第27話 湯けむりパニック!!?
──流の登場なんて何もなかったかのように、川での休憩を終え、俺たちは再び山道を歩いていた。
もちろん、相変わらず険しく道なき道を進んでいることには変わりない。
もう上りなのか下りなのかもよく分からない道を、俺はただひたすら前の二人について…後ろの二人に若干煽られながら歩くだけだ。
日暮れまでに目標の温泉に辿り着かなければならない、というのが俺にとってはプレッシャーにもなっていた──そんな中、
「……もう少しスピード上げてもいいかい?」
ふいに先頭を行く幻夜が振り向いてそう言った。もちろん、俺に、だ。
だが、その言葉は疑問形の確認ではあっても、決定なのだろう。
すでに先程から実行されてないか?
徐々にスピードを上げていることは、さすがに俺だって気付いてるぞ…?
これは、すでに実行されていることを、更に……ということか??
確かに、焦りもあるかもしれない。
俺に合わせるのも、こいつらにとっては面倒だし、余計に疲れるのかもしれない。
もちろん、俺に拒否権はないだろう。
返事を返す気力もなく頷いた。
まぁ…一応、休憩もしているので少しは回復した気もするし、大丈夫だろう……!
そう自分を励ますように言い聞かせ、改めてスピードアップされたペースに必死についていく。
──それでも、やっぱり厳しいことには変わりない。
日もだんだん傾き始め、一度暮れ始めれば暗くなるのも早い。
こんな山道で暗くなられたら……何が出てきてもおかしくないし、文句も言えない。
少なくとも、俺には危険なだけだ!!
なんだか、鳥か獣かも分からないような怪奇な鳴き声が聞こえる気もしてきたぞ!?
焦っても時間は待ってくれないし…こいつらはどんどんペースアップしていくし……容赦ない!?
ただ、一応俺を気遣ってくれて最小限のペースアップなのかもしれないし、周囲への注意も払いながらだったりする…ハズ。
俺が弱音を吐くことはもちろん、文句なんてとんでもないよな?
……というか、そんなことを言う元気もないのだが。
俺がそんな状態だとしても…相変わらず他四名は元気だし、賑やかなことに変わりない。
俺を挟んで飛び交う会話は他愛もないものだが……俺にはそれに参加する余裕もなければ、まともに話を聞く気力もない。
「そういえば、最後にみんなであの温泉に行ったのっていつだっけ?」
ふいに切り出した彼方の言葉に……他三名が一瞬遠い記憶を辿るような沈黙の後、
「……紅牙がいなくなる少し前だったんじゃね?」
天音がそう答えると、篝が当時のことを思い出したのか、
「あぁ…! あの時は大乱闘だったよねぇ」
懐かしそうに言う篝に対し、幻夜が溜め息混じりに、
「……というか、それは毎回のことだろう?」
オイオイ、毎回大乱闘ってどうだよ!?
どれだけ好戦的な奴らなんだよ。
声に出してツッコミを入れる気力も元気もなく…心の中でのみでツッこんだ……。
流の件もあったし、こいつらは行く先々で
……まぁ、その中に紅牙も含まれているようなので…俺としては何だか複雑な気分ではあるが。
──結局のところ 。
こいつらの会話を所々聞いていると、物騒な話ばかりだが…懐かしむというより、その時のことをつい昨日のことのように──とても楽しそうに話している。
こいつらの中では遠い終わった過去ではなく、今も確実に続くより鮮明な記憶、楽しい出来事なのかもしれない。
毎回のハプニングも大乱闘も、そんな楽しいイベントの一つなんだろうな……。
そんな戦闘マニアの集団(仮)にいることと、どんどん暗くなってくる空に不安を感じながら……尚も進んで行くと、前方の木々の間から煙…いや、湯気らしきものがチラリと見えた──!
もしや、あれが??
「…良かった、日が暮れきるまでになんとか着いたようだね」
幻夜が苦笑混じりにそう言うと、彼方が笑顔で俺を振り返って、
「宗一郎、良かったね! 着いたよ、温泉」
……ということは、あれはやっぱり温泉の湯煙か?
