第4話 目の毒


 もう、ちょっとやそっとじゃへこたれない。だって、異世界トリップだもん。

 この一日で、悟りの境地に入った山科 楓です。今まで生きた19年より、この数時間の方が濃すぎる体験をしています。


――そりゃ悟るよね。


 もう自嘲しか出ず、気になったことを尋ねる。


「ところで、奴隷ってどうなったら奴隷なの?」


「はぁ?んなもん決まってんだろ」


 意味が分からないのか、鼻を顰めて睨んでくる男の子に、私は目を逸らさずに答えを待つ。

 やがて呆れたように息を吐くと、自分の首を指す。

意味が分からず少年の首を見つめること数秒、理解して青年のそこを見れば、細かい模様の首輪のような入れ墨が見て取れた。


「バッド・ステータス。隷属の刻印が刻まれたら、死ぬまで一生奴隷になんだよ。そいつは竜人だから、今までもずっと奴隷だったんだろうけど」


 さっきも言っていた竜人と言う単語。少し落ち着いて観察すると、青年の頭部に髪とは違う光沢のある角がある事に気付く。

 少年は横たわる青年に、どこか憐みの篭った視線を投げるけど、なぜ竜人が奴隷決定なのか分からない。


「何で?竜人って言うくらいだから強いんじゃないの?」


「何言ってんだよ、お前。さっきから、どこの田舎者だよ」


 貶すような視線は堪えるけど、分からんもんは分からん。私の置かれてる事態踏まえてな!!


「・・・竜人は獣人族の中じゃ確かに強ぇけど、絶滅種だ。ヒューマンの卑怯な戦略(て)と雑草みんてぇな繁殖力に負けた。今じゃ、高い戦闘力や見た目で奴隷にされて、個体数が少ない高額奴隷だろ」


 そうか。出る杭は打たれるって感じで、淘汰に負けたのか。どこの世界も、強さだけで種の保存は決まらないってことかな。

 さっきのこの子の憐みの視線は、きっと同じ獣人でも一族そのものが奴隷となる運命にある竜人族への思いでもあったんだろう。


「君は・・・」


 何でここに居るのと言いかけて口を閉ざしたけど、一度口から出た言葉は取り消し不可能で、鋭く睨まれた。


「何が言いたい?」


「いや。ごめん、無神経だった」


 素直に謝れば、なぜか少年は目を開き驚く顔になる。


「・・・お前、ほんと変な人間だな」


 呆れた響きを含む声に首をかしげる。


「竜人に関わらず、獣人はだいたいが奴隷にされやすいだよ。俺は孤児だったから、クソ野郎どもの借金のかたで売られかけた途中で捕まった」


「何ていうか・・・ご愁傷さまです。なかなか波乱万丈な人生してるね、君も」


 わが身の不幸もさることながら、不幸って自分だけじゃなかったんだなぁ。と妙な仲間意識を抱きしつつ、私はある可能性に首を抑える。


「あ、もしかして私も奴隷になってる!?」


――気絶してて記憶ないうちに奴隷になってたら、惨劇のXデーだし。


「まだだ。あいつらは奴隷商じゃない、ただの山賊だ。刻印が刻めるのは、奴隷ギルドだけ。あいつらはここら一帯で人攫いして、奴隷商に売り渡してんだろ」


「そっか」


 その根城にしてる森で迷ってた、いい子羊が私ってわけか。笑えない現状に、目を覆うしかない。


「ウッ・・・」


 うめき声に、反射で顔を向けると、気が付いたらしい青年が潰れていない片目を開けていた。

 ほんとに生きてることにほっとして、ごくりと唾をのみ声をかける。


「だ、大丈夫・・・なわけないですね。すみません」


 思わず尋ねた日本人的病人・けが人への問いは、どう見ても死亡カウントが始まってる彼に向けて訊くにはデリカシーに欠けすぎたと気づいた。。


「・・・・のか」


 空耳かと思うくらい小さい声が耳に届き、私は恐る恐る近づいて傍らに膝を着く。


「あの・・・」


目を瞑りたくなる気持ちを抑えて覗き込んだ顔に、私はさっきまでとは違う意味で息を呑んだ。

だってその目は――もう何も、映してはいなかったから。


「死ねるのか?」


 その小さな小さな問いは、悲しみも、絶望も、苦しみも、恐怖もなく、ただ無感情な声音だった。でもその言葉は、あまりにも悲しい希望だった。

 “光のない絶望の目”そんな比喩を小説で読んだことはあっても、実際に目にしたのは初めてで・・・それがこれ程切なく胸を締め付けるものだと知ってしまえば、何も言葉にできなくて。

