第21話 左目が疼く


 詠唱、呪文、それは人生のほんの短い期間に患う思春期特有の夢と憧れを拗らせた病が齎す、黒い歴史に綴られる。私はそんなことはなかったが、一度移動教室の時に前を行くクラスメイトAくんが落としたノートが、偶々開いて見えてしまったことはある。エロ本並に恥ずかしがられて、なんか申し訳なかった。カッコいいと思うよ?輪廻とか永劫の澱とか、我が盟約に従えとか、言ってみたいよね。叫べるもんなら叫んでみたいよね。そんな一度は抱く思春期の呪いが、今まさに再現されていた。

 まだ色々聞きたそうな冒険者の人たちを視線で黙らせ、グランは私とウォルフを下がらせると口を開いた。


「《[原初の混沌に産まれし闇と光の秩序を以て、此処に乞い、此処に誓う者の名は。讒言を謀り、虚言を是とする咎人の罪は、深遠なる闇の断罪を以て贖わん]》」


 グラン、今日厨二病要素むっちゃ押し出してくんなぁと感心してる私の横で、ウォルフが小声で私に声をかけてきた。


「あれ、何て言ってんだろうな」

「え?」

「変な言葉じゃん。竜人独特の言葉なのかな」

「…さっき上でさ、グランが初めて詠唱したエクスプロージョン。何言ってるか分かった?」

「あ?あぁ。なんか、カッコよかったよな。バンブツがどうのこうのって。俺も使ってみてぇ」

「今のはさ、何て聞こえた?」

「なんか、聞きなれねぇ感じの音」

「まったく意味が分からなかったと?」

「あぁ。お前分かったの?」

「いや。そっか」


 これは、言語チートか?なんか多いなこのパターン。あぁいう異世界トリップ物の主人公って、帰れるんだっけ……いや、考えないでおこう。無理な時は無理だ。諦めは肝心だし。考えても無駄なもんは無駄だ。

 そうこう話しているうちに条件を告げ終え、グランは全員に名前を求めた。


炎帝の剣えんていのつるぎ ディオルグの名に誓う」

「炎帝の剣 アドルフの名に」

「炎帝の剣 クリスの名に誓う」

「炎帝の剣 アリアの名に誓うわ」

「炎帝の剣 フィーネの名に誓います」


 魔法陣が全員の胸に消えると、グランがここにきてぶっ込んできた。


「これで、約定を違えれば死ぬ」

「え、死ぬの?」


 反応したのは初耳の私だった。驚きだよ。確かに、闇魔法使うって言ってたけど。ペナルティーについて全然話してなかったけど?


