第33話 真面目に不真面目!!?

 目的地・紅い荒野に到着し、日も暮れた。

 そこで野宿のついで…というのもなんだが、急遽開かれた状況整理とおさらいの場にて──まず話されたは鬼側の現状や紅牙転生の件。


 鬼が俺の命を狙っているということは今更だが……俺の体が鬼の血筋で、妖に戻る途中だと言われても、正直気持ちがついてこない。

 ……が、もう考えても仕方がない、なるようにしかならないということだけは分かった。


 そんな中、彼方がしょんぼりしたような表情のまま黙ってしまっている?

 今までの話の内容や、紅牙への想いやら……いろいろ考えてしまっているのだろうか?

 心配になって、どうしたのかと声をかけようとした時、


「……あぁ。はい、彼方クン」


 幻夜が彼方に何か渡した…?

 すると、


「ありがとうっ」


 彼方はお礼とともに、ぱぁっと嬉しそうな笑顔を見せた。

 その手に受け取ったのは──銀色の包装をされた細長い四角い何か?

 その包装をピリッと切って中から出てきた黒っぽいもの──


「……??」


「あぁ、羊羹だよ。宗一郎には……はい」


 そう言って、幻夜は当然のように取り出した板チョコを俺に差し出した。


「あ…ありがとう……って、それ羊羹か!?」


 一応チョコは受け取ったが、目の前で普通に羊羹一本を丸齧りする光景を見せられて驚く俺。


「宗一郎も羊羹好きかと思ったけど、流石に丸ごとはどうかと思って…板チョコにしておいたよ」


「いや……うん、それは間違ってないんだけど」


 なんで羊羹なんだとか、よく俺が羊羹好きだって知ってたなとか、どこに隠し持ってたんだとか、てかなんで丸齧りしてるんだとか……驚きと疑問、そして彼方を心配したこのやり場のない気持ちをごちゃ混ぜにした視線を彼方と幻夜、交互に向けていると……


「……気にするだけ無駄だよ。せっかくだから宗一郎も食べときな?」


 クスクスと笑いながら篝に促され、俺は頷くと素直にチョコの包みを開けた。

 

 一口齧る──普通に甘くて美味しい市販の板チョコだ。

 疲労感と空腹感に染みるありがたい甘さ……そういえば、隠れ家を出てからまともな食事はしていない。

 いや、山道の途中休憩で魚とか木の実や果物っぽいモノは食べたけど、それにしても俺や彼方優先でこいつらはあんまり食べてないはず……?


「あぁ、ボクらのことは気にしなくていいよ。彼方ちゃんはいつものことだし」


 様子を伺うような俺の視線に、篝は笑顔で答えた。その横で、


「……とはいえ、相変わらず準備いいな…幻夜お前


 苦笑をうかべながら天音が再び煙管をふかしつつ言うと、


「お腹空かせてる彼方クンなんて見てられないだろう? ククク」


 そう言って幻夜は目を細め、小さく笑った。そして、一息着いてから、


「……さて、話を元に戻そうか」


 改めて俺を見つめ直すと、


「今話したとおり、殺伐とした鬼の話はこのくらいにして、次にいこう……」


 確かに“鬼”の殺伐とした様子は理解した…と思う。

 いろいろ疑問点はまだ残ってはいるが。


 小さく頷いた俺を確認すると、幻夜は再び小枝を取り…今度は“天狗”の文字を指した。


「天狗は大天狗と鴉天狗の二派閥から成っていて、鬼に対抗出来る強大な勢力として存在している。むしろ鬼の完全支配を抑制できる唯一の勢力ともいえるし、それが可能な実力も持っている」


 幻夜の説明に、天音は篝の方をちらりと見ながら、


「まぁ、鬼の一派に比べりゃぁ数は少ないがな」


 そう言われた篝は苦笑をうかべ、溜め息混じりに……


「基本的な数は少なくても、少数精鋭の体質なんでしょ? 軍隊まで作るくらいだし……もちろん、実力は高い。鬼は軍なんて呼べるようなものはないし、そんな規律的なことを守れるような連中でもないしねぇ」


「ちゃらんぽらんな副大将殿がここにいるけどな~?」


「あはは」


 天音が嫌味っぽく言おうが、彼方は笑って流すのみ。

 確かに俺から見ても、彼方が副大将なんて…まだ信じがたい気もするけど。

 ……羊羹一本食いしてるしな。

 というか、そもそもの妖怪のイメージすらも有って無いようなものだし……今更だろうか。


「で、問題は鬼と天狗……元々勢力争いをしている二つは何時ぶつかり合ってもおかしくはない。そこに17年前の一件は大きく状況を変えた」


 幻夜の言葉に、篝は苦笑をうかべ、


「鬼哭を失った鬼に攻め込むには、もってこいの機会だからね…」


 その呟きに頷くと、幻夜は天狗二人に視線を移しつつ、


「実際はその機会を窺いつつ…冷戦状態が続いているわけだが、紅牙転生でここの二人が動いてしまっていることが知れれば事態は更に厄介になる」


「──それがお前ら…妖狐の狙いだろ?」


 幻夜の言葉に、溜め息混じりに天音がツッコミを入れた。

 それに幻夜は苦笑しつつも、まるで悪びれる様子もなく…


「まぁ、少なくとも上の連中はそう考えてる──潰し合って欲しい、とね」


 その言葉に、


「妖狐ってのは本当に狡賢い連中だからな。鬼と天狗の潰し合いで消耗したところを潰し、頂点に立とうとしている。冷静に観察し、その隙を狙って覇権を握ろうってんだから」


 天音はそう言うが……妖狐だからということに限らないはずだ。

 勢力争いの中で行われていること、三つのうち二つが表立って争っているなら…その二つが消耗するのを待つのが得策だろう。

 それを待ちながら上手く立ち回れば、そのままぶつかり合うより楽に頂点に立てると考えるのは当然だ。


「あくまでそれは一族の…特に上の連中の意向だよ。僕は別にそんなこと……もうどうでもいい」


「……?」


 “もうどうでもいい”

