幕間:本波、マッサージを受ける(最終戦の前の話です)

『ココカラ一歩』

 その名の通り、ここから一歩踏み出すためにというコンセプトの元されている整体やマッサージを受けられる俺の行きつけのマッサージ店。

 かつての俺の先輩プロレスラーが運営している。

「あいかわらず、首が悪いなぁ。ちゃんとケアしてるか?」

「あ、すんません。最近サボってました」

「ダメって言ったろ?レスラーもアスリートなのだから、自分で管理しろよ」

 と、俺の首の骨を指で押しながら勢いよく首を振る。

 俺の首の中で鈍い音が聞こえた。

「……まぁ、これで少しはマシかな。

 モトは首に爆弾あるからなぁ。一生つき合う覚悟はしとけよ」

 と、ため息を吐きながら先輩は手をこすり俺の背を押し始めた。


 先輩は俺のようにフリーにはならず、一つの団体に留まった。

 とはいえ、選手層の厚い大手では花開かず、若手の相手や新人コーチを始めた時にちょうどマッサージや整体に興味を持ち、

「人の体はどう出来ているか?」

 という研究をしたそうだ。

 そのためかプロレスではトレーナーとして、また総合格闘技ブームの際には、何度か勝利を収め、別のところで花開いた。

 とはいえ、あまり人を傷つけるのは好きではなかったらしく、

 得意のバックドロップが出来なくなった時に引退を決めた。

 そして、スポーツの大学や別スポーツのトレーナーとの交流で勉強し店を持つようになった。


「そういえば、モトは引退って考えないのか?」

「あー……たまに頭によぎる事ありますけど、次の仕事が浮かばないんスよ」

 先輩はうなづくと、

「まぁ、レスラーあるあるだけど飯屋でもやるか?お前、色んな団体上がってるから飯の肴に武勇伝トークしたら面白そうだ」

「あんまり、武勇伝語るの好きじゃないんスけど……」

「飯を食うためには仕方ないだろーに。やな事する時もあるさ」

 と、先輩は背中から手を離すと超音波治療器を俺に当てる。

 手だけでなく、科学の力も使うのが先輩流なそうだ。

「あ、そうだ。お前食うのは好きだったな?」

「ま、まぁ……」

「それなら、食レポブログどうだ?お前時々クサい事言うから、受けそうだぜ」

「それならいいかもですねぇ」

 先輩は、小さな笑い声をあげると

「オウ、そうしろ。お前のブログが良く見られるようになったらスポンサーになってやっからさ」

 いたずらっぽく笑って先輩は治療器を外すと、俺の背中に手を当てて、大きく息を吸って、

「コッ」

 吐いて小さく押した。

「ま、ちっと気を入れてやったからさ。体調管理してしっかりレスラーやってこい」

 俺は少し重く感じる体を起こして礼をした。

「ありがとうございます」

「あ、それと。お前酒飲んだろ?肝臓の辺りが少し重かったな」

 何で分かるんだ、この人?

「まぁ、たまにはいいんだけどさぁ。半年は飲むなよ」

「は、はい……」

 俺は会計を済ませるとドアを開けた。

「おや?」

「あれ?こちらに通われてたのですか?」

 外にいたのは、俺のアパートに住む自転車乗りの姉ちゃんだった。

「まぁ、トシだからあちこちガタ来てるからな」

「いえいえ。私も若いからって人の事言えませんからね。お互い気をつけましょうね」

 そう言って、姉ちゃんは俺に一礼して先輩の店に入った。

 何か脚が重そうだったな。声もかすれてたし。

 何の仕事かワカランが……まぁ、深入りするのは無しだ。

 先輩も、客の事は色々あるから言えないって言ってたしな。

 言わぬが花か。

 さて、帰りにカレーでも食べて帰るかね。

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