第四試合:ご当地団体と海鮮丼と場外乱闘+α

 ご当地団体。

 地方の小さくも個性的な団体。俺は昔、ナメたプロレスをしているとあなどっていたが、試合をした際に考えが変わった。

 それは俺が大手団体のプロレスラーの変な特権意識を持っていたからなのかもしれない。

 アイツらは渾身のプロレスをしている。

 俺が試合をした時、相手は細い体の中、繰り出される必死の形相の技やアピールをしていた。

 それはかつての師匠を思い出せるような闘志溢れる顔であった。


 □◆□


「すいませんね、モトさんまで手伝ってもらって」

「いや、いいんだよ。この団体はリングを皆で作るんだろ?それなら、俺も作るのが道理だよな」

「そう言っていただきありがとうございます。それでしたら」

「どうした?」

「申し訳ないですが、ロープの張り方を間違ってます」

「お、おぉ……すまねえ」

 リングを作るのは、若手以来か。あの時もリングマットの床やスプリングの付け方で怒られたな。何せ、命がかかってる。壊れると洒落にならんしな。


 □◆□


 リング作りが終わり、一息ついていると、エース兼社長が声をかけてきた。

「そういえばモトさん、大手団体のビッグイベントのオファーがあったのでは?」

「あー……」

 俺は頭をかくと、苦笑いを浮かべた。

「確かにあったけど、参加する第0試合に俺は、意義が見えなくなっちまってな。それにお前さんのところからオファーが先に入ったからお断りの電話入れさせてもらった」

「そうですか、色んな選手とのバトルロイヤル。何かもったいない気もするのですが」

「いいんだよ、またオファーが来たら行くさ」

 俺は、力を入れて立つと手を叩いた。

 さぁ、試合だ。


 □◆□


『青コーナー、カタストロフもとぉなみー!!』

 レフェリーからの叫び声とともに、俺は両手を上げる。

 ……寒い!!

 確かにとあったが、肌に寒風が染みる。おまけに雨が振っているからリングがびしょ濡れだ。

 おっとぉ!脚が滑る!

 ええい、長年使ってたらかシューズに水が入る!


 ……って、待て。

 いきなり、社長エースが俺に向かって走ってきたぞ。ゴングはいつ鳴ったんだ!?

「ハァッ!」

 気持ちのいい声とともに、ドロップキックが俺の顔面に突き刺さる。

 衝撃が鼻から後頭部に突き刺さる。

 おもむろにコーナーに俺を追い詰めると、俺を踏みつけてくる。

 オイ!俺は、雨と脚で顔を洗ってるんじゃねぇぞ!!

 何回か踏まれた時にタイミングを見計らって、奴の脚を掴むと、俺は口の端で笑みを浮かべた。


「ふんっ!!」


 奴の顔に張り手を一発入れる。

 倒れると、水の影響で滑り、奴は場外へと降りていった。

……アイツ、大丈夫かな?


