ものでもない…俺にとっては。
にしても、初野宿かぁ……。
よりによって、妖怪の世界で実現するとは思っても…いや、思いたくもなかったが。
焚き火を中心に、一名が見張り、他三名はそれぞれ仮眠をとる。
そんな中で俺一人安心してゆっくり寝ろと言われても……なぁ?
というか、俺だけ横になってゆっくり…はやはり無理があった。
表立った緊張感は特にないが……少なくとも、俺には寝られない!
一応、横になって目を閉じ…眠る努力はしたけど……やはり無理だ。
もう仕方なく目を開ける。
と、今の見張り番はどうやら天音らしく、焚き火のところで一人、煙管をふかしていた。
寝ることを諦め、ゆっくり体を起こした俺に、
「……どうした? 安心して寝てて良いぞ?」
天音はそう言ってくれたけど、眠気も何も…眠れるような気もしない俺は軽く首を振り、そのまま立ち上がった。
そして、天音の横に腰掛け、一緒に焚き火を見つめる……。
──訪れた、暫しの沈黙。
音といえば時折、焚き火の中で枝が弾ぜる音が聞こえるくらいで……。
だが、ふいに、天音は炎を見つめたまま、
「……そういやぁ、宗一郎と二人で話すの初めてだな」
そう言って小さく笑った。
「そういえば…そうかも……?」
確かに二人でこうして話をすることはなかった気がする。
というか、機会がなかっただけだ──バタバタしすぎていて。
「宗一郎、何かいろいろ大変かも知れねぇけど、気になることがあったらいつでも言えよ?」
篝もそうだったけど…やっぱり天音も心配してくれてたんだな……。
いつものやんちゃな笑みはそのままに、改めて俺を見つめる灰色の瞳は優しく真摯なものだった。
「まぁ、せっかくだし……何か聞きたいこととかあるか?」
……そう改めて言われても…なぁ?
未だに俺の頭の中はごちゃごちゃしていて、きちんと整理もされていない。
でも、せっかくだから何か一つでも疑問は解決しておきたいよな??
分からないことだらけなのは事実だし……一応、自分の中での疑問点をざっと思い起こしてみる。
とは言っても、この場で重い話をする気にもならなかった……。
周りで皆は仮眠中とはいえ、ちゃんと聞いてそうだし?
「じゃ…じゃあさ、彼方と天音って天狗だけど、天音は鴉天狗なんだろ? どう違うんだ?」
……あぁ、また俺は当たり障りのないような事を…ッ
とは思ったが、天音はちゃんと答えてくれた。
「あ~、ほとんど変わんねぇよ。元々天狗は二つの種族…派閥があって、それが人界でいう大天狗と鴉天狗なんだが……」
そこまで言って、一瞬苦笑をうかべた天音…だが、
「今でこそ、普通に一括りだが…昔はいろいろあったようだな──争いや格差が」
「同じ天狗同士で?」
……それは、人間でいうところの民族問題的な争いか?
民族や思想の違いは時に、戦いや差別に発展していく……。
それは…妖だろうが、人間だろうが変わらないということなのだろうか?
「まぁ、結局のところ人数は多くても、力の差ってのは元から明らかでな…大天狗の方が優勢な構図は変わらなかった。もちろん、それが自然の流れだし…無意味な争いは止めて、現在は和解してるよ」
「そうか……」
確かに、同じ天狗同士が争っても不毛なだけか。
人間にも同じことがいえるのに…人間はその過ちを繰り返しているだけだ──。
「ま、表向きかもしれねぇけどな。オレらが生まれた時にはすでに和睦してたけど…いわゆる差別的なことはまだ少なからずあるようだし。だが……お互いの特性に適した役割ってのが決まってくれば、世の中、上手くいくもんさ」
そう言って、天音は微笑んだ。
「そうだな。じゃあ…天音は彼方とは、紅牙に会う前から知り合いだったのか?」
「知り合いもなにも……幼なじみだよ。まぁ、軍でも一緒だけど」
──幼なじみ!?
どおりで、二人の掛け合いが馴れきっている感じがするわけだ……!
と、妙な納得をした俺。
たぶん、天音は昔から彼方のマイペースぶりに苦労してきたに違いないだろう……。
その上、軍までか?