 その幻夜の呟きと、表情にどこか引っ掛かるものを感じながらも……俺にはどう言葉を発していいものか迷っていた。


 そして、天音と幻夜の話から俺に一つ疑問にも似た考えがよぎった。


 逆をいえば、敵対する二つの勢力である鬼と天狗が手を組み、妖狐を潰すことも可能ということになるのでは…?


 そんな問いに、


「少なくとも鬼は他と手を組む気はないだろうね。配下というか、傘下の種族は多いけど」


 篝は苦笑混じりの溜め息をつきつつ答えてくれた。


 鬼自身の性質から、自分の力への自信や誇りが強い。

 それが一番の理由である、と。


 その説明に天音は、


「天狗も似たようなもんだがな。そもそも意見も二分してるし」


 と付け加えた。

 というのも、天狗はプライドが高いが故に、自分たちで頂点に立ちたいと思っている。

 だからこそ手を結んでいる傘下の種族も少ない。

 しかし、そんな実力主義者とは別に、利害や策を重んじる頭脳派もいるため、今も揉める要因になっている……らしい。


 すると、


「まぁ、そういうわけで三妖が緊迫した状態になってるってことなんだよ」


 どこか重くなりかけた空気を明るく吹き払うようにな言い方でまとめた篝だったが……その言葉の意味は重かった。

 それに天音は小さく溜め息を着くと、


「オレらのことは宗一郎も知ってのとおり…天狗軍の一員、篝も指折りの実力者、幻夜だって名の通っている妖の一人だ。それは紅牙に出会う前からだが……あの一件で制約面倒が増えて派手に動けなくなっちまった」


 紅牙に出会う前から、それぞれの立場がある──。

 それでも一緒にいた仲間たち。

 その時点で問題があったのは皆分かっていること、そこに17年前の一件はそれまで以上に状況を悪化させてしまった…。

 だからこそ今、派手に動けばをきっかけに三妖の均衡は一気に崩れるってことになるか……?


「…そういうことだ」


 幻夜が溜め息混じりに肯定した。

 そんな重く、真剣な空気を無視するかのように、


「……別にオレはそんなことどうでもいいし、軍だって──…」


 彼方の心底どうでもよさそうな投げやりな言動に、天音が慌ててツッコミを入れる。


「いや、一応忘れないでくれ! 上から言われるオレの身にもなれッ!!」


 なんだか必死さはすごく伝わってきた。

 彼方は相変わらず笑って流すように天音をあしらっているが……その様子に、篝も笑いながら、


「相変わらず彼方ちゃんに振り回されてるね、天音は」


「まぁ、それこそ今更だね」


 冷たく切り捨てるように言う幻夜。


「うるせぇよ! ていうか、そこに軍も上層部も付け加えてくれ!」


 ……天音だけでなく、軍もその上層部も彼方に振り回されてるのか?

 なんだか、本当に大丈夫なのか不安だな…他人事ながら。


 深刻な三妖の状況を聞かされたのに、目の前の…特に天狗の一部はどこか気が抜けている。

 そのやり取りをしばらく見守っていた幻夜だが、改めて他の三人を見回しながら、


「──とういうわけで、お互いに本来の立場ってのがある、だが……ここで敢えて言っておきたいのは、皆あの件以来大人しく一族の意向に従っていたのには訳がある」


「別に自分の命が惜しいわけじゃないぞ? 元から死と隣り合わせな連中だしな」


 苦笑混じりに天音が言い、その言葉に頷くように、


「皆待ってたんだよ。紅牙が再びオレたちの前に戻ってくることを」


 彼方の言葉に、篝も微笑む。


「そのために生き残ってきたんだよ」


 紅牙に再び出会いたいから

 また一緒に暴れたいから──


 そのために、プライドも自由も捨てて……?


「オレたちは種族がどうの、世界がどうのってのは関係ない。自分たちが好きで…自分の意思で一緒にいたわけだからね」


 彼方はにっこりと微笑み、俺をしっかりと見つめてそう言った。


「……」


 この時、俺は言葉が見つからず、思わず黙ってしまったが……


 “皆の想いは時を越えても変わらない”


 その想いを俺は信じていけば良いのだ。


「分かってもらえたかい…? いろいろと」


「……うん」


 幻妖界の三大勢力である三妖の性質、そしてその現状はだいたい理解できた気がする……。


 何より、こいつらの想いは確実に俺に伝わってきた。

 それに、俺の気持ちはもう決まっている。

 先の事なんて分からなくても、大丈夫……


 “俺はこいつらと前へ進むだけだ──”


 そこに、迷いはない。

 俺は改めて、しっかりと頷いた。

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