第ニ試合:エビ固めと海老づくし

 エビ固め。

 うつ伏せになっている相手の両足を持ち、腰をる技。

 新人の決め技やベテランの繋ぎ技に使われる。

 シンプルな技のように思われるかもしれないが、想像して欲しい。

 100kg


「ぐぁぁぁぁぁぁ!!」

 痛い痛い!!

 ただでさえ、レスラーはナンボとはいえ、今日の試合は特に腰に激痛が走る。

 今回の相手はを、磨き続けて世界中の団体のベルトを総ナメにした相手だ。


 この外国人レスラー、力はおとろえたとはいえ技術で絞り上げてくる。体重のかけ方と反り方の工夫が違う。

「Hey!Harry,Give up!!」

 あァ!?早く降参しろだと!!

「No!!」

 少しクサい演技のようだが俺は叫ぶとマットを叩き、腰と腕に力を入れて前にいずる。

 観客の声が響く。


 少しずつ、少しずついずる。

 目の前には、お釈迦様しゃかさま蜘蛛くもの糸のようにロープが見える。あれさえ掴めば、ロープブレイク。

 ルールでは技を外す事になっている。


 痛みに耐えながら、後、数センチ。もらった!

 力をこめて、太いロープに手を掴もうとした瞬間に。

「F★☓☓.☓☓☓……!」

 ん?何か、下卑げひた言葉が聴こえたようだったが……。

「Goooo!!!」

 って、うおおおおおお!!

 俺を無理やり引っ張りやがった、この野郎!!

 ロープが、ロープが!俺の蜘蛛くもの糸が遠ざかる!!

「HiHiHi!」

 あっ、観客をあおってやがる!

 この野郎、ヲタ芸ダンスすんじゃねぇ!!

 観客も合わせて拍手をしはじめたじゃねか!

 やばい、これは!

「Finish!!」

 ぐわぁぁぁ!!

 こ、こいつ……俺の背中にひざを乗せてまで反ってきやがった!!

 痛みが、痛みが!背中や首までひびいてくる!!

「ギブアーップ!!」

 俺が叫ぶと同時にゴングと観客の歓声が響いた。


 □◆□


「いててて……」

 風呂上がりに腰をさすりながら、寝間着兼普段着に着替える。着替えのタンスの上には湿布しっぷたばが置かれていた。

「オダイジニ!」

 と、試合後に手荒く渡されたものだ。

 何でも、初来日した際に気に入ったらしく来日する度に購入しているそうだ。

 そして今では倒した相手に渡すのが、恒例のパフォーマンスとなっている。

「今は、ありがたく受け取っておくか」

 独りつぶやくと、部屋に入った。

 六畳一間の小さなアパートが今の俺の住まいだ。

 昔を語っても仕方ないが、ホテルに契約宿泊や分譲マンションに住んでいた頃とは違うがもう慣れた。大きな俺には小さく感じるテーブルには、出前アプリで頼んだ晩飯が用意されている。

 昔は出前は電話で頼んでいたものだが、便利になったのかもしれない。 

 だが、俺は恥ずかしくも説明動画を何回見てもログインと注文方法が分からなかった。困っていたところ、偶然にも同じアパートに出前アプリのアルバイトをしている姉ちゃんが住んでいたので、頼んでログインと注文をしてもらった。

 なぜか、作業代とばかりにサインをねだられた。俺にもう人気はないと思うが、ファンがいるのは正直ありがたい。

 その際に、姉ちゃんが乗っていた出前の自転車をさわらせてもらったが、とても軽い。俺が乗ると、重みで壊れそうで怖くて乗れなかった。

「そんな事ないですけどねぇ」

 と、姉ちゃんは動画サイトにある自転車レース動画を見せてくれた。確かに、鋼線こうせんのような細くも強い筋肉を持つ選手たちが自転車に乗っている。俺たちレスラーとは違う脚のしなやかさと強さを持っていた。

