第8話

「もう、このままここで寝てしまいたい。」 

「起きてたなら、助けてもらってもいいですか?」

 近くの瓦礫が、助けを求めている。

 分別もしないで、ただ放置してしまったことで、まだまだ自分達は使えるとアピールしてきたのだろうか?

(んな訳無いか。ゴミでもないし)

 渋々立ち上がると、瓦礫に近寄り、一つ一つ持ち上げると、傍らに退かしていく。

 殆どウレタン製のクッションや、空の箱で、大きさの割に軽いのが助かる。いくつか金属製の大きな板や柱が重なっているので、それらが崩れない様に、慎重に、軽い物を除去していく。

 少し繰り返すと、人の手が見えた。

 部下で主任のルマリエの手だ。

 確か20代後半で、入社から7~8年程だったはず。細身で白っぽい肌に茶色の瞳。所々ピンクや水色の白い髪は、肩ほど長さで、根本が黒味がかっていることから、脱色して染めているのだろう。

 数年程前に中途で入社してきた自分からすれば、会社のことに関してはルマリエの方が先輩だ。

 普段も、こちらが作業指示を出しているというより、ルマリエ自身が作業するのを自分がただ承認している様な状況になっている。

 このまま引っ張れば、引きずり出せそうだが、一瞬肘から先が無いのでは?と不安になったので、止めた。

 もう少し瓦礫を退かしていくと、ようやく身体の大部分が見えた。もう引張っても大丈夫だろう。

 両手を引くと、難なく引き出せた。

 ルマリエも無事な様で、すぐに立ち上がると、身体についた細かいウレタンを手で払いだした。

 時々、静電気でくっつい離れないためか、パタパタと手を振ったりしている。

「すぐには起き上がれなかったんだよ。ごめんね。」

「まあ、非常に同意できますが……。いえ、でも助かりました。ありがとうございます。」

 そう言うと、ルマリエは大きく頭を下げた。

 そのまま、うずくまる動作になると、膝を曲げて座ってしまった。

 ぱっと見は、無事な様だが、所々服も汚れているし、怪我しているのかもしれない。

「大丈夫?何処か痛む所はない?」

「大丈夫だと思います。あちこち痛むんですけど、動けない程じゃ無いです。

 ただ、すみません。ちょっと一瞬、力が抜けちゃって……。」

 まあ、無理もない。

 部屋の一面には、人が出入りするドアと、物資を搬入する為の非常に大きなドアがある。そのどちらもが大きく歪んていて、周囲の壁は所々に穴が空いていたり、ヒビが入っている。ドアは人の手では開けられないだろう。 

 最初にコロニーが大きく揺れた直前、ルマリエはドア付近にいた。無事だった事の方がむしろ不思議な位だ。

 一先ず、落ち着くまで待つとして、それまで状況を確認しておこうと思う。

 今いるのは、コロニー外壁の第二層と呼ばれるエリアだ。

 コロニーの外壁は三階層になっていて、現在はその真ん中だ。上が第一層、下が第三層と呼ばれ、第一層の上が地表で、第三層の更に下が宇宙になる。

 タカミナツスターク社は、第二・第三層に自社用のエリアを持っている。3Xや宇宙船を運び込んで、評価を行う為の部屋だ。今いるのはそのうちの一つ。ちょっとした体育館よりも広い。

 ドアの外は、大きな製品を運ぶ為の、かなり広い通路になっている。

 通路に出ると、上層と下層へ移動出来るエレベーターと階段が近くにある。

「家に帰るには、地表に出ないとだけど……。」

「絶対、住宅地区までたどり着けないですよ。」

「あれだけ揺れたんだから、電車も止まっているか。脱線事故が起きてたりして。」

「あり得ますね。

 それに、非常灯が点いてますから、避難しないと。」

 と言いながら、ルマリエは上半身を後ろに倒して、仰向けになってしまった。

 確かに天井を見ると、通常照明とは別に、赤く点滅しているところがある。いつでも避難出来る様に、準備をしておくことが推奨される状況にある事を示している。

「真面目に近くのシェルターに避難するか。」

 正確には、まだ避難が必要な段階ではない。このまま、問題が解消されれば、解除される可能性もある。

 が、現在地から避難場所は遠い。

 第一層に上がればシェルターはある。が、公共の施設であるため、会社の敷地の外に出る必要がある。

 第一層から直接シェルターのあるエリアには出られるが、それでも今のうちに移動を始めないと、最悪の事態に間に合わないかもしれない。

 本来は第二層にもあるのだが、今いる部屋からは、第一層に出ないと社外エリアに出られない。

 とは言え、ドアを見る限り、それは難しいかもしれない。

「これは外に出て、大丈夫……な訳無いか。どう見ても爆発だよね?」

 と言う状況だ。

「素人でも分かるレベルですね。

 この部屋の被害が、ドア側だけで助かりました……。」

 そう言うと、ルマリエは手脚を伸ばして、大の字になった。

 大量のクッションのお陰で助かったとは言え、もう少し爆発の被害が大きければ、助からなかった。無理もないだろう。

「あたし、このまま寝てても、いいですか?」

 と、申告して来た。

「うーん。確かに、ちょっと休んだ方が良いね。

 でも起きてて。」

「まあ、そうですよね。

 ちょっと今気力が沸かないだけなので、ちょっと休んだら、動けます。」

 そう言うと、脚を閉じて両手を腹部の上で組み、目を閉じてしまった。

「……寝ないでね。」

「大丈夫です。目が疲れちゃって、休ませているだけ……、あれ?歯磨きが……、呼ばれて……、飛出て……。」

 後半、何を言っているか、よく分からない。

「……起きて。」

「……失礼しました。起きました。」

 まあ、半分は冗談だろうが。

「でも、今日はマジ疲れました。

 一週間分のソフト検証を一日でやるとか、やろうとしたら変更が入っていないし、終わったのもこんな時間だし。

 ほんと、ソフトの変更、入ってないし。」

(二回言った……。)

 それは、今日の昼間の愚痴だった。

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