第11話
少しだけ前の話。
ミリイは、床に寝転がっていた。
しばらく近くのテーブルや棚から、食器類が落下して来たため、そらを転げ回って避けた結果だった。
しばらくして、揺れが少し落ち着いたころ、倒れたテーブルや椅子の中から友人を探そうと、ゆっくりと起き上がった。
「レミ?大丈夫?」
やや声を張って呼びかけるが、友人の姿は見えない。
返事は聞こえた様な気がしたのだが、他の客の声で、聞き取れなかった。
テーブルや家具が横倒しになっている上に、何カ所か照明が外れて落ちてしまった様で、先ほどより暗くなった店内では、あちこちで似た様な声掛けが行われている。
友人を探しに動こうとしたところで、脚に違和感を感じた。
見てみると、膝にパスタが乗っている。皿は見当たらない。
紺のズボンを履いているので目立たないが、パスタのソースでシミが出来ている。洗って落ちるか心配だ。
好みの味ではなかったため、食べるか否か迷った挙句、やっぱり食べ様と意を決したところだった。
「勿体ないなあ。床じゃないし、食べちゃおうかな?」
そう思って、無事なフォークを探そうとしていた時だった。
「出来ればぁ、先に、助けて欲しいなぁ」
倒れて重なった椅子の下から、親友がはい出様としているのが見えた。
「レミぃ、無事で良かったよぉ。」
「なんか、わざとらしくない?」
これでも、大親友の無事を何よりも喜んだつもりなのだが……。
まあ、それよりも、レミは倒れた椅子が腰の辺りで重なっている様で、脱出が難しいらしい。
腕を引っ張って引きずり出す。
「大丈夫?脚とか千切れて無い?」
「それ、引っ張る前に確認してぇ……。」
いきなり引っ張ったのは、まずかったか。
とは言え、特に痛がってはいないから、大丈夫なのだろう。
被害と言えば、白いゆるふわ髪だったのが、所々濡れて、赤味がかっている。飲み物でも被ったのかもしれない。
「ん~な~ぁ!これお酒だよねぇ。なんか嫌な匂いする~。」
ああ~。毎日トリートメントしているのに~!!!」
さらには、普段は白くてふさふさの尻尾も液体に濡れて、細くなっている。
「ネズミみたいだね。それ。」
「やめてぇ。ネズミは嫌いなんだからぁ。」
お酒は二十歳から。
自分達は頼んでいないので、かかったのは近くの客の飲みかけだろう。
流石に、酒の好き嫌いに関係なく不快な様だ。
「こっちに飛んで来なくて良かった。」
「最初にミリイちゃんの方の席に座れば良かった。」
(……。)
「二人とも、それどころじゃないでしょう!無事なら、今のうちに避難するよ。」
おもむろに声を掛けられてそちらを振り向くと、階段付近で階下の様子を伺っている人々の前に、こちらを向く二人がいた。
(あ、開発部の。)
普段、狩用装備の整備で一緒に仕事をしている二人だ。
今日も午前中は一緒に打ち合わせをしていた。
一人は、長身で濃い目の茶色の髪、さらに同じ色の長い毛で覆われた、耳と尻尾が特徴的で、確かヒイロだったか。
(犬っぽいけど、それを言うのはハラスメントなんだよな。)
鼻や口もやや長めで、手脚は形こそ他の人種と同じだが、全体的に毛で覆われている。
そこに触れるのは、社会的にNGとされる。
せいぜいが、耳と尻尾までだが、最近はそれも親しい間柄でも無ければ、好ましく無いらしい。
もう一人は、頭一つ分程低めで、赤みのある明るめの髪を、後頭部で一つに結っていて、やや大きめの黒縁の眼鏡をしている。
(これと言って特徴が無いんだよな。名前は確か…。)
「ヒイロさん。アニスさん」
「逆ね。そろそろ覚えてね?」
軽く視線を動かして呼んだ結果、名前をうろ覚えな事がバレてしまった。
どうも人の顔と名前を一致させるのは苦手なのだ。
「お二人とも、午後はお休みだったんですか?」
「ん?定時までは、仕事だけど?」
「いや、二人とも、服装が仕事着じゃないから。」