「あぁ。俺が使ったのは闇の古代魔法だ。契約に反すればその命を代償とすることになる」

「でも行き過ぎじゃね?せめて、口に出せなくなるとか。そのくらいでいいじゃん」

「もう魔法は行使し終わった後だ」

「そりゃそうなんだけどさ…。まぁ、う~ん。大丈夫かな?世間話してて意図せず契約に反したら死ぬとかない訳?」

「心配するな。そういう時は警告で済む」

「そう。まぁ大丈夫ならいいけど」

「それに、これはある種バッド・ステータスだ。誰かに聞かれて話せずとも、呪印を見せればそれで済む」

「ふ~ん」

「俺もほら」


 ここでウォルフもぶっ込んできた。ぺらっと上のシャツを捲って心臓にある紋様を見せられ、私はグランをバッと見る。


「グラン!?ウォルフに何してんの」

「仕方がない。ウォルフはただの同行者に過ぎない。他言されないとは限らない以上、口は封じておく必要があるだろう。俺の唯一絶対守るべきは、決まっている」

「不穏なこと言ってんよ。・・・まぁ、それ見せたら何か誰かに聞かれても、それ以上聞いてこないんだよね?」

「あぁ。死ぬと分かっているからな」

「それなら・・・・・・いや、その場合尋問目的に使えないって判断されて殺される可能性も・・・まぁ、その時はその時だな」

「俺も、別に約束破るつもりさらさらねぇから、困んねぇし」

「おい、そろそろいいか?兄ちゃんたち」


 ここでおっちゃんが声をかけてきた。別に放置してたわけじゃないよ。忘れてたわけじゃないからね。身内で優先事が発覚したってだけで。


「先に言っておくが、名を名乗るつもりはない。お前ちは冒険者だな。何故ここに?」

「訳ありってのは分かるが、恩人の名前くらいは聞かせちゃもらえないか?」

「断る」


 グランの断固拒否の姿勢に、おっちゃんは降参と手を上げた。


「分かった。俺たちは、ルアークで冒険者をしている。【炎帝の剣】ってパーティー組んでてな。今日はよりにもよってアデス峡谷に新しいダンジョンが湧いちまったらしくてな。その調査に来て、運悪くジャイアントキルの兵隊蟻とかち合っちまってこの様よ。俺はリーダーのディオルグってんだ。んで、こいつらは俺の左からヒーラーのフィーネ、弓使いのクリス、魔法使いのアリアと、大剣使い兼格闘家のアドルフだ」


 一人ずつ軽く手を上げたり、一歩前に出たりしながら自己アピールしていた。


「あんた、相当な火魔法の使い手だな。驚いた」


 握手に手を差し出すおっちゃんを、これまた大人気なくそれを一瞥するのみで応えようとしないグランに、流石に呆れて足首を蹴り握手を促したところで納得する。下から見上げた顔に少し戸惑いの色が見えるとこを見ると、奴隷してた弊害で握手を求められたことがないと見た。なら仕方がない。こう言う交流に関してはさりげなくフォロー入れないとか。

 私は、私を前に出そうとしないグランの横に並んだ。ウォルフに腕を引かれたが、大丈夫だと視線で伝えて留まる。そんな私に、何故だかウォルフも仕方なさそうに横に立った。


「驚いたじゃないわよ。こっちは、死ぬところだったのよ」

「まぁまぁ。あの数じゃアレが最善ではあったんでしょうし」

「だが、助かったのは事実。礼を言おう」

「そうですよ。私の回復魔法もありましたし、あの状況から一応無傷で済んだってことで。あの、本当に詮索ではなく、恩返しもしたいので名前だけでも聞かせてもらえませんか?」


 悪い人たちではなさそうだけど、正直此処でおさらばしたら永遠におさらばしたいって言うのが本音だ。挨拶しないで済ませたいけど、ルアークの人じゃどっちみち遭遇はしそうだし、多分さっきの言い合いで聞こえてはいたはず。

 決定権がないグランがこれ以上話しを進められるとは思えないから、私は仕方なく口を開いた。


「こっちはグラン、こっちがウォルフ、私はカエデ。諸事情があって、今ルアークに向かってるんです。と言うことで、えっとアドルフさんかディオルグさん?予備の服もらえません?」

「あ、あぁ。…すまねぇ。このグループのリーダーは、お嬢ちゃんだったんだな」


 今までの少ないやり取りで、私が一番決定権のある人間だと気付いたらしい。意外そうな驚きをみせつつ、私の前にしゃがみこんだ。流石と言うか、伊達に経験は積んでないらしい。私が一番ミニマムなのに、見た目で判断しないとは。ちょっと、この人等の冒険者としての評価を上方修正しておいた。

 そして私はできる女。名乗ってしまった以上、一応年上の相手への丁寧語くらいは心掛ける。伊達に母さんに鉄拳制裁されてきた訳じゃないのだ。


「本当に服でいいのか?中古だぞ?ルアークに行けばいくらでも」

「無駄口はいい。さっさと寄越せ」


 しゃがんで視線を合わせてくれたゴッツいおっちゃんに、過保護なグランが警戒して私を抱き上げる。大人気ないグランに呆れながら、その態度に首を竦めて立ち上がったリーダーに頭を下げた。


――うちの子がすみません。図体でかいだけで、まだ179歳なんです。・・・あれ?竜人って成人何歳だっけ?猫の1歳半が人間の20歳的な感じなんかな?女より男の方が精神年齢の成長遅い的な感じで、獣人と人間でも中身の成長差ってあるのかな。


