第三試合:丸め込み技とたまご粥

 プロレスは相手の肩をマットにつけ、レフェリーが3カウントを取れば勝利となる。

 のしかかるのも、脚をとるのも、踏みつけても時には良い。

 だが、テクニカルなレスラーは、相手を転ばせた後、丸め込み、自分がになる事で3カウントを取る。柔よく剛を制すというがそれもまた、プロレスの妙味だろう。

 ……で、俺は今、ソレをかけられている。

「ワン、ツー!」

 えぇと、これどうなってんだ!?

 昔の丸め込みより複雑になって何か動きにくいぞ!

 足掻あがけば、足掻あがくほど、余計に動けなくなる。

 ど、どうすれば……って、近くにロープあるな。

 慌てていたら何も見えないモンだ。

「ブレイク!」

 俺がロープを握るとレフェリーの声の後に小さく拍手が起こる。



 おや?

 今日はお客さんの入りが悪いのだろうか?俺の前の試合もそうだったが、今日は静かだ。だがそんな時にこそインパクトのデカい試合をして、次にまたプロレスを見に来ようと思わせたモノの勝ちだ。

 やってやるか!


 技が解かれた瞬間、俺は右手を強く振るった。

 静かな試合会場に、俺の張り手の音が大きく響き渡る。相手はよろめいて倒れた。

 俺は笑みを浮かべ軽く体を蹴る。

 動いたか。次に頭を蹴る。

 ぴくりと動いた。

 よし、これくらいならもう少し踏みつけてみるか?

「オラ」

 頭を軽く蹴る。

「オラ!」

 体を強く踏みつける。

「オラオラオラァ!立ってみやがれェ!!」

 何度も何度も相手の体を踏みつける。

 次第に、観客からブーイングが上がりだした。

「うっせえ!黙って見てろォ!!」

 ロープを振りながら、観客をあおるとさらにブーイングが増してきた。これでより盛りあがってきたかな?


 プロレスはであると同時に、である事はいなめない。

 ここからコイツがい上がるなり、へこむなりしたら、こちらなりに物語を作って試合に決着ケリをつけるとしたい。

 最近、負けっぱなしだから勝ちたいがな。

 お、立ち上がってきたか。

 目つきの鋭さが増してきたな、そうこないと!

 俺はロープに走り、勢いをつけて走り出す。

 首に向けてのラリアット、これで終わりだ!

 右腕を大きく振るった瞬間、奴は俺の視界から消えた。


 あれ?

 いつの間にかまた、視界がぐるぐると回っていく。あ、やべぇ!

「ワン!ツー!」

 こ、これは……目も回って動けん!

「スリー!」

 歓声とゴングの音が俺の耳元を騒がせた。


 □◆□


「負けたか」

 風呂上がりのストレッチも終わり、スタッフからもらった試合動画を見る。

 ……なるほど、ラリアットの下をくぐられた後に股をすくわれた後に、回転して丸め込まれたワケか。

 この反射神経と瞬時の動き、俺には真似できん。

 まぁ、そもそも相手が受けるという思い込みがあったからマズかったな。プロレスは千差万別だ。

 にしても、今日は寒かった。お客さんの歓声が少なかった原因もそれかもしれない。俺も少し喉が痛い。

 昔なら、酒を飲んで酔うにまかせて寝ていたが……やめておこう。前みたいに風呂で寝てしまって、危うく溺れかけてもいけないしな。

 ギャラで買った湯沸かし器の湯が湧いている。これでほうじ茶とお粥を作り、適当に卵を二、三個落とす。

 昔、オンラインゲームを一緒にしてた奴がこれに布団とジュースと菓子があれば最高と言っていたな。あの時はよく分からなかったが、だらけるのには最高の環境かもしれない。今日は声も出しにくい。

