第26話 結婚式とミもフタもない感動の初夜

私たちは、出来るだけ早く準備を整えて、出来るだけ早く結婚することになった。



しかし、急いでドレスメーカーを呼ぶと、ピッタリサイズのウェディングドレスが最後の調整に入っているところだった。



シャーロット姉様が、リネン類の調達をしなくちゃと騒いでいると、一人の男がやって来て、姉様にサインを求めた。


「クレマン伯爵家に納入したリネン類の受取ですんで。確認してくだせえ」


姉の心配は、丸ごとあっさり消え失せた。

イライラしているように見えたけど、姉は本当は準備したかったのかも知れない。


「最高級品……これ、すごく高い」


姉はブツブツ呟いていたが、リオンたら領収領を見せて、姉を黙らせる気だったのかしら。



そのあとは、なんと、宝石屋がやって来た。


担当者は満面の笑みで、持参の商品の説明を始めた。


私は思わず引いた。


どれも目の玉が飛び出そうだわ。すっごく美しいけど。眼福で十分ですわ……


「こちらはお式の時用の真珠の首飾り、こちらは外出時用におすすめのイヤリングとネックレスを何種類かお持ちしました。それから、日常使いにひとつはめのイヤリングと、腕輪をいくつか……ご心配なく。お支払いはクレマン伯爵様のご負担でございます」


何ですって?


「ま、まあ……どれを選んだらいいのかしら?」


どれを選んでも、相当な金額になってしまう。あんまり、高すぎたらリオンにとって負担じゃないかしら。お店の人は、高い商品を勧めるに決まっているし、こんなにたくさんあったら、決められないわ……


「いえ。全品、本日の納入でございます。クレマン伯爵様からご発注がございまして。納金も済んでおります」


「えっ? 購入済み? 全品?」





「一体、いつから手を回していたのかしら?」


公開プロポーズは話題になってしまって、私はあちこちのお茶会に呼ばれた。


ものすごくカッコ悪い。それに恥ずかしい。


しおしおと各家を回ったのだが、それで良かったみたい。


「あんなふうにクレマン伯爵に求婚していただけるとは夢にも思っていませんでした。エスコートをお断りすることは、当然出来ませでしたし」


「突然のことで、どうしたらいいのか、わからず」


例の、スノードン侯爵を止めてくれたダチョウの羽飾りの夫人も、孔雀の羽飾りの夫人も、それを聞いて素直に信じてくれた。

ほっとした。


ダチョウ夫人は内務大臣の奥様で、背が高くて(ダチョウ夫人に比べれば)少し痩せ気味の孔雀夫人は財務相の副官の奥様だった。


でも、当然、いつもそんないいように解釈してもらえる訳ではなかった。


「あなたみたいな、身分違いもはなはだしい上に離婚歴まであるようなお嬢さんは、クレマン伯爵にふさわしくないのでは? あなた、ご自分のことばっかりでなくて、伯爵のお立場に立って、少しは考えてみてはいかが?」


別のお茶会では、こんなことを言われたこともあって、私はますますしょんぼりした。


「……はい。ご助言ありがとうございます。伯爵に話してみます」


問題は、式が来週だってこと。間に合うかな。


「あくまで、あなたの意見として、言いなさいね。そして自分から辞退する方がいいわ。私は善意で言っただけよ。私の名前を出す必要はないのよ。これは、あなたの為なんだから」


「はい。必ず夫に伝えます」


「なんで、夫なのよ。厚かましい。第三王子殿下の、ダンスパーティでのちょっとした戯言されごとを真に受けるなと教えてあげているだけなのよ?」


戯言ではないような。


しかし、ここで、もう少し事情に通じた別の婦人がハラハラしながら口を挟んできた。


「式は来週だって伺ったのですけど」


「ハイ」


「考え直す暇はないのでは?」


「ソウデスネ……」


せっかくのご助言だが、単なる失言に終わる可能性が高い。


リオンがなんて言うかな……




式はこじんまりと、少人数で、行われた。

その頃にはリオンの父は亡くなっていたし、母は隣国でややこしいことになっていた。


私の両親の出席は断固お断りである。

代わりに姉兄や義兄たち、そして、例のダチョウ夫人や孔雀夫人、そのお友達が出席してくださった。

それ以外にも、リオンの知人という人たちが数人参列していた。


内務大臣の夫人であるダチョウ夫人がリオンの知人が誰なのか、身分を聞いてえらく丁重な態度に豹変したところをみると、只者ではないらしい。


国王陛下直々の祝辞を、宮廷式部官長がわざわざ持参し、読み上げると言う栄誉に浴した。(さすがに陛下のご臨席はなくなったらしい。ホッとした)