彼方は軍でもマイペースそうだったし。
あ、でも……
「彼方は副大将だったよな? 天音は?」
「オレか? オレは、第一部隊長…つまり、特攻隊長だなっ」
そう言って天音は笑う。
にしても、特攻隊長…かよ──
まぁ、そのポジションは、きっとやんちゃそうな天音には合ってそう…かな?
だが、次の瞬間には天音の表情が苦渋いものに変わり……
「まぁ…鴉天狗が第一部隊長を任されるのは異例みたいだけどな……」
ぼそりと、そう付け加えた。
え?
……そういうもんなのか
「さっきの話じゃねぇけど…本来、大天狗の方が実力は上。鴉天狗は補佐に向いてるんだとさ。現に軍には有能な鴉天狗の軍師サマがいるぜ?」
……どうも、嫌味っぽくは聞こえた。
でもそんな中で隊長を任せれてる天音はすごく強いってことだろ?
俺のそんな問いに、
「まあ、オレは先頭で暴れてる方が楽しいからありがたいけどな」
そう言って、やや自嘲気味に笑った。
まぁ、おそらく自他共に認める“特攻隊長”ぶりだろうから…分からないでもないかも。
「あ、でも…天音は彼方を探しに来たんじゃなかったっけ? そのまま一緒にいるけど……大丈夫なのか?」
……確か、軍議をバックレた彼方を探しに来たハズだったよな??
俺の素朴な疑問に、
「そ…そうだったぁ……ッ!!」
……どうやら、天音本人も、本来の目的を忘れていた様子?
天音は愕然とした表情で一瞬固まった後、
「…たぶん……大丈夫じゃ…ねぇ…よ?」
そうぼそりと…俺に、というより自分自身に呟いていた。
かすかに天音の表情に恐怖の色が見えた気もしたが……
「まっ…まぁ、なんとかなる!! ……たぶん…きっと…おそらく……?」
もう…どんどん小さくなる声に危機感は十分伝わってきたよ?
おそらく、大丈夫じゃないんだな??
「……大丈夫そうじゃないじゃん?」
思わず俺が言うと、
「いや! な…なんとかなるッ……よ?」
どうにも動揺が隠しきれない天音だが、
「とりあえず! 紅い荒野に着くまでは帰らねぇよ。てか、彼方を連れて帰らなきゃ余計にヤバいからな…」
天音の様子から察するに、天狗軍の上司はよほど怖いのだろうか??
まぁ、彼方が言い出したことだし…少なくとも、絶対に目的地に着くまではテコでも帰らないだろう。
これは(天音のためにも)早く…明日こそ目的地に辿り着かなければ……!
ペース的には厳しいけど。
俺が自信はないもののそう決心した頃、落ち着きを取り戻した天音がポツリと、
「なぁ、宗一郎……オレからも聞いていいか?」
急にそう切り出され、俺はとりあえず頷いた。すると、それを確認し改めて、
「宗一郎──…お前、紅牙の記憶を本当に取り戻したいか?」
「え……?」
思わず言葉に詰まった俺を、灰色の瞳は真っ直ぐに見つめたまま……
「オレらにとってはもちろん、宝の件もあるから…お前が思い出してくれたら助かる」
そして、天音は更に続けて、
「だが、もしそれを本当に望んでないんだとしたら、オレも彼方と同じ意見だ。もちろん、感情論やキレイ事じゃ済まないのは分かっているさ。それでも、無理をすることはない。宗一郎が…紅牙が望まない事をオレらは強要したくねぇんだよ」
……いつになく真面目で…真剣な瞳、その言葉が、天音の本心だということは痛い程に伝わってきた。
“紅牙にとって思い出したくない過去ならば、何より…宗一郎がそれを望まないのなら、このまま封じ込めたままでも構わない。それが紅牙の望み…お前たちにとっての幸せなのだとしたら──”
……俺は、必死で答えを探していた。
自分自身に改めて問い掛けるように──…だが、もう答えは決まっているんだ。
尚も見つめる瞳を俺は真っ直ぐ見つめ返し、
「天音、俺は…俺自身は思い出したいと思ってる…思い出せるものならね。それに、ここまで巻き込まれたんだ…納得いくまで、最後まで……この先どうなろうと進むしかないだろ?」
──それが
望みだろうが、成り行きだろうが……俺は、前に進むしかない。
「そうか。──なら、まぁ…気負わず、気楽にな。お前の中にある真実はお前にしか分からない……焦ることはないよ。ただ…ちょっと急いでくれな?」
そう言って、天音はいつものやんちゃな笑みをうかべていた──。
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