第五試合:ジャイアントスイングとビッグサイズ肉まんセット

 大昔、レスラーはデカければ、デカいほどいいと言われていた。見せ物としては、見ごたえがあるだろうし、技に迫力もあるからだろう。

 だが、俺の師匠はそれを否定した。

「あんなモン、でけぇゴミだよ」

 それは、師匠が身長の低さやそのレスラーたちと比較されて迫力の無さのために出た、嫉妬からの言葉だったのかもしれない。

しかし、しかしだ。

「ウォォ!!」

俺はその師匠が言った、でかいゴミを目前に試合をしている……どこがでかいゴミだ!!



 身長230センチちょい、体重110キロ以上。がっしりとした筋肉の上に薄くついた脂肪に厳つい顔。まるで石像のようだ。

だが、こういうのに勝ってこそプロレスの面白みがあるというものだ。

 とりあえず、組み合ってみるか!


……って、オイ!

手を高く上にあげるんじゃない!

組み合えないだろうが!!

「〜♪」

鼻歌を歌いながら、奴は手をひらつかせている。 俺は手を掴もうと飛びつくが届かない。

周りのお客さんから笑いが出てきた。

「モトさんしっかりー!」

「もっと、高く飛べー!」

分かってンだよ、それは!!

飛んでも、飛んでも届かない。

あぁ、腹が立つ!仕方ない!!

「シャッ!」

俺は、ムエタイ仕込みの下段蹴りを奴の脚めがけて蹴りつけた。

「グゥッ!」

 ふふふ、痛いだろう。

何せ、ムエタイの蹴りはではなく、で蹴っているのだから。例えるなら棒のようなもので、殴られてるようなもんだ!

「オラァ!」

俺は気合を込めてもう一発、奴の太ももめがけて蹴る。

鈍い音とともに奴は、仰向けに倒れた。

お客さんから、どよめきと歓声が聞こえる。

よし、これはチャンスだ!!


 何度か奴を踏みつけると、俺は奴の両脚を持った。

「見てろー!」

俺はリングの周りをそれぞれ指さしながら叫ぶと、腕に力を込める。

……やっぱり、重い!持ち上げられん!!

だが、これぐらい持ち上げずしてプロレスラーを名乗れるか!!

「ウォォ!!」

俺は、腰に力を入れ相手を振り回した。

リングの周りから脚を踏み鳴らす音が聞こえる。

後は、無我夢中に、遠心力のおもむくままに相手を振り回す。ふと、お客さんの中から数を数える声が聞こえ始めた。

「よーん!ごー!!」

……え?

俺、まだそれだけしか回してなかったのか!?

確か最高記録は45、6回だった気がするが……。

まぁいい、チャレンジしてみるか!

今、数を聞くのはお客さんには申し訳ないが雑念が入りそうだ。

「ウォォォォ!!!」

俺は、自分の気合を入れるためにと、数を聞こえなくするためにひたすら大声をあげる。

後はただ、回すだけ回す!!

お客さんの声が聞こえるが、回すことだけに集中する。

何回だ!

俺は、後、何回行けるか!?


そんな中、俺の腰が小さな悲鳴を上げた。

「ッ!」

痛みに耐えきれず手を離す。周りからは、拍手と歓声が聞こえる。

だが俺は、今、目を回してそれどころではない。

すると、相手がむくりと立ち上がってきた。まるで、山がそこに立ち昇って来たようだ。


……って、アレ?

こいつも、目を回してないか!?

なんか、ブツブツ言いながらこちらに来ている。オイオイ!こちらに倒れてくるな!!

もう、腰が痛くて支えきれんぞ!

と思った瞬間、奴は俺に向かって飛びかかってきた。 不意をつかれた俺は、そのままリングの上に組み伏せられた。

レフェリーが、すかさずカウントを取る。

「ワン!」

こ、これは……

「ツー!」

重くて、動けん!!

「スリー!!」

カウントと共にお客さんの歓声は鳴り響いた。


□◆□


「……動けん」

試合から帰ってきた俺は、そのまま倒れ伏している。

腰の痛みもあるが、奴の重さがまだ体に残っているようだ。

……師匠ならどうしただろうか?

そのまま受け切って丸め込むか、あるいは関節技をかけたかもしれない。

あれだけしかできなかったのは、俺の言い訳だろうか?

だが、今考えても仕方がない。

気が滅入めいるだけだ、飯を食うとしよう。


 さすがに今日は飯を作ることは難しいので、近くのコンビニで肉まんやあんまんのビッグサイズを買ってきた。

本当は、しっかりとした栄養を取るのが回復を早めるのだが、今はこれだけにしておこう。


形だけとはいえ、手を合わせる。


「いただきます」


□◆□


……いやぁ、肉が旨い。

ちょっとした肉汁が俺の細胞に響いてくるようだ。普段なら酢やタレをかけるところだが、今日はゆっくりとシンプルに味わおう。


 味を変えるために、烏龍茶を飲むとあんまんを口に頬張る。

甘味が、俺の脳を回復させてくれるようだ。

このほっとした味が、暗くなりそうな俺の心を癒やしてくれる。


そして、数年前からできたプレミア肉まんというのを食べてみる。

そういえば、よく味わって食べたことがないな。

では、食べてみるか。


うん、肉の噛み応えがしっかりしている気がする。味は少し さっぱりしているような気がするな。わずかに高いからと言って、馬鹿にできないものだ。確かに、食いごたえはある。


烏龍茶を一気に飲むと眠気がしてきた。

掃除は明日することにして、もう今日は寝よう。


「ごちそうさまでした」

そういう前に俺の意識は落ちた。


□◆□


 後日、書店でプロレス誌を購入して読むと、俺の試合が小さくも記事になっていた。試合については酷評をされていたが、

『だが、彼のたった7回のジャイアントスイングは価値のあるスイングであろう』

という、一文は俺の心に響いた。

『次は、最高記録を超えていただきたい』

無茶を言いやがると苦笑したが、それぐらいの気概は持とうと思った。


……となると、やはり腰か。

金もできたし、久々に先輩がいるマッサージ師のところにでも行こうか。体のさびを落としてもらい、もう一度磨きなおすのもありだな。


 俺は、鼻歌混じりで先輩の予約電話をかけた。

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