 よし、いいじゃねぇか。この寒い中にお客さんをヒートアップさせてやろう。

 俺は、リングを降りると倒れていた奴の頭を掴む。

「いくぞ、てめぇらぁ!」

 俺は叫ぶと、場外のお客さんの一方を指さした。

『お、お気をつけください!お気をつけください!』

 慌てて、アナウンサーの声が流れてくる。

 レスラー兼スタッフがお客さんを避難させる。

「うぉりゃあ!」

 奴を引っ掴んで、パイプ椅子のど真ん中に投げ込む。

 騒音とともに、奴はパイプ椅子の中へと倒れ込んだ。

 俺はゆっくりと歩き、お客さんを威嚇いかくするように周りを見る。そして奴の頭をもう一度掴むと、

「よーし!次はそっち行くぞ!!」

 と、別の方向を指さした。

 慌てて悲鳴を上げながらお客さんが逃げていく。

「オラオラオラオラ!!」

 大きく叫ぶと、別の方向の椅子の中へと投げ込んだ。

 奴はまた、パイプ椅子の中へと倒れ込んだ。

 さらに、俺は走り込むと飛び上がり、パイプ椅子の上にいる奴を踏みつけた。

 大きな音と共に、パイプ椅子が少し壊れる。

 俺はそれを持つと、大きく振り上げて奴の背中に向けて叩きつけた。


 奴が動かなくなる。雨の中、誰も声を上げない。

 俺は無言で、もう一度奴を掴んで立ち上がらせると張り手を入れた。

 奴は、ふらつきながらも立っていた。

 ……よし、こうじゃねえと。

 俺は、両腕を上げて周りに聞こえるようにゆっくりと手を叩く。

 周りは無言。ならばと、奴をもう一度張り飛ばし

 奴の立っているのを。気づき出したのか、周りのお客さんやレスラーたちも手を叩き出した。

 よしよし、少しは盛り上がってきたな。

 こうやって、立ち上がってくる奴はカッコいいものさ!

「オラァ!」

 俺は奴に張り手を入れると、叩いてみろとばかりに自分の顔を突き出した。

「シャァッ!!」

 奴も張り手を俺に入れてくる。

 ……やべぇ、少しクラッと来た。

 まぁ、いいや。やってやろうじゃないか!

「シャァッ!」

「オラァ!」

 張り手の応酬の中、お客さんの歓声が響くのが分かる。

 よし、これで温まってきたな。

「来やがれぇ!」

 張り手を大きく入れると、何を思ったのか、奴は近くにあったパイプ椅子で俺を殴りつけてきた。

「痛ってーんだよ、バカ野郎!!」

 思わず、大きく張り手を奴の顔面にブチ当てる。

 大きくのけぞって奴は倒れるかと思ったが、こらえた。


 そして、

 ん?

「シャッ!」

 急に下段蹴りが俺の脚に飛んでくる。鈍い痛みが俺の右脛みぎすねに響いてきた。

 ……しまった、コイツ空手出身だった!!

 小さな呼吸音と同時に様々な方向からの蹴りが、俺の顔や胸、脚に飛んで来る。

 これは、シャレにならん!

 だが、レスラーたるもの相手のルールにのっとってのが仕事だ。

 こうなったら、俺もやるか!

「オラァ!」

 不器用ながらも中段蹴りを放つ。

 奴の胸板から、大きな音が響いた。奴が驚いた顔をしているが、構わず蹴り続ける。

 奴の胸板が、赤くなっていく。

 それを見ると俺はリングに上がり、奴を挑発する。

「来やがれぇ!!」

 奴の顔から表情が消える。

 リングにかけ上がり、俺に雨のような蹴りを入れてくる。

 俺も負けじと蹴りを入れ続ける。

 雨の音は消え、やがて歓声と蹴りの音だけが俺の耳に響いていた。

 何度目かの蹴りの後、奴が膝をついた。

 俺は奴への挑発も兼ねて空手の形の真似をして、力を込める。

「オラァ!」

 渾身の蹴りを放つと、それをかわし、奴は舞う様に飛び回し蹴りを俺の頭に入れ込んだ。

 ……眼の前が暗くなる。

 やはり、本物は違う、か。


 □◆□


「いやぁ、モトさんも蹴り出来たのですね!驚きました!」

 社長は俺にギャラの入った封筒を渡すとにこやかに笑っていた。

 さっきの冷徹な表情が嘘のようだ。

 確か、社長は総合格闘技にも出場していたはず、そちら側でやられると俺は一分と持たないだろう……雨に助けられたのは俺なのかもしれないな。

「それにしても、モトさんはどちらで打撃を?」

「ま、まぁ師匠にな。あの方は一時期ムエタイもされていたからな」

 社長は目を輝かせると、

「ムエタイですか!それは、僕も戦ってみたかったなぁ」

「ま、まぁ……師匠もいいお年だからな」

 と、言葉を濁した。

 ……言えねェ。

 あの師匠はとは。

 何かこの前、東南アジアの土産が届いたと思ったらコーチ兼任でリングに上がっているって手紙来たからなぁ。

 あのじいさん、いつまで戦う気だ……。

「それじゃあ、食べに行きますか」

「ん、どこにだ?」

「それは僕に任せてください」


 □◆□


「いらっしゃいませ!!」

 のれんをくぐると、気持ちのいい声が聞こえてきた。

「ここは……」

「僕たち団体の行きつけの寿司屋です。さぁ、どうぞ座ってください」

 勧められるがままに、椅子に座り値段を見る。

 流石に、首都圏に比べると安い。

 団体所属時は時々こうして地元の味を楽しむ時があったな。

「それじゃ、何を頼みます?」

 俺は、少し考えると

「海鮮丼で」

 と、注文をした。


 □◆□


 眼の前には、朱椀しゅわんの中に魚が白米の上に鮮やかに盛られていた。

 鮭や牡蠣かき、イカ。あいつが食べられない海老もあった。

 俺は、手を合わせると小さく呟く。


「いただきます」


 ……イカの噛みごたえがいい。

 荒海の中で揉まれたしなり具合が分かるようだ。

 温かいご飯に実に合う。

 鮭やあいつの分もと思い海老も頬張る。

 噛み締める事に味が変わっていく。まるで今日の社長の蹴りのようだ。

 牡蠣かきもまた、単品で食うよりかは味が違うな。海でもまれた感はさらに強いのだろうか?


 ふと、軽快な音がすると冷たくも柔らかな味がする。これは、キュウリか。

 魚で味わう中で一息をつかせてくれる。

 やはり、食事もプロレスも間が必要だ。


 丼を持ってかきこみたい気分だが、そうもいかない。横を見ると社長は大将に酒をついでもらいながら色々と打ち合わせをしている。

 内容は良く分からないが、どうも次の町興しの話のようだ。

 社長というのはいつでも仕事か……大変だな。


 ゆっくりと中身を食べると、手を合わせる。

「ごちそうさまでした」


 □◆□


「それにしても、モトさんって食べ方に美しさがありますね」

 社長に言われて、俺は手を振る。

「んなことねぇよ。単にゆっくり食べていただけさ」

「いやいや、ウチのレスラーたちに見習わせたいですよ。アイツらいつもがっつくのですから」

 ……早く言ってほしかった、俺もそうしたかったのに。

「ま、まぁレスラー食うのも仕事だしな。それにお前らは別に仕事あるんだろ?」

「そうですね、店員や大工、後は放送局でアシスタンディレクターや放送作家やってる奴もいます」

「色んなところで働いてる奴がいるな」

「そのお陰で最近、動画配信も出来るようになりました。ただ、ここのイメージは落としたくない」

 と、真面目な顔をして社長は指で地面を指した。

「一つの発言で、変に取られて僕たちの町のイメージダウンに繋がってはいけません。僕たちは、プロレスと同時に

 社長の顔は試合のように表情は消えていた。

 だが、眼の中に熱い光があるのを見たような気がする。

「そうか、また大変だな」

「前にVtuberガチ恋勢と間違われた、モトさんとは違いますよ」

「アレは誤解だっての」

 社長はいたずらっぽい笑いをするので、俺は苦笑を浮かべた。

「まぁ、また縁があったら呼んでくれ。時間があったら行くからよ」

「えぇ、後モトさんに教わったコンディションの整え方は団体の連中にも伝えるので。ありがとうございました。あ、そういえば」

 社長は一本指を立てると

「海鮮丼のワサビを入れなかったのも何かの健康法ですか?よく体にはいいと聞きますが……」

 俺は、頭をかくと周りを見渡す。

 あまり、人はいない。

「誰にも言うなよ」

 と、言って距離を縮め小声で答える。



「俺……ワサビ駄目なんだよ」



 僅かの間、無言の空気が流れた。

 すると、社長は爆発したかのように笑いだした。


「も、モトさん!?子どもですか!?僕の娘でもワサビ入りの寿司を食べますよ!!」

「うるせぇなぁ。アレだけはどうしても駄目なんだよ」

 笑いながら、社長はスマホを取り出す。

「あ、SNS上げましょう!SNS!!モトさん意外とファンが増えるかもしれませんよ!」

「オイ、やめろ!俺にもレスラーとしてのイメージがあるんだぞ!!」

「いやいやいや、もうレスラーも意外性で売る時代ですよ!」

「俺は、そういうのはいい!!」


 結局、写真を一緒に撮り俺のワサビ嫌いは公表された。

 その後、微妙ながらも女性や子どものファンが増えたのは嬉しくもあるが……複雑だ。

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