改めて、長身のアニスだった方は、白いレースに、腰から左脚に斜めに紺の布を巻いた様なスカートと、クリーム色のシャツを着ている。
ヒイロの方は、濃い緑のロングスカートに、白っぽいシャツ。
明らかにオフの服装だ。
紺のズボンと黒いジャケットの自分達が、急に浮いている様に思えてくる。
「いや、帰りに食事に行くときは、着替えるから。なるべく、外出時は着替えた方がいいよ?」
そう言えば、先日の新入社員歓迎会の時にも、先輩に同じ事を言われた。
確かに、この辺りの企業ではタカミナツは特に従業員が多い。
部門が別だとしても、店中タカミナツ社員と言うことがあり得るのだろう。
全員が作業着で飲食店に押し寄せると、他の企業の客は使いづらくなる。
会社に対する心象も良くなくなるから、と言うことだろう。
理解はしているのだが、荷物が増えるのが嫌で、未だに実践していない。
出退勤時の公共交通機関でも、同じ服装の人物を多く見かけるため、別に良いかと思えてしまう。
「今それどころじゃないでしょう?
一先ず避難しよう?」
アニスに諭されて、まだ揺れが収まっていないことを思い出す。
スペースコロニーに地震はない。
つまり現状は、どこかで絶えず事故が起きている、と言ことだ。
まあ、スペースデブリが衝突して揺れる事は時々あるので、今回もそれの可能性もあり得るが。
既に店にいた多くの客が外に出て移動を始めている。
怪我人もいる様で、救援ロボットが店内の障害物を退かし始めている。
早めに退出しないと、作業の邪魔になってしまうだろう。
急いで店外に出ると、概ねどこかに向かって人の流れが出来ている。何となく付いて行くのが良さそうだ。
ただ気になるのが、目に見えて流れが悪い。
(これ、避難が間に合わない、ってあり得るのかな?)
「これって、避難しないとどうなるの?」
詳しいはずなので、レミに聞いてみる。
「最悪、問題が起きているブロックを切り離すかな。
通常は火事が収まらなかったり、空気漏れが収まらないエリアだけなんだけど、回転のバランスのために、反対側のエリアも一緒に切り離すから、気を付けないとかな。
あ、でもそれはほんとの最終手段だからぁ。」
「でも、生存者がいれば、切り離せないんでしょう?」
「うーん、切り離しは、センサーの結果から、AIが自動で判断しちゃうから……。」
つまり、取り残させる事もあり得ると。
切り離されたエリアはどうなるんだろうか?
アルデリア辺りの重力に引かれて落ちるまで、宇宙を漂うのだろうか?
そう考えると、急に焦りを感じる様になってきた。
「いいい、急いでシェルターに逃げようか。
ち、ちち、近くにあったよね?
駅の方だっけ?別のを探した方が良いかな?」
レミの話を聞いて、アニスが言い出した。
長身のはずが、急に小さくなった様に見える。
(めちゃくちゃ、尻尾を巻き込んでる……。)
スカートにめり込んで、下半身のラインが見えそうになっている。
確か、避難シェルターは、脱出用の宇宙船を兼ねていたはずだ。
「大丈夫ですよ。
この先の駅にあるはずなんですけど……。」
レミが背伸びをして、人が流れる方向を見る。
少し歩くと、列車の駅がある。
その様な施設の近くには、避難シェルターが設けられているらしい。
多分、人混みもそちらに向かっているのだろう。
この人数が収まるのだろうか?
それ以前に、到着出来るのだろうか?
前方の人混みが、数歩毎に数秒程立ち止まる様になってきた。
「これはぁ、ダメかもしれないねぇ。」
レミの言葉に、アニスじゃ無くても、焦りを感じる。
はい、タカミナツスターク株式会社宇宙技術開発統括部製品技術開発部です 金嵩 宙三 @mojamoja0204
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