第10話

「バカな事を言って無いで、早く避難して下さい。」

 製品評価室の監視カメラから見える人影は2人。

 40代男性と、20代女性が1人ずつだ。

 男性の方は床に座り込んでいて、製品技術開発部の課長相当職のシロと言う。女性の方は、その横で寝転がっており、主任のルマリエと言う。

 2人とも、今が非常事態だと言うのは理解している様子だが、待てど暮らせど、立ち上がる気配がない。 

 当初はもしかしたら怪我をしているのかもしれないと思った。

 確認のためにも、部屋備え付けの通話装置で声をかけようと思っていたら、聞こえて来たのは『このままここで寝てしまいたい。』と言うセリフだった。

 明らかにだらけている2人を見て、音量の調整を誤ってしまった。

 流石に驚かせた様で、2人ともびくんと、一瞬腰を浮かせていた。

 が、またそのまま座ってしまった。

(なぜそこで立ち上がらない?)

 ここまで来ると、本当に怪我しているのかと心配になってくる。

 とりあえず、確認のため、声をかける。今度は、音量を下げて。

「失礼しました。

 ところで、大丈夫ですか?怪我して動け無い様なら、救援ロボットを手配しますが?」

『ありがとう、リリア。

 大丈夫なんだけど、避難経路をどうしようか考えてた。』

(本当に……?いや、絶対にだらけてただけでしょうに。)

 とは思うが、一応納得しておくことにする。


 二人が動く気配が無いため、やむを得ず、代わりに社内マップを確認する。

 確かに、2人がいる評価室のすぐ外の通路は、通行禁止になっている。

 先程確認したところ、通路の下層にある、第二大型製品試験評価室は、気密扉が破損して、宇宙が丸見えになっていた。

 第二層も、通路を経由して、被害が広がったのだろう。気圧計を見ると、平時よりも気圧が大きく下がっている。

 現在は、空気漏れは対処されたと思うが、まだ安全と言える状態には程遠い。


 別ルートを検索してみると幾つか候補が上がる。 

 最短なのは、緊急時用の経路だ。近くの天井から、直接上層に向かう梯子を下す事が出来る。

(もう、このルートしか無いと言うことにしようか?)

 まあ、本来は救助隊の進入用なので、素人が使うのは難しいかもしれないが。

 いや、携帯端末で避難ルートは把握出来るので、嘘はすぐにばれるだろう。

(ならば、何で私が避難ルートを探しているんだろう……。)

 シロ達も携帯端末を保持しているのに、調べる素振りを見せない。

(あれか?

 機械の使い方が分からない、とか、小さい文字が見づらい、とか、年寄りぶっちゃうやつか?)

 段々と何もしない二人のために、自分のリソースを割くのが馬鹿らしく思えて来た。

 が、仕事なので続けて他のルートを調べていく。


 他のルートはやや遠回りになるが、階段が使えるルートがある。

 タカミナツスターク社の敷地を外寄りにグルっと半周した辺りに、第一層に上がる非常階段がある。第一層から社外に出て、そのすぐ近くに避難シェルターの入口がある。

 相当距離がある。最悪の事態に間に合わないかもしれないが、その時はダラダラしていたのが悪かったと、理解してもらうしかない。

 一応、そのルートをシロに伝えると

『会社の外周を半周か……。年配者に、その運動はキツイけど仕方ないね。

 それなら、そろそろ動いた方が良いか……。

 それとも、ここで救助隊を待っても良い?』

 と、言い出した。まるで動く素振りも見せず。

(こっちか……。)

 何故かシロは事あるごとに、年寄り扱いされたがる。

「年配って、まだ45歳じゃないですか?

 そんな事言ってると、イセリナ部長に刺されますよ。」

 宇宙製品開発部の部長であるイセリナは、社内でも年齢の話題に敏感な事で有名だ。今年で60歳を迎える。

『えー、シロさんもう45なんですか!?私は、てっきり30代前半かと思ってました。』

 うっかりシロの個人情報を漏らしてしまったが、これにルマリエが食いついた。

『いやいや、そんな若く無いよ。白髪も増えたし、お腹回りもたるんできたし。』

『そうですか……?』

 どうもシロの自己評価には納得出来ない事が多い。

 ルマリエも同様の様だ。

 それに、多分シロはもともと白髪だ。少なくとも、タカミナツスターク社に入社した、数年前から、全体が真っ白だ。今は黒く染めているため、その痕跡が見えるのは根本のみだが。

 近々でシロが老化し、体力が衰えた証拠にはならない。

「まだまだ、若々しいんだから、諦めて動いて下さい。」

『その言い方って、年寄り扱いだよね?』

 と言うシロの指摘は、あえて無視しておく。


 と言うか、まだ立ち上がろうとしない二人。一瞬、監視カメラが故障しているのかと思う程に動かない。

 ルマリエに至っては、自分の腕を枕にして、横になってしまっている。

 まあ、その動きのお陰で、カメラが生きていることは確認できたが。

「さあ、そろそろ避難開始して下さい。

 私、お二人のために10%もリソースを割いているんですよ。一人5%ずつですよ。」

『ああ、それはごめんね。他に作業しているの?』

 ようやく上体を起こし、ルマリエが聞いてきた。

『今、本体のケーブルを外しています。

 通信ケーブルは外れたんですが、電源ケーブルのコネクターの爪が固くて、外れ無いんですよ。

 あと、他の方の誘導も。」

『あれ固いよね。私も先週つなぎ替え様としたら、爪が割れちゃった。』

「先週の本体の更新してくれたの、ルマリエさんでしたっけ?

 それで、ネイル新しくなってたんですね。」

『そうなんだよ。着けたばかりだったのに。今週は時間なくて簡単なのにしちゃって。』

「勿体ないですね。今のもいいですけど、前のが可愛かったですよ。……。」


 ……。

「すみません。脱線しました……。」

『シロさん、寝ないでくださいよ?』

 ルマリエと、どこのメーカーのネイルプリンターがおすすめかの情報を交換していたら、今度はシロが横になってしまった。

 そろそろ避難を開始しないと、本当に危ないのではないだろうか?

「ごめん、ごめん。

 僕はネイルやらないから、つい。」

「でも、デザインはするんですよね?この前頂いた果物のデータ、結構課内で評判良かったですよ?」

「えー、それ気になります。ルマリエさん、私にもデータくださいよ。」

『人用のだよ?強度弱いよ?』

「ああ、破損しても大丈夫なんですよ。今度の身体は爪の付け替えが出来るんです。

 ……。」


 ……。

 また脱線した。

 いつの間にか、リソースも15%も割り当てているし。

 会話中、他の作業も平行で行ったが、漏れが無いかを急いで確認する。

 第二層、第三層で合計6名の行方不明者がいるが、そちらは救援ロボットに捜索を要請してある。

 他の社員は施設管理部のAIが対処している。

 本当に退避しないと不味い貴重品は、第二装備開発課が送って来た、3X用の高出力レーザーライフル位だが、これも運搬ロボットに第三大型製品試験評価室に運ばせた。

 あとは、自分の本体と、シロとルマリエだけだ。

『ところで、リリアはどこに避難するの?』

 未だにだらけているルマリエが聞いてきた。

「第三大型製品試験室です。第三層ですが、無事なんですよ。

 エシルと一緒に、セレスティア試作1番艦内で待機しておく予定です。」

『ああ、その手があったか。僕達もそうするか。』

 そういうと、シロとルマリエもようやく重い腰を上げた。

 この後、二人に合流し、自分の本体を運ぶのを手伝ってもらうことで、無事に避難することに成功した。

(なんか、納得いかない。)

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