 感じていたはずの恐怖も嫌悪も拭い捨て、私はその身体を抱きしめていた。


唯々、生きて欲しいと願って。


 他人の為に泣きたいと思ったのは初めてで、どうしたらこの気持ちを昇華できるのかも分からず、どれくらいそうしていたのか。

突然、後ろから肩を掴まれて振り返る。


「お前、何した?」


「・・・?」


 いつの間にかすぐ後ろに立っていたケモ耳少年の呆然とした問いに、言われている意味が分からず、そう言えば何した?と自分のした行動を思い出すこと3秒。自分がいきなり死にかけの怪我人に抱き着いた殺人犯であることに思い至った。


「いや、誤解だ。私は決してとどめを刺したかったわけではなく」


 動かしたら死にかねない人間になんてことを、と抱き込んだ顔を覗き込んで――思わずその頭を石の床に落としそうになった。


「・・・だれ?」


 抱きかかえてしまったはずのグロッキィな顔はなく、寧ろこっちの目が潰れそうなほどの美男子――馴染みのある日本人のようなぬばたまの黒髪、透き通る白い肌、開かれた目は一級の宝石のような輝きのあるアメジスト、ほりの深い中性的なご尊顔に各パーツが完璧に配置されたイケメン――の驚いてもお美しいお顔があった。

 眩しい。取り敢えず、顔を逸らして目をつむる。


「え?さっきの人はいずこ?」


 後光がさしてる目の毒から意識を逸らし、きょろきょろと周囲を見渡した。その際、そっと腕の中の生物兵器を手放すことを忘れずに。

 だって、目が痛いもん。人外レベルの美しさって、心臓に悪いもん。


「何言ってんだ、そいつだよ。お前が治したんだろ」


 少年の言葉に、私は全否定する。だって、知らん。


「いやいや。無理だって、私そんな力・・・」


■カエデ ヤマシナ (6) Lv.3 女 ヒューマン

 HP 34/34  MP ∞  SPEED 6

 ジョブ:チャイルド 

 魔法属性:全属性 『初級魔法 Lv.100』『身体強化魔法 Lv.3』『治癒魔法(ヒール)Lv.100』『回復魔法(キュア) Lv.100』『完全治癒(リディカルキュア) Lv.100』

 スキル:『探索(サーチ) Lv.4』『審眼(ジャッジアイ)Lv.2』『隠密 Lv.2』『逃走 Lv.4』『狩猟 Lv.5』『スルー Lv.999』『亜空間倉庫(アイテムボックス)最大』『ユニーク:絶対防御』


 状態:『若返り』『闘神の加護』

 称号:『異世界人』『怠け者』『食道楽』『料理人』『破壊魔候補』『自己至上主義者』

 アイテム:塩99、毛布、回復薬580、ダガーナイフ(鉄)バジリコ13、アロナの葉23、マカラ32、ナティーア 46、ワイナリーの樹液、ライスライム 15、風の魔石(下)、ホーンラビットの骨、ホーンラビットの肉、コカトリス 1、ラズベリー 3


治癒魔法>損傷・外傷を治療する。Lv.50から内科的治癒の使用可能。

回復魔法>状態異常回復。虚弱回復、Lv.10から解毒回復、Lv.20から麻痺回復。Lv.50から完全回復可能。

神聖魔法:完全治癒>強い祈りにより神々の奇跡を顕現する神聖魔法。欠損部・瀕死状態からの完全回復。神々の寵児にのみ使用できるスペシャルスキル。成功率:1%


 見えたステータスになんか増えてた。しかも、魔法系のLvの上がり方が異常値(チート)すぎる。

まぁ、これは・・・。


「よし、無事で何より。ってことで、これからのことを考えよう」


 驚きで泣き止んだ一同を見渡して、私はにっこりほほ笑んだ。笑って誤魔化せ!、これぞ大人の処世術だと日本の偉人は言っていた。

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