俺はホッとした気分で頷いた。
──その会話から数分後。
日も完全に暮れ、辺りは真っ暗になってはいたが…俺たちは無事に温泉に辿り着いた──のだが、
「──…ここが?」
思わず指差して確認する俺に、
「そうだよ」
彼方はにっこりと頷いた。
一応、誰かが設置したと思われる灯りはあるので、真っ暗な中でも支障はない程度の明るさは確保されているが──木々と岩に囲まれたそれは、言ってみれば…山の中に急に現れた湯気の出ている池?
それこそ、湯気がなければ温泉とは思えない感じだった。
若干困惑気味だった俺に、
「ここは元々、温泉が湧いてる泉なんだよ。でも、見た目はともかく…水深も浅いし、ちゃんとお風呂っぽくなってるから大丈夫だよ」
篝が苦笑混じりにそう言った。
……ということは、自然の温泉にちょっと手を加えただけな感じか?
まさに…以前テレビで観た、秘湯がここに……!?
「ここはオレらがよく来てた温泉なんだよ。紅牙もここ気にいってたしね」
彼方は俺の様子を伺いつつも、にこやかにそう言った。
……たぶん、何か思い出すきっかけがあることを期待してるんだろうな──正直、まだ特にはないが。
すると、
「──というか、オレらの他にもいろんなのが来るけどな」
「そのたびに喧嘩してたのは誰だい?」
天音の言葉に意地悪そうにいう幻夜。
ということは、さっき言ってた“大乱闘”の原因は……天音?
「オ…オレだけじゃねぇだろ!? 紅牙だって……ッ」
なんとか言い返そうとする天音に、
「はいはい、早く入ろうね~」
早々に不毛な会話を切り上げる篝。
──まぁ、そういうわけで。
成り行き上、皆で一緒に温泉に入ることになった俺たち。
……とりあえず、俺ら以外は誰もいないのかな?
恐る恐る周りを見渡し、確認してみる。
それはそうと、何というか……
まさかこいつらの顔だけではなく、肉体美まで惜しげもなく披露されるハメになるとは──
若干落ち込みつつある俺。
別に、俺が貧弱とか華奢なわけではないハズだが……さすがに、こいつらの鍛えられた(?)体とは違う。
細いのにキレイに付いた無駄のない…おそらく実戦向きの筋肉が眩しく感じられる……!?
もちろん、中性的(かつ大食い)な彼方も例外ではなかった。
もう俺的には、何だか肩身の狭い気分にすらなるよ……?
と、そこで、
「ん…? 篝は??」
ふと、篝の姿がないことに気付き、改めて辺りを見渡すと──いた。
大人の姿…正確には人間成人verの篝が……!!
「なんで、大人??」
思わず呟いた俺に、
「えー? だって、せっかくじゃない!?」
と、当たり前のように言われたが──何がデスか?
「……ここは、いわゆる混浴だからな」
ボソッと天音が俺に言った。
……ん?
えぇっ!? 混浴!!?
確かに、この温泉には仕切りなど一切ないが……
いや、まてよ?
混浴と聞いて一瞬ドキッとしたが…妖怪の雄雌(?)が、てことだよな??
……そう思うとなんだか微妙だが、もし篝がそれを意識しての大人verだとするなら更に微妙な気分だ…!
まぁ…もう皆は裸なわけだし、入るしかないんだけど。
──広さの結構ある大浴場もしくは、ちょっとしたプール並みかもしれない。
湯気が濃くて対岸もよく見えないな……。
白濁したお湯は少し熱めだが、入ってしまえば気持ちが良い。
一息ついて、改めて見回してみる。
岩風呂とかジャングル風呂とかは聞いたことがあるが、やはりここは大自然の中に溶け込んでいる…まさに秘湯だ。
まぁ、足が伸ばせる…それこそ、泳いでも問題ない広さの風呂ってのは……やっぱり最高だ。
疲れも取れるような気がするし。
他四人もとりあえず大人しくくつろいでいるようだし……ここは安心して俺も温泉を満喫させてもらうとするか。
──ん?
湯煙の向こうに人影??
俺ら以外にも誰か入ってるのか?
