第2話

 タカミナツスターク株式会社は、現在の人類の母星「アルデリア」に、本社を構える企業だ。社員一同に全く自覚は無いが、一応大企業と呼ばれる部類の、製造業である。

 扱う製品はそこそこ多岐に渡り、その中には宇宙船と宇宙空間での作業用、移動用の機械類がある。

 顧客の幅も広く、運送業や建設業が主体だが、公的機関や一般人への製品の販売も行っている。

 そう言った背景から、宇宙空間での使用が主になる製品の研究、開発、製造を顧客の近くで行う為、アルデリア外にも拠点を持っている。

 その一つが、スペースコロニー銀翼の拠点だ。

 

 タカミナツスターク社が拠点を構える地区は、第三工業地区と呼ばれ、人が住むよりも、物を作る機械を置くのに適した建物が建ち並んでいる。

 殆どの建物が、デザインよりも機能重視で、大型の運搬車両等で機材を搬入するための入口が設えられている。

 現在は夜9時を迎えたところで、どの建物も本格的な業務を終了し、一部夜間作業や残業している者がいる以外は、徐々に消灯し始めている。

 昼間と違って夜間は、殆ど人がいなくなるエリアだ。

 

 そんな工場地帯にも、一応飲食店は存在する。

 タカミナツスターク社から、徒歩で10分程の所にあるその店は、どこかの民族の伝統に則った様な建物で、所々ライトアップされている。無機質な街並みの中で温かみを感じられる様な場所になっている。

 その2階の2人掛けのテーブルに、少女が2人、向かい合って座っている。

 一人は、やや茶色がかった黒で、毛先があちこち跳ねた短めの髪、やや眠た気な目に、茶色味のある瞳。

 もう一人は、真っ白で細く、こちらも癖のある短めの髪、ぱっちりとした二重に、薄い青味がかった瞳、髪と同じ毛で覆われた先の尖った大きな耳を持つ。

 二人とも、黒のジャケットに、紺のパンツで、ジャケットの背と左胸には白い文字で「タカミナツスターク」と、書かれている。

 黒髪の方のミリィは、右手で携帯端末を持ちながら、左手のフォークでパスタをくるくると回しながら、明日からの休みに何をするか、考えていた。


 

 今日も疲れた。ようやく週末だ。

 タカミナツ社に入社して、半年になるだろうか?

 資源調達統括部狩猟部と言う、一般的な製造業では見かけない様な、かなり特殊な部署に配属になった。

 会社が製品開発や、研究に使っている資材の3割程を調達していて、その殆どを「狩り」と言う形で行っている部署だ。

 自分達はまだ新人のため、「狩り」に出る事は無く、入社してからずっと研修と「狩り」のための機材の整備ばかりだが、これが兎に角疲れるのだ。

 ほぼ半日は、パソコンに向って資料を読んで、残りの半日はパソコンのシミュレーターで、機材の使い方を練習する感じだ。

 ようやく、来週から「狩り」に参加出来る。


 そこでふと気になって

「週明けの狩り、暁星の外壁周辺って、そんなところに目ぼしい獲物がいるのかな?ただの、スペースコロニーでしょう?」

 と、レミに話かけてみる。

 向かいに座るレミは、この店のおすすめであり、レミの好物でもあるスパイシージンジャーエールのストローを加えながら、こちらに目を向ける。

 太っているわけでも無いのに、ぷくっと膨れた様な頬が、何とも愛らしい。

(でも、レミも知らないんじゃないかな?)

 レミは私と違い優秀なので、週明けの予定なら概ね下調べしておくのだが、それでも詳しい業務環境までは、知らない様な気がする。

 と、思ったのだが、

「ああ~、ミリイちゃんは、えーっと、何だっけ?暁星?見たことないんだね~?

 あそこね、でっかい岩にくっついてるんだよ。多分その岩にいるんじゃないかな?」

 意外にも情報が出てきたので、一瞬驚いた。が、そう言えば昔から、何かと宇宙に憧れていた子だった。

 主要なスペースコロニーの情報は、当然の様に押さえているだろう。

「そう言えば、銀翼に来てから他のコロニーに行ってなかったね。」

 銀翼に転勤になったのが一月前。それまでは、私もレミも、ずっとアルデリアに暮らしていた。

 この辺りのコロニー群、実はとしての中心はスペースコロニー「暁星」が担っている。各コロニーでも通常の転居手続き等が出来る為、観光でも無ければ訪れる機会は無い。

 しかしながら、自分が住んでいる街の主要部を、全く知らないのは非常識とも思うため、一度は行ってみようとは思うのだが……。

 とは言え、銀翼のめぼしい飲食店も開拓しきれていないので、他のコロニーにまで、足を運ぶ気になれていない。

「週末に展望行こうよぉ。暁星って、ここの隣の隣だからぁ、そこから見えるよぉ。」

 スペースコロニーは、殆どが円筒形をしている。

 円周方向に回転することで、遠心力により重力を発生させている。

 展望とは、一般人が宇宙を気軽に観測できるようにコロニーの外壁の数か所に設けられた、観光施設だ。 

 ということは、コロニーの高速回転と一緒に回っているのではないだろうか?加えて、「隣の隣」というのは、少なくともコロニー一機分以上は離れているということだろう。

 普段の銀翼内部でも、端から反対の端の様子は分かりにくい。

 きっと、肉眼では見えないか、見えても一瞬で通り過ぎるのではないだろうか?

 折角のお誘いだが、出来れば他の事に時間を使いたい。

「いいかな。展望って有料だよね?それに、遠くのを見るための施設でしょう?どうせ見づらいだろうからいいよ。週明けに行くんだし。」

「見づらい?ひょっとして、ミリイちゃん、外壁の展望って、コロニーと一緒に回ってると思ったあ?ちがうよぉ。展望だけ低速回転してるからぁ、ゆ~っくりと外を見ることが出来るんだよぉ?」

(え、そうなの?)

 ちょっと恥ずかしくなった。思わず周りに視線を向けてしまう。

 工業区画の労働者を対象とした飲食店は少ない。同じ会社の同僚がすぐ隣にいることも珍しくないだろう。

 知り合いに聞かれていないだろうか?

「まあ、確かにコロニーの説明ってぇ、ジュースのボトルを回転させた様なのを見かけるよねぇ。」

(気を使わなくていいよ。それなら、洗濯機だよね。でも、洗濯機って、回るの洗濯槽だけだから、本体が動か無いのと同じ様に出来るよって、ってことだよね。)

「これだけ大きいから、いろいろな使い方が考えられてるんだよお。

 重力も全体が1Gじゃなくて、港とか軸付近の施設は微重力だし、物流のために低重力になっているところもあるんだよぉ。

 展望は重力がすごく弱い区画にくっついてるから、居住区よりもゆっくり回ってるってことお。」

(ああ、スイッチ入っちゃったかな?)

 ちょっと悔しい。


 幼い頃からよく彼女の部屋に遊びに行ったが、その頃から部屋中に宇宙と名の付く書籍が散乱していて、毎度片づけるのを手伝っていた。

 確か銀翼に引っ越した際にも、そのほとんどを持ってきているはずだ。

 度々電子化しろと忠告したのだが、「ちゃんと電子版と書籍版、両方持ってるよ!」と怒られた。

 本人曰く、気が向いたときに手軽に手に取って眺めるために、書籍版が必要で、移動先で見たくなったときのために気軽に持ち運ぶために、電子版が必要なんだとか。

(じゃあ、書籍はアルデリアに置いて来いよ)

 普段は間延びした話し方だか、この手の話題になると途端に早口で情報量が増える。彼女の特徴ともいえる猫の様な形の耳も、先がピンと立っていて、いかに本人が上機嫌かがわかる。

 まあ、こういうところが、好きなんだけど。 

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