 あまり良くないが心の中で言うことにしよう。

『いただきます』


 ……あぁ、卵が旨い。

 半熟卵ってのは、卵かけご飯やゆで玉子とはまた違う旨みだ。

 久々に白米を食べたが、こちらもまた粘りがあって美味いな。

 師匠によると胃腸が悪い時には、玄米はあまり食べるなと教えられたが、やはり白米もいい。今日の試合相手の技のように丸め込まれてしまいそうだ。

 ……だが、師匠にこの布団に包まりながら、うつ伏せで飯を食っている姿を見られたら、即座に正座をさせられてお説教が飛んでくるだろうな。


 お、土鍋にちょっと米粒残ってるな。せっかくだ、こぞって食べよう。

 うん、美味かったな。

『ごちそうさまでした』


 □◆□


 布団の横にパソコンでつけてながめていると色んな動画がある。往年のアイドルもVtuberになってライブをやっているがそういうのが、流行はやりなのだろうな。

 ちょっと検索をすると、落語やゲーム配信ってのをしているのもいる。何か胡散臭いのもあるな。知らない癖に訳知り顔で何か語ってるのは腹が立つな。

 人に寄っては何か武勇伝を語るだけのつまらんものもあった。やはり、昔を語る時は今の連中のためになってほしいし、もしくは笑えるようなのにしてほしい。


 俺がこういうのをやるとどうだろうか?

 ……いや、無理だな。

 このVtuberのようにジョークにしたり受け流せずにキレて暴言を吐いて、前みたいにスポーツ新聞のいいネタにされそうだ。

 それにしても、洋楽の難しいクリスマスソングを歌ってるがよく歌えるぜ。




 □◆□


 ……クリスマスか。

 海外団体に所属した時を思い出すな。

 あの時はサンタクロースの衣装を着せられて、ボランティアの掃除だとか、チャリティーマッチや慈善事業団体周りをしたな。

 俺もギャラのうちだろうと思って参加した。

 当時の俺は、テレビゲームにも弱いとはいえキャラとして参戦していたから、リアル対戦と称して、ガキの相手をさせられた。だが、俺はテレビゲームは昔からやっていたから、当たり前のように勝つので、

「こんなのモトじゃない!」

 と、ガキからブーイングを受けた事は何回もある。当時のボスに、お前は子どもに容赦を知らないのかと激怒された。まぁ、今となってはいい思い出だ。

 あの時の飯は豪勢だったのを覚えてる。皆で食べて、日本と違う旨味があった。

 後、何を言ってるか分からないがお祈りがあったな。

 俺は無宗教だが、ごうに入らばごうに従えとばかりに、よく分からないままに飯の前のお祈りは形だけでもしていた。腹が減っている中、まだやるのかよと思った時もあったが、何回もしている内に俺なりに考えたのは、この人たちに取っては、神への感謝や儀式的なものもあるが何かを食べる前の、

「さぁ、今日も美味いものを食べるぞ」

 という宣言。俺には静かなゴングが鳴るように思えた。

 よく考えると、飯を食う事の感謝に変わりは無いのかもしれない。


 だが、それも時と場合による。

 屋台で飯が来たら、我先にと手づかみでむさぼり、団体の俺達の扱いについての愚痴ぐちを吐きながら食う時もあったし、多人数なのに無言の時もあった。

 海外の安ホテルで飯を食ってた時に銃声じゅうせいを聴き、ベッドに隠れていた身としては、そういうヒマも無い時がある。

 帰国して、落ち着いて飯が食えるっていうのは良いもんなんだなぁと思った。後は作ってる人と片付けてる人の顔が見えるようになっちまった。

 そうなると、俺自身の飯の食い方が何か気になりだした。

 海外では何かのサービスの際にチップを渡す時がある。日本ではチップの習慣は無いが、それが無くても当たり前のように俺が食べるものを準備してくれたり、食べた後を片付けてくれる人がいるのだ。

 だから俺だけのルールだが、ファーストフード店でも店の人にごちそうさまと言える時には言うことにした。

 エゴかもしれないが、その方が働いてる人も気持ちいいんじゃないかなと思っている。


 にしても今回も負けたか……。

 クリスマスに独りで過ごすのも長くなった。

 せめて気分だけでも味わいたいから、明日セールになるであろう、ケーキでも食おうか。

 こんな時にサンタクロースが来てプレゼントくれるっていうなら健康な体をくれというが、お子さん優先だろうなぁ。

 と思うが……。

 まぁ、俺がそれなりにコンディションを整えてサンタクロースにでもなればいい話か。

 さ、パソコンを消して寝るか。

 前みたいに、コメント書いてスポーツ紙のネタにされても困るしな。

 来年の試合がまた楽しみだ。

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