最終試合:ライバルと鍋と必殺技(後)

「バージョン3.0って、お前の口から出るとは思わなかったぜ」

「ガチ恋勢だかなんだか知らんが、変な異名つけられてよ。何かムカついたから、インターネットの勉強してるんだよ」

「使い方間違ってね?」

 ナカの軽い笑いに、俺は右手の握力を込める。

「グアアアッ!」

 ちっ、あんまりに見せてくれるぜ。

 コイツの頭は正直、握りづらいんだよな。

 ええい、仕方ない!

 俺は一歩踏み込みナカに体を密着させると、大きく持ち上げてリングに叩きつけた。

 リングの高い音とともに、歓声が沸き起こる。

 ……よし、少しは本気でやれるな。

 俺はナカに馬乗りになると、首を絞めた。

「モト!反則!」

「うっせぇ!!」

 レフェリーを軽く突き飛ばすと、俺はさらに首の骨を割れよとばかりに締め付ける。

 周りからブーイングとナカに対する応援が聞こえてくた。

 ならば、こうするか。

 そのまま首を持ったまま立ち上がり、ナカを持ち上げる。

 周りからどよめきが聞こえてきた。

 ナカは無言のまま手を下げている。

 レフェリーが慌ててナカの手を上げる。だが、ヤツの手はレフェリーが離した後、そのままだらりと落ちた。

 もう一度、ナカの手を上げる。これで落ちたら気絶で決着がつく。

 さて、もってくれよ。

 レフェリーが手を離すと、手は宙の真ん中で止まった。

 歓声が起こる。

 ナカは手を振り回し、俺の頭を叩いてくる。

 俺は構わず力を入れる。

 だが、

「シャッ!」

 ナカは小さく息を吐くと、俺の顔に強烈なドロップキックを打ち込んだ。

 一瞬、前が見えなくなり俺はリングに派手な音をして倒れ込んだ。

 ナカは赤いコーナーの上に飛び上がり、両手を叩く。

 このまま、飛び込んでくるつもりか!?

 俺は逃げようと体を動かす。

「……ッ!」

 くそ、こんな時に腰が痛くなってきやがった。

 逃げられん!

 そうこうしてるいるうちにナカは俺に向かって飛び込んで来た。


 大きな音が、響いた。


 衝撃が体に響く。

 ナカの大分飛んできた 衝撃が体の芯、特に腰に首など痛めたところに響く。

 レフェリーが慌てて俺のところに駆け寄り、カウントを叩こうとした瞬間。


 瞬間、俺は奴の腕を握り、関節技をしかけた。

 腕を逆に曲げる。ナカは痛みから逃げるように立ち上がり、俺を持ち上げた。

 こ、こいつ。俺を持ち上げられるのか!

 そのまま、俺をリングに叩きつける。

 く、首が……。


 さらにナカは、俺の脚に関節技をかけてきた。

 くそ、どこまで痛めつける気だ。

 まるで、膝と足首が焼けるようだ。

「うらぁぁぁぁ!!」

 リングを叩きながら、ナカは体全体を動かしてアピールをする。

 俺は痛みにこらえながら、近くを見渡すとロープが見える。

 よし、これなら。

 俺は、しっかりとロープを握った。

「ブレイク!」

 レフェリーが叫ぶ。だが、

「ウオオオ!」

 こ、この野郎!外そうとしない!

 わざとやってやがる!!

「ナカ!ワン、ツー」

 レフェリーが反則カウントを数え始める。

「スリー、フォー!」

 それを聴くと、ようやくナカは外した。

 アイツが動く前に俺が……って、脚が動かん!腰が異様に痛い!!

 こんな時にぎっくり腰か!?

 ナカは、俺を見ると静かに笑いロープにもたれかかって手を叩きだした。

 

 ……俺に、立てってか?

 観客も俺に立てとばかりに拍手をしだした。

「モートナミ!モートナミ!」

 歓声まで聞こえ始めた。

 応援されるのは久々だな。

「モートナミ!モートナミ!」

 リングの周りが俺を呼ぶ声で響き渡る。

 ここまできたら、立つしかないよな。

 脚に力を入れて、背筋だけでおきる。

 やはり、腰は響くように痛い。

 立てない。

 だからといって、ここで試合を止めないのが、レスラーだ!

「来やがれぇぇぇ!!」

 片膝立ちで胸を張り、ナカを挑発する。

 ナカはロープに体をあずけて、勢いよく脚をぶつけてきた。

 シューズの線が一本一本が目の前に見え

 俺は奴の蹴りを受けた。


 鈍い音が、リングに響く。


 俺の顔に脚が食い込む。

 だが、それこそが、


 


 ナカの脚を持ち、裏返す。

「!?」

 ナカの顔が一瞬青ざめる。

 だが、遅い。

 ひっくり返すとアキレス腱を固め、俺の全体重を押し込むように、

 プルタブを引くかのように、力を込めた。


 これが師匠に教えてもらった必殺技の裏アキレス腱固め。

 下手をすれば、相手の脚の腱を切りかねないから俺には禁じ手と言われた。

 だから、これに


 ナカは倒れ込み、痛みをこらえている。

 ……よく見るとコイツ俺と同じ年なのに、きれいな背中してんな。

 腹立つから叩いてやるか。

「痛ェ!」

 おっ、頭上げやがった、チャンスだ!

 うつ伏せのナカにのしかかり、奴の脚に俺の脚をひっかける。

 そして、顔を両手で思いっきり締め上げる。

「セヤァァ!」

 相手の脚をロックし、頭を締める。

 ステップオーバー・ウィズ・フェイスロック

 これが今の俺の必殺技、STFだ。


 ナカはまだロープへ動こうとしている。

 だが、俺はもう力は残っていない。

 ただこの今の瞬間だけ。

 締め上げる事に集中する。


 何か周りが言ってるが、よく聞こえない。

 頼む!今だけこの瞬間に集中させてくれ。

 こいつに勝つには、これしかー


「モト、ストップ!ストップ!」

 は?

 レフェリーの声に我に返った俺は、ナカを見る。

 ……あ、顔じゃなくて

 ナカが失神している。

 レフェリーが、慌てて手を振るとゴングが鳴った。

 勝つには、勝ったが……。


 □◆□


「すまん!」

「いやいや!!あれこそモトのプロレスだろ?

 良かったと思うぜ」

 試合後、こっそりと俺はナカに会いにいった。

 やはり、プロレスは見せ物である以上は相手を立てた上で倒す。相手を潰すのは違う気がする。

 今回の俺はやり過ぎたかもしれない。


「それにしてもよ、ナカ。お前体はいいのか?」

「いや。相変わらずアレルギーは変わらないし、癌手術で肺の一部も取ったから、前のような動きはできない。

 だから、少しの動きで魅せるやり方に変えたんだ」

 ナカは笑って言った。

「……辛くないか?」

「まぁ、無いといやぁ嘘になるが、

 それでも『あ、俺ここまで動けるんだ』

 って思うと気持ちいいな。

 後、何年やれるかは分からないが、

 もう一回くらいはベルトまきたいかな?」

「そうか」

「ま、そん時はお前とタッグを組むのもいいかもしれない」

「俺は、もう無理だよ」

 力無く笑う俺にナカは顔をふくらませる。

「馬鹿言うなよ。お前が俺以上に摂生してコンデイション整えてるのは知ってるぞ。それにうちの社長が第0試合蹴った分返せとも言ってるしな」

「は?」

 その言葉に呆然とする。

「まぁ、来シーズンぐらいか。

 ウチのリングにしばらくあがってもらうオファーを出すんだと。

 それまでになんとか治してこい」

「そうか……」

 上を向いて、目を閉じる。

 追い出されたところに戻るか。

 まぁ、それも悪くないか。また契約切れたら師匠の後を追って海外行くのもいいしな。

「分かった、また頼むぜ。

 後、鍋食おうぜ。

 アレルギー無しのものなら俺も覚えたから」

「あー、それがな。モト」

 頭をかくと、ナカは苦笑する。

「実は嫁さんの妊娠が分かってな。

 また、今度にしてくれないか?」

 ……驚いた。

 ナカが結婚していたのは初耳だ。

 いや、最近連絡取ってなかったしな。

そういう事もあるだろう。

「分かった、それなら仕方ない。

 俺も大変だというのは聞いた事あるからな」

「あぁ、これで二人目とはいえ心配なんでな」

「……そうだな。じゃ、また落ち着いたら食べに行こうぜ」

 俺は笑って手をあげるとドアを締めた。


「ナカが結婚かぁ」

 まぁ、アイツはモテたしなぁ。

 合コン行ってアイツだけモテて先輩たちの顰蹙ひんしゅくを買ってたしな。

 しかも、お子さん二人もいるとは……。

 何か、俺だけ置いてけぼりを食らった気分だ。


 とはいっても仕方ない。

 人の生き方をうらやましがっていたら、

 キリがないしな。

 さ、帰るか。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る