 この姉ちゃんも国内大会に参加したそうで、下位の順位とはいえ完走したそうだ。

 言われてみて、姉ちゃんの太ももをちらと見ようとしたが……セクハラと疑われてもいけないのでやめた。忘れよう!さぁ、飯だ。


 □◆□


 今日の飯は、エビフライと塩エビ、茹で野菜。そして、最近食べ出した玄米だ。

 年のせいか、最近野菜でもサラダのような冷たいものが食べにくくなってきた。

『レスラーたるもの超人たるべし』

 との教えの元、夜の街で働いている人やスポンサーの前で、飯の大食いや酒の無茶な飲み方をしたのは昔の話。食生活にも注意しなければ、この仕事はやっていけない。

 師匠が教えてくれたように栄養にも気をつけ始めたが、好きな物を食べられないのはやるせない。エビフライだけは巨大サイズを注文し、タルタルソースをたっぷりとかける。

 せめて、ソースくらいは許してほしいものだ。

「いただきます」

 ……いやぁ、うまいな。

 タルタルソースの味とエビフライが実に合う。

 揚げ方もしっかりしていて、衣の中のエビが食いごたえがある。

 玄米をかきこみ、一緒にゆっくりと噛みしめて味わう。

 初めの方は玄米が合わなかったが、最近は慣れてきた。白米とは違ういい旨みだ。

 塩エビも、ゆっくりと噛みしめる。

 小さいが固く食いごたえがある。ただ、俺には少し塩辛い。

 昔は、食べられたが食えなくなったのか……。

 お、そうだ。ちょっと茹で野菜に包んで食べてみるか。これなら、なんとか食べられそうだな。

 ……うん。これなら塩加減もよくて食べられる。

「ごちそうさまでした」


 □◆□


 ほうじ茶を飲みながら、主流のプロレス研究のために他団体の試合を見る。

 最近は、有料ネット放送が当たり前になった。

 俺の財布が軽くなるのは辛いが、月額でみたい時に見られるのはありがたい。

 決しておもねるような真似はしないが、最近のやり方を知るのはプロレスの幅を広げるにはいい事だ。

「オラッ!」

 美形のレスラーが増えたな。俺のような強面コワモテのゴツいレスラーが減ったのはさみしくもあるが、やはりレスラーは中身だ。技の重みと受け方でうまさが分かる。

 俺には真似できないアクロバットな飛び技。投げ方もオリジナリティがあり、凶器の使い方一つ取っても昔と違う。受け方も実に良い。

 お、場外の長机に乗せてダイブしやがった。やたら回転して飛んだな。

 俺だったら、長机を振り回すとか技で叩きつけたものだが……まるで、もう一つリングマットがあるようだ。

 しかし、コイツら年を食った時に、体は大丈夫だろうか?万が一、怪我をした時に同じ技があまり出来るとは思えないが……。まぁ、俺が心配する事は無いか。その時は、先人たちがしたように、手を変え技を変えとするのだろう。


 □◆□


 ……美形か。

 どうしても、同期のを思い出すな。

 俳優と見間違みまちがう容姿。受け身の音の違いで、師匠はあいつと分かる。基本の技でも魅せるものがあった。

 あれは、いつの試合後だっただろうか?

 まだ俺が団体に所属し、酒も飲めた頃だと思う。

 ファンの集いで、鍋料理をつつき騒いでいると、あいつはふと自分の腕を見て、大きくため息をつくと俺の肩を叩き、言った。

「すまない、モト。俺だけ飯を変えてくれないか?その代わり、ここの支払いは俺が全部持つ」

 と、悲しそうな目をして自分の腕を見せた。

 あいつの腕には、赤い小さな斑点はんてんが浮かんでいた。

 後で聞いた話だが、あいつは甲殻類アレルギーで、その系統のものを食べるとかゆみや吐き気などをもよおし、人によっては、最悪生命の危機にいたるとも聞いた。

 食えないとはいえ、あいつは立派だった。

 店には、自分が言わなかったから気にしないで欲しいと礼を尽くし、ファンサービスという事で、店とファン全員にサインや写真撮影に応じ、言った通り食事代は全額払った。

 飯を食えないとは損をしている人生だなと、俺はあの時思ったが、プロレスにかける真摯さと体やファンを大事にするというプロ意識はアイツが上回っていた。

 だが最近、昔からの飲み友達である大学教授から久々に飯を誘われた際に何かの研究で食べられるようになる仕掛けがある事を教えてくれた。

 馬鹿の俺にはよく分からなかったが、様々な仕掛けを使って、甲殻類アレルギーを起こさないように、味わえる実験がされているそうだ。

 いつの日にかあいつとまた同じように鍋をつつけるのか、そんな日が来ると信じたい。

 よし、それまでにあいつに恥じないように今から鍛え直すか!!


 □◆□


 トランプカードをシャッフルし、4枚置く。

 数が出た分×10くらいの数を腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットをしていく。レスラーたるもの、いつでもどんな状況でも対応できるように、数が分からないようにやるのだ。

 さぁ、まずはこれだ!

 ……ハートのキングか。まずは、腕立て伏せ130回。やれんことはない!今は練習も量より質が求められる時代だ。

 腕立てはゆっくりと、潜水艦のように体を沈めて上げていく。そう教えてくれたのは師匠だった。

 さぁ、やるか!

「せーの……」

 腕を上げた瞬間、腰に激痛が走った。

「ぐぁぁぁぁ!!」

 しまった、腰を痛めていたのを忘れていた。

 横の壁から、デカい音が聞こえる。

 おぉ、やべえ。

 初の壁ドンってヤツを食らっちまった。

 今の声はデカかったよな、今日は大人しくしておくか。

 それににしても、歳は取りたくない。

 ランニングからやり直すか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る