カタストロフ本波のひとり飯

睦 ようじ

第一試合:コンビニ飯と本人がよく分かってないコラボスイーツ

 ふらふらになりながら、階段を登る。

 秋になり、暗くなるのが早くなった。

「鍵、どこにやったっけ?」

 思わず、懐の財布さいふを開いて探す。

 あぁ、周りが暗くて見えん!!

 俺は目が悪いのに!

 ふと、小銭と違う冷たい感触かんしょくを指に感じた。鍵を取り、戸を開ける。

 鈍く重い音がして戸を開くと、後は倒れ込むように玄関に入った。

「……首痛ぇ」

 今日の試合は、特に長年の古傷の首にひびいた。

 二人がかりの勢いのある攻撃、力任ちからまかせのラリアット。おっさんの俺にはキツイ。

 フリーの身としては、リングに上がらせて貰えるのはありがたいが、いつもアウェイだ。

 そして、最近俺は負け過ぎな気がする……歳か?

 まぁ、いい。

 生意気な若いヤツに一発張り手を入れてやって、お客さんも湧いたしな。


 さ、飯にするか。


 あ、鍵閉めたっけ?念のため、指差し確認ヨシ!

 ……閉めて無かったか。

 こんな時に、工場でバイトしてたのが役に立つとはな。鍵も閉めてないのが分からないとは、俺も耄碌もうろくしたかなぁ。


 □◆□


 さてと、飯だ。

 今日は自分で作るのは無理だったから、コンビニ飯。最近一緒に飲んでた酒が、体に合わなくなったのか、飲めなくなってしまったのが残念だ。

 まぁ、今日の飯にありつけてお客さんの歓声とブーイングが聞けるのは、レスラー冥利みょうりに尽きるってもんかな。

 座って、手を合わせる。


「いただきます」

 何かコレ言わねぇと、食い始めた気にならないからな。

 まずは、おにぎりか。白い米の中に赤い梅干しが実にいい。ゆっくり口にいれる。


 ……おぉ、コイツは酸っぱい。

 まるで、ゴングと同時にドロップキックを不意打ちで食らったような刺激があるな。

 そして、おかかだ。

 このシンプルな茶色のかたまり、俺はこれをおにぎりのチャンピオンだと思ってる。さぁ、組み合ってみようか。

 ……旨い、やはり俺の中の永遠のチャンピオンだ。このジャーマンスープレックスを食らったような感覚、最高だよ。


 おっと、魚も食べないとな。

 餡掛あんかけとはいいじゃねぇか。小さくはあるが、これは中々歯ごたえある。そして、このほっとした味はようやくパートナーとタッチできたみたいだ。


 野菜も最近旨い。

 昔は、野菜が苦手だったのに、師匠に飯食うのもレスラーの仕事と言われて栄養バランスまで説教されるとは思わなかったぜ。

 あのシンプルで、首にくるヘッドロックを思い出すな。


 □◆□


「ごちそうさまでした」

 言い終わった後、俺は弁当の食器を軽く洗って、一息つく。

「さて、食後のお菓子だが」

 いつもの菓子の表面には、かわいいイラストの女の子が描かれていた。

 菓子を口に頬張ほおばり笑顔を浮かべている。

「何だこりゃ、Vtuber?これ、何て読むんだ?」

 アニメのアイドルキャラみたいなものだろうか?

 おっさんの俺にはよく分からないが、こういうのが流行はやりなのか?

 ……あ、バーチャルユーチューバーと読むのか。知らなかったぜ。

 どんなものか、菓子を食べながら見てみるか。

 この動画配信サイトか、どれどれ。


「〜♪」

 おぉ、これか。

 何か分からんが、かわいい女の子が歌ってるな。有名な歌のカバーか。このキーで歌うのキツいのによく歌えるぜ。上手いじゃねぇか。


 ……あれ?

 と、いうことは俺はライブ中に入ってきたのか?

 何か絵文字みたいなのをみんなやってるけど、コレ、どうやるんだ!?

 やべぇ……パニックになってきた。

黙って見ておこう。

何か、試合より緊張するな。


「ありがとー!!」

 お、終わった……。

 この緊張感、若い頃にチャンピオンベルトをかけた試合を思い出すぜ。


 まぁ、あの時の緊張感と元気をもらったからいいか。さて、歌と緊張で忘れちまったが、菓子を食べるか。

 ……うん、美味い。

 こういうシンプルなのでいいんだよな。

 何か袋が入ってるな。オマケか?開けてみるか。

 これは、さっきの子の絵付きサインか。

 あれ?ちょっと絵が少し違うな。まぁ、そういうものなんだろうな。

 これも何かのえんだ。コメントぐらいは残しておくか。

『上手い歌だったぜ。ありがとうな、おじょうさん』

 これでよし。んじゃ寝るか。

 ……ありゃ?

 何か、音が鳴ったがパソコン消し忘れてたか。

 じゃ、消してと。改めて寝るか。


 □◆□


「……で、何で俺はワケの分からない書かれ方をされているんだ!?」

 数日後、試合に向かう先の列車の中、スポーツ紙を読むと

『カタストロフ本波もとなみVTuber

 と、記事があった。

 ……いや、歌が上手いから聴いてただけで、よく分かってないんだがな。

 てか、ガチ恋勢って何だ?


 まぁ、スポーツ紙のやることだ。あおってくれるのはいつもの事だ。気にせずに行こう。これでネタになるのと、あの子の客寄せパンダになりゃ十分よ。

 せっかくだしお守り代わりに、この子のサイン財布に入れときますか。


「このガチ恋ヤロー!!」

「引っ込めー!」

 その日、俺はそのVtuberのファンにこれほどまでかと最大のブーイングを浴びて、試合をする事になった。

「モトさん、見損なったぜ!アンタは生粋のレスラーだと思ってたのによ!」

 何でも海外でも人気のあるスーパーアイドルだったそうで登録者数……ってのが、ビッグイベントのお客さんくらいにいる方だった。

「何で、オマエまで知ってるんだよ?」

「俺の推しに手を出すな!同担拒否だ!!」

「何だ、って!?知らんぞ!」

 俺はいきなり高嶺の花に手をつけたようだ。

 今も、その子のというのか?

 ファンだったらしく、試合相手に反則スレスレの攻撃を受けている。

 オイオイ、リングの鉄柱に何度も俺の頭をぶつけるんじゃあない!

 気のせいか、いつもよりも数が多いぞ!!


 後日、改めてVtuberの子からマナーを守ってほしいとお願いの配信が行われた。

 何でもあの音は、俺が新規のお客さんで注目のコメントがついていたからだそうだ。

 俺には、丁寧なお礼の手紙と大きなイラスト付きのサインをもらった。イメージブランドがあるため、隠していたそうだが、プロレスの大ファンだという。

 レスラーとしては、イメージブランドについては、少し分かる気がする。

 やはり、ファンあっての仕事なのはレスラーと合い通じるところがあるのだろう。

 そして彼女は趣味を全開にし、いつの間にか、大手団体のテレビ放送テーマソングを歌っていた。


 うらやましい。

 いつの日か、俺もあやかりたい。

 とりあえず、次の飯と試合を楽しみにするか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る