「幸せにおなんなさいね」


ダチョウ夫人の言葉や、あれだけリオンを邪険に扱っていたくせに、「妹を頼みます」と大泣きしている姉、何の役にも立たない脳筋と姉たちに評されてすっかり蚊帳の外だったヘンリー兄様も声をそろえて泣いているのを尻目に、私たちは、新居に向かって教会を出発した。


初めて行くリオンのお家。


娼館の狭い部屋でチェスを打ったのがキッカケで、等身大のこの人に出会った。あとから、意外に高位の貴族だとわかったけど、それとリオンが好きだと言う気持ちは関係ない。

大好き。私の大切な旦那様。



馬車の中で、私は初めて自分からリオンにこっそり擦り寄った。


「リオン、大好き」


リオンが目を大きく見開き、それから抱き寄せた。


「初めて言ってもらえた気がする」


彼は何回も何回もキスして、それは嬉しそうに言った。


「捨てられた子ネコみたいだと思った。ようやくその子が甘えに来た。かわいい」


無蓋馬車でなくて、本当に良かった。


「これで、やっと全部、僕のものだ」


「ちょっと。リオン、恥ずかしい」




新居の近くまで来て、やっとリオンは放してくれた。


彼は手を伸ばして、窓の外を指差した。


「あれが僕らの家だ」


「え……あれですか?」



私は思わずクラッとなった。


豪邸……ではない。


宮殿? お城?



「あの、あそこに住むのですか?」


「気に入らない?」


リオンは心配そうに聞いた。


「いえ、そうではなくてですね……」


「内装は、一流デザイナーに任せたから、センスは良いと思うんだが……何かあれば変えさせるよ」


「ええと、あれ、お城ですが?」


リオンはうなずいた。


「城じゃないと都合が悪くてさ。隣国との関係上ね。君に逃げられてはいけないので、ちょっと黙ってた」


……なんですと?


むしろ、私は「相応しくない」と助言してくださった女性に感謝しなくてはいけなかったのかも? 手遅れだったけど。


「さっ、降りて」


リオンは先に降りて手を差し伸べた。


「ああ、君をここへ早く連れて来たくてたまらなかった。全部、僕のものだ」


ズラリと並ぶ使用人たち。


カザリンなんかとは比べ物にもならない、良くできた感じのハウスキーパーと侍女たち!


「お待ちしておりました、奥様」


「逃げられないからね。愛してるよ、トマシン」


アイスブルーの目が私を捉える。


イケメンは危険だって、わかってたのに!




彼の兄がとことんダメ国王で、隣国の情勢は混乱を極め、城に住まなきゃいけなかったのは、主に暗殺とか警備上の問題からで、さらには王族らしい権威を保たねばならないからだと、後で分かった。


全部、後で!


「次期国王と目されています」


黒縁メガネをかけた、有能を絵に描いたようなハウスキーパー女史が、城に来た日の晩、教えてくれた。


「そのためにはクーデターが必要でして」


ク、クーデター?

やめて。怖すぎる。


「本来、夫人には、この国の大公爵の令嬢などが候補に上がるはずだったのですが」


やっぱり。だから、私もダメだって言ったのよ!


「リオン様が、それではこの国の影響力が強くなり過ぎる、それよりも家庭で安らぎを得たいからと、あなた様を所望されました」


ミもフタもない説明だな。わかりやすいけど。


「隣国の国王にはまだお子様がおられません。リオン様にお子様が産まれれば、クーデターの成功率は高くなります。ここは、ぜひ……」


ハウスキーパー女史、クーデター推進論者なの? 怖っ


「さあ、そう言う訳だ!」


リオンが湯上がりローブをまとって現れた。


濡れた黒髪がなんだかステキ。


いや、そうじゃなくて!


「さあ、カザリン、仕事に戻りたまえ! 僕たちも重要な仕事があるから!」


えっ? ハウスキーパーさん、名前同じだったの? 前のダメ侍女のカザリンと?

全然タイプ違う。


あ、いや、今驚くところはそこじゃないのか。


「愛してるよ、トマシン。妻にするのに、クーデター論者なんか嫌だ。ソファでゴロゴロしてても、何も言わない人がいい。さあ!」


「リオン、本当に王子様なのね……」


私は言った。


「だから、子どもが必要って……」


「いなくたって全然構わない!」


リオンは宣言した。


「やることは、一緒だ! さあっ」




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