閑話:守る/ side D
「よぉ。戻って来たか。早かったな」
ギルドの受付に着いて直ぐ、男たちは二階へと通された。
「ギルマス、すまねぇが。今回のクエストは失敗だ」
「あ?そりゃどういう意味だ?ダンジョンマップにはちゃんと名前が出てんぜ」
「それは俺たちじゃねぇ。俺たちは、谷に入ってすぐジャイアントキルの兵隊の群れに遭遇しちまってな」
「ジャイアントキルか。ありゃ、規模がでかけりゃちょっとしたスタンピードだからな」
「えぇ。今回のは200はいました」
「200!?お前ら、よく無事で戻った。にしちゃあ…」
元SS級冒険者であるギルマスは、その報告に炎帝の剣のメンバーが無傷で揃っていることに喜びと同時に訝った。
200のジャイアントキルの群れに一人の犠牲者もなく逃げ果せるのは、ギルマスの知る目の前のパーティーにはまだ無理なはずだと踏んだ為に。
「助っ人が、入りました」
「助っ人?あの谷で、か?」
「あぁ。だが、どんな奴等かは知らねぇ」
「おいおいおい、ディオルグ。茶化さずにきちんと報告しろ。知らねぇ訳ねぇだろ。お前たちにはその義務があんだぞ」
「姿を見てねぇ」
「あ?」
「私たちが交戦していた時、いきなり谷を覆うほどの火魔法が展開したのよ。私たちは巻き込まれないよう結界張るのに必死で、攻撃が止んでそのまま」
「サーチに何か引っかかんなかったのか?」
「何も。人かどうか知らないけど、攻撃あるまで亜人種の反応なんてなかったもの」
アリアは苛立たしそうに、爪を噛む。
「うちで一番広範囲のアリアのサーチに引っかからなかったんなら、その外側からってことか。だが、谷を埋める程の火魔法ってったら」
「あれは多分、特急魔法エクスプロージョンよ。あんなバカげた魔力、反則でしょ」
「だが、それで俺らは助かった」
アドルフが肩を竦めてアリアを宥める。
「なら、規模から言って、もしかしたら複数で展開したのかもな。助けた奴等は、出てこなかったんだな?」
「あぁ」
「で、お前らはダンジョンに向かわずに戻ったと」
「そうだ。兵隊で200だ。巣の規模を考えると、討伐隊は早ぇ方がいい」
小規模でも100、平均300前後と言われ、最大規模は500匹にもなるジャイアントキルの巣が作られたとなれば、谷から溢れればスタンピードだ。ルアークやダンジョンとそう遠くはない故に、放って置く訳にはいかない。
「だな。だが・・・谷にいたって言う謎の侵入者が気になる。お前たちがダンジョンに入らなかったってことは、誰かが入ったってことだから、お前達を助けた姿なき奴等である可能性は高けぇ。まぁ、たまに初侵入が魔物だったって例もあるが」
「そうなると、峡谷を通ってくるほどの実力者、ってことですもんね」
「だが、今は峡谷にいるかも分からねぇ侵入者よりジャイアントキルの方がことを急ぐだろ」
ディオルグの意見は最もであり、ギルマスは仕方なさそうに溜息を吐いた。
「だな、分かった。お前ら、危険な任務ご苦労だった。クエスト失敗じゃなく、消失にしとく。それとは別に、ジャイアントキルの遭遇報告の報酬出すから、受付寄ってけ」
「あぁ」
失敗はペナルティが発生するが、消失は依頼完遂までに対象が何らかの理由で消えた場合や、依頼の難易度が上がった場合にノンペナルティとして適応される。
部屋から出ていく炎帝の剣のメンバーを見送るギルマスが、最後に出て行こうとしたディオルグを呼び止めた。
「で、そいつ等はこの街には無害なんだな?」
「……有害であれば、俺が始末する」
ディオルグは観念したようにそれだけ答えた。
「いいだろう。ご苦労だった」
さすがに、幾戦もの修羅場を潜ってきた男を騙し果せる訳はなかった。鎌をかけられた感もあったが、知っておくべきところは知っておくべきかとディオルグは自分を慰める。
冒険者稼業としては長いことやってきて、A級となって古株に数えられる身としても、さすがに今回はもうダメかとあきらめかけたあの時、あの高Lv帯の魔物が多くいる谷を越えられる猛者がいたなど誰が想像できただろうか。しかもまだ幼い子供まで連れていた。大柄な獣人と狼の子供獣人、そしてヒューマンの幼児。
戦力にもならなさそうな2人の子供が峡谷を渡れるほどの戦闘力を有した獣人で、あの体格であれば種族に限りがある。かたくなに顔をフードで隠していたが、あの瞳孔は蛇の眼科で何より魔力量が凄まじい。となれば自ずと答えは出る。
以前、一度だけルアークのダンジョン内で見かけたことのある、貴重な種の獣人奴隷。あの時は遠目だったし、今回もチラリとしか見えなかったが、それでも世の評判に違わず恐ろしく精巧な顔をしていた。
トラヴァルタの毒蜘蛛の首領が今の主人であったはずだが、甲斐甲斐しく大事に大事に囲っていたのは、似ても似つかない幼気な幼女。
だが何より、あの子供が一番得体が知れなかった。見た目に反する頭の良さ、判断能力。肝も随分据わっていた。まるで、大人が子供に化けているような6歳児。その反面、隠すつもりがあるのかないのか分からない脇の甘さと警戒のなさ。あれが演技なら大した策士だ。そうなれば、山賊の一派には見えなかったが、その可能性も出てしまうのかもしれない。
唯一見た目通りの印象が強い狼獣人の子供も、異質な中で一番マシとは言え、あの男に着いて行く足の速さが異常だった。例え加減をしていると言っても、炎帝の剣で一番速いアドルフが全快でも難しいと言わせる程なのだから。
ディオルグはギルドを出て歩きながら嘆息する。そうであっても、敵わない相手に気をもんでも仕方がないと気を取り直した。冒険者として、数々の修羅場や強敵を相手にしてきた本能と勘が言っている。あれはどう足掻いても、相手になるものではないのだと。
だから今、ディオルグにできることはただ一つ。無邪気そうな恩人を信じて、守るべき街を好いてもらえるよう案内することだけだった。
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