第18話 ダブル社交界デビュー作戦

「一人増え、二人増え……」


姉のシャーロットがブツブツ言った。私を受け入れるのは構わなかったらしいが、リオンに関しては抵抗があるらしい。


まあ、考えてみれば他人だから、仕方ないよね。

連れてきてしまって申し訳ない。でも、リオンはすっかり溶け込んでいて、子どもたちが喜びそうなおもちゃや、姉が好きそうな本などを見つけてきて、さりげなくプレゼントしている。

この辺のあしらいは実にうまい。


「自分の邸はもう購入したって言ってたのに。どうしてこの家にいるのかしら」




リオンは、姉の屋敷で楽しそうに仕立て屋にあれこれ指示している。


「まず、国王陛下のお誕生日パーティ用ドレスだね」


陛下のパーティの名称はそんなではなかったような。でも、意味は同じだからどうでもいいか。


「できるだけ清楚に。でも美しく」


娼館に男を買いに行くように見えてはならない。


「でも、かわいく印象的に。あ、その色いいね。でも、こっちのもかわいい。リボンで飾る? するとリボンが映えた方がいいかなあ。だと、生地の色を地味にする?」


仕立て屋さんの目は半目になって、口元だけ微笑んでいた。



そして迎えた当日。


私は遠縁の伯母に連れられて会場に登場した。


伯母は某伯爵の未亡人だが、子どもがいない。耳が遠く、目も悪いので付き添いがいないと外には出られない。今日は、親族の若い娘が付いてきてくれたおかげで、出席出来ると喜んだ。ただし、何回言われても私の名前を憶えてくれない。


「格好の人材だ」


チャールストン卿が感心した。


「何を聞かれても、誠心誠意、違うことを教えてくれる。どんな秘密も漏れないうえに相手の方が先にあきらめるだろう」



「スノードン侯爵夫人?」


私が誰だかわかると、誰もがびっくり仰天して私の顔を見た。


やっぱり緊張する……。


皆、質問が喉元まで出かかっているが、必死で抑えていた。内容が不躾すぎ。でも、結局、聞かれるわよね。


「どこへ連れていかれたのか私は全然わかりませんでした。実家で雇っていた侍女を侯爵が連れてきて、その侍女に連れていかれたのです」


私は周りを取り囲むご婦人方に説明した。そう言えばカザリンはどうなったのかしら。


「白薔薇館に?」


「名前は実は存じません」


私は真面目に答えた。ほんとに知らなかったんだもん。


「なんのための施設かもわかりませんでした。若い男性が何人か来ましたが、私が訳が分からなくてもたもたしていたので、一人が残ってくれてチェスをしましたわ」


「チェス?」


私はうなずいた。


「時間を潰すにはいいそうです。そのチェスの相手が、私の事情を聞いてくれて、逃げたらどうだと言って馬車代を貸してくれたのです。それで伯母の家に行きました。そうですわね? 伯母様?」


「ええ? そう。まったくその通りだよ。デイジー」


トマシンだって言ったのに。


「侍女が、私はここで男を相手にしなくてはいけない、スノードン侯爵がそう命じたからと言いましたの。とても怖かったので、夫の言いつけに逆らうことになるのですが、逃げてしまいました。夫は大事な人がいるので、その方と結婚するために、私を娼館と言うところにやったそうです。そうすれば離婚できるそうですわ」


聞いていた奥様方の顔色がサアアアアと変わっていった。

彼女たちは、白薔薇館の部屋の内装だの、店主の人相だの突っ込んだ質問を始めたが、全部、丁寧に答えておいた。嘘はない。きっと代表者が裏を取りに行くに違いない。話の内容は白薔薇館と打ち合わせ済みだ。打ち合わせたのはリオンで、私じゃないけど。


「私は要らない妻だったのですわ。夫の結婚の言い訳に使われただけ。そんなことをしなくても、好きな人と結婚したらよろしいのに」


私はしょんぼりした風を装って言った。


嘘だ。


全然しょんぼりしていない。だって、リオンがいるのだもの。大好きだと言ってくれる人が。


「ねえ、あなた、スノードン侯爵の愛人がどなたか知っていて?」


一人の豪華に着飾った小太りの婦人が体を揺らせながら尋ねた。


「いいえ。でも、ルシンダと言うお名前だそうです」


「まあ。ルシンダ」


彼女達はその名を聞くと、ちょっと驚いた様子だった。

次に、大げさにうなずき合った。頭に飾った孔雀やダチョウの羽が触れ合いそうだ。


今日、この場にルシンダはいない。平民の彼女が招待されるはずがない。


一方で、スノードン侯爵は、絶対どこかにいるだろう。両親は招待されていても自粛しているかもしれない。

私は質問攻めに会いながらも、スノードン侯爵が、いつどこから現れるか、油断なく辺りを窺っていた。



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