「分かった分かった。ほら、これ」


 ちょっと種族別精神年齢の謎を考察する私を尻目に、ディオルグさんはマジックバックらしい腰のポーチから、大きいサイズの服を出してグランに突き出す。麻か、違う素材なのかは知らないけど、見た目は映画で見るような中世の平民服っぽい感じの上下だ。


「グラン、着替えてきなよ。私は少しディオルグさんと話がある」

「だが…」

「此処(峡谷内)での、私たちに関することは他言無用って約定を交わさせたんでしょ。会話しても、私たちについて他人に話される心配はないし。今の要求条件じゃ、報酬が安すぎるしね。少し現地の情報が欲しい。命の恩人に、世間話程度は付き合ってくれるでしょ?」


 言いながら、ディオルグさんに首を傾げる。


「話せることならな」

「別に、大げさなこと聞きたいんじゃないですよ。ちょっと…密入国ってどう取締られてるか聞きたくって」

「それ、結構大事じゃないのかな?」


 ディオルグさんの後ろで聞いてたクリスさんが、顔を顰める。それに微笑って肩を竦めて返し、グランを促す。


「だって、隠し立てしても仕方ないじゃないですか。こんな処で、こんな恰好で、このメンツですよ?よっぽどの世間知らずか、馬鹿じゃない限り、私たちが正規入国者だと思えるおめでたい頭の人なんていませんって。ほら、グランはさっさとする」

「…後ででいい。今、カエデの傍を離れるつもりはない」


 グランから私の意見に反した答えを聞いたのは初めてで、私はその意志の強さにそれ以上は諦める。こういう自己主張をするのも、ある意味奴隷からの進歩なのかもしれないと親心?に場違いな安心を覚えながら。…冷静になって思うと、「誰目線なん自分?」ってつっこみそうだけど。


■ディオルグ (32) Lv.77 男 ヒューマン

HP 135/445 MP 53/358 SPEED 80

ジョブ:大剣使い、A級冒険者

魔法属性:火属性

補足:スキンヘッドで筋肉隆々の、職業選ぶなら冒険者か山賊って感じの見た目のおじさん。面倒見がよく、人もいいことでルアーク冒険者トップクラスの顔役。ギルドにも信頼が厚い。A級パーティー【炎帝の剣】リーダー。


■アドルフ (25) Lv.89 男 獣人(白虎属)

HP 203/509 MP 10/390 SPEED 100

ジョブ:大剣使い、格闘家、A級冒険者

魔法属性:風・木属性

補足:黒短髪の大柄な見た目に、白耳・尻尾の虎獣人。体系に似合わず俊敏な動きをする格闘家。獲物は大剣を使うが、大剣は修行中の身。口数は少なく、甘党。A級パーティー【炎帝の剣】所属。


■クリス (26) Lv.75 男 ヒューマン

HP 70/370 MP 24/437 SPEED 75

ジョブ:弓使い、A級冒険者

魔法属性: 水・風属性

補足:グリーン系の髪色で、見た目平凡インテリ系。性格的に穏やかで、思慮深く、パーティーのブレーン的役割。ディオルグの弟。A級パーティー【炎帝の剣】所属。


■アリア (26) Lv.72 女 獣人(狐属)

HP 30/400 MP 12/424 SPEED 60

ジョブ:魔法使い、A級冒険者

魔法属性: 火・土属性

補足:赤髪、吊目のグラマラスボディ、黒い耳と尻尾の狐獣人。直情的でかっとなりやすいが、姉御肌で面倒見はいい。A級パーティー【炎帝の剣】所属。


■フィーネ (21) Lv.57 女 ヒューマン

HP 120/300 MP 14/344 SPEED 40

ジョブ:魔法使い、B級冒険者

魔法属性: 水・光属性

補足:水色の髪で、見た目癒し系。内面的にはあざと可愛さのある小悪魔系。A級パーティー【炎帝の剣】所属。


 そして、ジャッジアイ Lv.27の補足情報が私的感想でなく、ちゃんと情報になってるなって自身の成長にも気付いた瞬間だった。

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