試合後:新たな出発のドーナツ

 今日も疲れた。

 あの後ナカの話もあり、俺は元の団体にスポット参戦する事になった。

 ありがたい事に契約上、他団体に出る際は許可さえあれば、顔を出して良いことになった。

 新人とスパーリングをして分かった事がある。最近の若い奴らの趣味や考えは理解できない時もあるが、熱量はすごい。ボーっとしてるようで、次はどうすればいいかを必死に考えている。

 しかし、どこか考え過ぎな気もする。いらない不安まで抱えてないだろうか?

 まぁ、お節介を焼きすぎるのも老害のたわごととか思われかねないし、聞かれた時にだけアドバイスをする事にしている。

 それにしても、今日は特に首と腰が痛い。

 だらけたい気分だ。

 最近動画も勉強やトレーニングのものがあるのでそれでも見て改めてやってみるか?

 そう考えてる中、ドアのチャイムが鳴った。

 あんまり出たくはないが、

 重い体を引きずるようにドアを開ける。

「こんにちは」

 同じアパートに住む姉ちゃんがいた。

 そういや、姉ちゃんも引っ越すとか言ってたな。

「これ、餞別せんべつに持ってきました」

 姉ちゃんの手には、ドーナツの箱がある。

 確か高級品とか前にテレビで言っていたものだ。

「いや、ありがとうな。

 お前さんも体には気をつけろよ」

「はい。

 あの……この前の試合良かったです」

 あぁ、ナカとの試合か。

 確かネットとテレビで放送されてたな。

 スポーツ紙にも久々に大きく書かれてたし。

「あ、あと……」

 姉ちゃんは、顔を小さくかくと頭を下げて、



「歌を褒めてもらいありがとうごさいました!」



 は?

 俺、歌を褒めた覚えは無いが。

 ……ってアレ?

「え、じゃあ……お前さん」

「はい!あの時のVtuberです!」

 ええええ、隣にいたのかよ。

 壁ドンもお前か。

 先輩のところで会った際に、声がかすれてたのはそれでか。


「私、あれで自信がつきまして。

 ここで配信者で終わっていいのかって思って、推しの皆さんから配信でいただいたお金やグッズの利益で本気で歌と体を鍛えました。

 そうしたら、アメリカからミュージカルやらないかってオファーが来まして」

「お、おう……」

「また、ゼロからの積み重ねになりますがもっと多くの人に歌を聴いてもらえるようになります!」

「そ、そうか。ひとりで大丈夫なのか?」

「それは、彼氏もついてきてくれるので支えてもらいます」

「お、おう。そりゃ良かった」

 そのって奴らが聞いたらショックな事を聞いたかもしれないが、支えてくれる人がいるのはいい事だ。


 ……って、待て。

 俺がガチ恋勢とかいう話、

 結局ガセネタになるじゃねえか!

 あぁ、もういいかぁ。

 最近はそういうの言われなくなったしな。


「あ、それとモトさんも変な事書かれないよう気をつけてくださいね」

「その原因はお前さんにも少しはあるぞ」

「あはは……確かに」

「それにお前さんこそ本当に気をつけろよ。

 アメリカはタフじゃないとやれないからな」

「分かりました!あ、それと」

 姉ちゃんは俺に名刺を渡す。

 そこには、メールアドレスや電話番号、住所や動画ページが書かれていた。

「また、何かあった時に連絡ください。アメリカ来た時には歓迎しますから」

「いいけど、彼氏に誤解されないか?」

「気にし過ぎですよぉ」

 苦笑を浮かべ、姉ちゃんは背筋せすじを伸ばした。

「お世話になりました!行ってきます!!」

 深々と礼をするとかけだしていった。


 姉ちゃんも次のところか。

 ま、やるだけやってきてほしいもんだな。

 俺はせっかくいただいたし、

 お茶と一緒にドーナツ食べるか。


「いただきます」


 ……甘さが身にしみるな。

 こういう時にはあまり言葉にせずに味わおう。


 窓の外ではウグイスが鳴いている。

 春、新しい季節だ。

 俺もベルトを巻く気概を持つかな。

 茶をすすり、ドーナツを食べ終わると俺は横になり小さくつぶやいた。


「ごちそうさまでした」


 完

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カタストロフ本波のひとり飯 睦 ようじ @oguna108

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