湯煙でよく分からないけど……
“毎回、大乱闘”
俺の頭には先程の物騒なセリフがよぎり、嫌な予感が──…?
だが、珍しく他四人はその存在に気付いているのかどうかは分からないが、特に気に止めてない様子?
──しかし、そいつは違った!
「きゃあっ! 篝じゃない!!?」
「!!!」
聞き覚えのある声に俺…いや、篝の方がビクッと反応した……!?
そのまま、こちらへバシャバシャ近付いてきたのは──そう、蘭丸。
「……最悪…ッ」
心底嫌そうに呟いた篝。
だが、大人verの篝の姿に、蘭丸のテンションは最高潮!?
「あの胸からタオル巻くあたりから許せねぇよな……てか、湯船にタオルを入れるのはマナー違反だろ」
「まぁ……心は乙女だからね」
「あはは」
天音の言いたいことは分かるけど。
この際、マナーはおいといて……どうも、この三人は他人事として関わる気はなさそう?
もちろん、蘭丸には篝しか目に入ってない。対して、やや後退り気味の篝。
全裸で自分のストーカーに直面すれば……そりゃあ、確かに固まるよな。
言ってみれば、貞操の危機か!?
──これは、最悪な状況だ。
もう、いろんな意味で…!
「あぁん! やっぱり
ねっとりするような熱視線と声音に、篝は嫌悪感全面アピールの表情のまま硬直している!?
にじりよってくる蘭丸から、なんとか逃れようと後退る篝だが……
これはもう、大乱闘とは別の問題で面倒なことになってる??
「これは…大人の姿があだとなってるね……明らかに」
所詮他人事なだけに、冷静に言う幻夜。
間違いなく、その点については篝本人が今一番…物凄く後悔しているに違いない。
戦いとなれば有利な篝ではあるが、今はそんなことも頭から抜けているかもしれない。
というか、目の前の危険から
見ている限り、今回は明らかに篝の方がピンチ??
誰の目から見ても明らかに不利な感じの篝の様子に…さすがに気の毒に思ったのか、
「……おい、なんとかしてやれよ」
溜め息混じりではあったが、天音が彼方に視線を送る。
あくまでも自分は関わりたくはないのか??
だが、彼方は……
「え? うー…ん、そうだねぇ……」
そう言って苦笑をうかべたまま、黙ってしまったが、
「……じゃぁ、とりあえずやってみようか?」
小さくそう呟くと、その左手が淡く光を放ち始めた……!
これは、もしや──…?
シュル……ッ
「白叡…!?」
予想通り、その左手から白叡が出てきた!
何だか……すごく久しぶりの登場な気もするが。
出てきた白叡は嫌そうな表情をうかべているにも関わらず、
「というわけだから、よろしくね? 白叡」
にっこりと有無を言わさぬ無敵笑顔の彼方に言われ(命令?)……白叡は渋々といった感じで、膠着状態の蘭丸と篝に視線を向けた。
そして、小さく溜め息をつくと、
『……今回だけだからな?』
舌打ち混じりにそう言うと、
シュ…ッ!
「!!」
白叡は一瞬で蘭丸の(胸から巻いた)タオルを剥ぎ取った──!?
「きゃあぁっ!!?」
予想外の出来事に、不意をつかれた蘭丸はパニック状態!
しかも、悲鳴はともかく、何故か胸を隠している……!?
──おそらく、この場にいる全員が、
“頼むから、下の方を隠してくれッ!!”
そう力強く思ったに違いない。
俺的にはかなり衝撃的だった
その手にはどこから取り出したのか……あの時のトゲ付き金棒が!!?
「……ッせめて、去勢してから出直してこぉーーい!!」
そう叫ぶと、篝の全身全霊を込めたフルスイングが蘭丸に炸裂した!
カキーーンッ!!!
「☆○△×ーー!!」
光の速さで夜空の星となった蘭丸。
何か叫びながら飛んでいったようだが……少なくともろくな事ではないだろう。
──とりあえず、これで篝の貞操の危機は免れた!?
浴場には、篝の荒い息遣いと…静寂が戻ってきていた──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます