番外編最終回:年末年始試合と料理
「おじさん、マッチはいりませんか?」
「いらん」
そう言うと相手は、
「いいから、買えって言ってんだよォ!!」
叫び声をあげながら松明ばりのマッチ棒(自称)を振りかざしてきた。
鈍い音とともに熱さと痛みが俺のほほに伝わる。
あっちぃぃ!!
痛ってェェ!
オイオイオイ!これ、マジの火か!?
団体はここの会場に許可を取ってるんだろうな!?後で怒られて会場使用禁止になっても俺は知らんぞ!
年末年始、レスラーに休みはあまり無い。
トレーニングはもちろん、大晦日や正月にリングに上がる時もあれば、バラエティやトーク番組の出演、特撮や映画のロケに出る奴もいる。
昔は総合格闘技にも出たが……もう別物だしな。
おお、イカン。
ボーッとしてたらロープに振られるとこだった。
ロープに振られ跳ね返ったところに、
「くたばれぇ!」
と、巨大なマッチ棒で頭を殴られる。
あっちィィ!!いってェェェ!!
この野郎、デスマッチだからって凶器に頼りっぱなしじゃ面白みに欠けるぞ!俺の髪の毛に火がついてるじゃねぇか!消せ消せ!
俺が転がると奴はマッチ棒を大きく天に掲げた。
……あぁ、もういいや。
久々に本気でやるか!
俺はゆっくりと立ち上がると、奴の喉元に向けて渾身のチョップを叩き込む。
「ふんっ!」
「くぎゃっ!」
虫の潰れるような音が叫び声をあげて、奴はマッチ棒を落とした。
その火を踏み消し、拾い上げて大きく振り上げて奴の額に向けてピンポイントで叩きつける。
マッチ棒は大きな音とともに折れた。
さらに折れた棒の切っ先を奴の額に叩き込む。
流血とともにのたうち回る奴をかがみこませ、体を持ち、しばらく待つ。
何か悲鳴が聞こえるが、知らん!
俺は静かに奴の頭をリングにパイルドライバーで沈めた。
デスマッチは分かるが、やっぱりプロレスは体の技使っていかほどだよな。
……って、アレ?
こいつ、失神して震えてないか?
あ、やべぇな。
慌てて脚で軽く踏みつける。
「レフェリー!」
俺が叫ぶとレフェリーは早めに3カウントを叩き、ゴングを鳴らした。
「あれで潰れるか?」
「お前がやり過ぎだ!バカ野郎!!」
控え室で別の試合に出ていたナカに猛然と説教をされる。
「いやだって、そのて・・・・・・」
思わず口を閉じる。
あぁ、そうだったな。
今のやつらと俺たちの時代とはまた遊び方も違うだろう。
最近だと、山とか海とか駆け回ってたら怪我しそうって不安になるらしいしその程度が世代じゃ違うよな。
しっかしなぁ。体弱いの大丈夫か?
ノンデリとか新しい何ハラとか最近知ったが、何でもかんでもつけてたら何も言えないしなぁ。
後、それを建前に弱いものいじめがないか不安だ。
昔だったら男女構わずキレ散らかしてぶっ飛ばしてたが……今考えると事件モノだよなぁ。
嫌だなぁ、俺もそのうち契約切れた後にさっきの奴から団体ハラスメントとか食らわねぇかなぁ。
□◆□
俺の名は仲谷辰也。
今はタツヤ・ナカタニとしてリングにあがっている。
昔は、デストロイ仲谷とかいうダサい名前でリングに上がっていたが、破壊神コンビが解消された際に癌が発覚し、一度リングを降りようと思った。
だが嫁さんと娘は、
「リングにあがっているパパが見たい」
と言ってくれた。迷惑をかけると思ったがありがたい。
名前もスタイルも変えて今もレスラーを続けている。
その闘病中も旧友の本波は何かれ構わず熱苦しいほどに、激励のメッセージをくれた。
だが、あまりにもお節介の度が過ぎてうっとうしくなったので、しばらく一人にして欲しいとメッセージを送り間を開けていた。
改めて会ってみたが、良くも悪くもこいつは変わっていない。
以前にも突然エレベーター内で入場ポーズをやり始めて、AIが事故と間違いを起こし止める事もあったし、昔は社長の浮気スキャンダルに、
「裏切られた!昔のお前はどこにいった!!」
とか言って泣きながら社長を殴り飛ばし、社長の奥様と浮気相手のアイドルに大説教を始め、とうとう殴りかかろうとした瞬間に、師匠に本気で首を絞められて落とされた。あいつは社長が女癖が悪いのを知らなかったらしいが……。
本当に面倒くさい奴だ。
まぁ、そのアイドルが今の俺の嫁さんなんだが。
俺が情にほだされたといえばそれまでだが、どうも芸能生活が長かったからなのか、歪んだ人間関係の付き合い方を植え付けられいたようで、話をしているうちに、それが抜けていき付き合うようになった。
その後、結婚して芸能界を引退。娘を出産してから彼女もどこか丸くなり普通の人になった。
息子が生まれた後、夫の贔屓目かもしれないがどこか人間味が深くなったような気がする。
しかし、このモトは変わらない。
クサい台詞と暴走っぷりは変わらず、この前も一緒に試合を見た後に、
「敗者には優しいブルースを」
と、つぶやいていた。
どこかで聴いたなと思って検索したら野球選手の名言だった。どうにかして欲しい。
とはいえ、コイツとのつきあいも長い。
悪い奴ではないが、腐れ縁にはなりたくないので、それなりに間を空けてつき合おうと思う。
奴へのお説教も終わったし、家に帰ろう。
今日はモトも一緒に飯だ。
今日は年末のご馳走ということもあってすき焼き。肉や野菜がいい音で煮えている。
モトも子どもらと一緒にすき焼きをじっと見ている。
……何か、子どもが三人いるようだな。
「できましたよ」
嫁さんの言葉に全員が手を合わせる。
「いただきます」
肉汁が口の中で広がる。
野菜と合わせて食べると実にいい。
うどん、野菜、肉のコンビネーションが俺の舌と脳を刺激する。
卵と白米が実に合うな。
「はーい、あーん!」
「あーん」
モトが野菜をウチの娘に食べさせられている。
……相変わらずこいつは子どもには好かれるな。
精神年齢が一緒なんじゃないか?
「ごちそうさまでした」
□◆□
「おいしいね!」
「よかったね!!」
「おう、美味しかったよ。ありがとうな」
笑顔で笑うモトに娘と息子がなついている。
俺はノンアルコールビールを少し飲むとテーブルに頬杖をついた。
「あら、どうしたの?嫉妬?」
嫁さんが俺の横に座る。
「……まぁ、それもあるが。アイツは変わらんなと」
「そうかしら?変わっているかもしれないわよ」
昔より柔らかくなった笑顔で嫁さんは微笑む。
「そう信じたい」
そういうと俺は息子のパンチを大きな手のひらをかざし笑顔で受けている旧友を肴にノンアルコールビールを飲み干した。
除夜の鐘が鳴り響く。
さぁ、来年は今年よりいい年にしたいよな。
-番外編 完-
カタストロフ本波のひとり飯 睦 ようじ @oguna108
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。カタストロフ本波のひとり飯の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます