第16話 貴族のリオン

「お姉さま、リオンは大丈夫かしら? 一体、卿はリオンに何の仕事を世話してくれたのかしら」


私はリオンがチャールストン卿のところに行ってしまってから、すっかり落ち着きをなくして、家の中をウロウロしていた。


リオンが出かけてしまってから、もう三日が経つ。

何の連絡もなかった。


姉は半目になって、言った。


「そういう時は、仕事仕事! ドラとジョージを外に散歩に連れ出してやって。ただし、ボケッとしてけがをさせたりしてはダメよ」


甥や姪と遊ぶのは仕事だったのか。遊びだと思っていた。


リオン……どうしているのかしら?


庭に出ていたら、鉄柵の向こうから、突然声がかかった。


「そこのお嬢さん!」


ビクッとして振り返ったら、立派な貴族の外出着を着た若い男が一人立っていた。


柵越しに声をかけるだなんて、ずいぶん失礼だわ。門番に言い付けて……


え?


「まさか……リオン?」


凄く決まった格好だったけど、リオンだった。


「中にいれてよ」


「えっ?」


その格好なら、正門から入っても誰も何も言わない……私はリオンのなりを上から下までじっくり眺めた。


裕福な、それだけではない、かなり身分が高くないと着ることが出来ないような格好だった。


「リオンなの?」


柵越しに私は聞いた。


「もちろん。君のリオンだよ。どうしたの?」


リオンはいつもの独特な笑いを口元に浮かべた。ちょっと悪そうに見える笑い。


「いつもの格好に戻っただけだよ。リオネール王子の冒険は三ヶ月で終わりを告げたんだ」


「リオネール王子?」


「真実の愛に目覚めて王位を捨てた男だ」


「まさか……? 隣国の?」


「そのまさかだよ。真実の愛のために国を捨てることになった」


……ということは……彼があの有名な王太子殿下だったの? 学校で知り合った伯爵令嬢との愛を貫くために、弟の第二王子に王位継承権を譲った……


「愛する令嬢がいらっしゃるのですか?」


リオンは強くうなずいた。


ひどい。


私を好きだって言ってたのに。


全部嘘なの? やっぱり娼館の男なんか信用できないわ。


私は一歩後ろに下がった。


「開けてくれ」


「ダメですわ」


私は言った。


「え? なんで? 開けてよ」


リオンが叫んだ。私は涙にあふれる顔を見せまいと目を逸らした。


「その方とお幸せに……元の王太子殿下」


「違ーう」


リオンは鉄柵をつかんでガタガタ言わせた。


「俺はその王太子殿下の方じゃない。無名の第三王子の方!」


「えっ? 売約済みではなかったのですか?」


「そっちはオズワルド! 俺はリオネール! 名前が違うだろ?」


私は柵の入り口のカギを開けながら、しおしおと言った。


「隣国の王太子殿下の名前を存じ上げなかったもので」


「もうっ」


リオンはプリプリしていたが、それさえもかわいかった。


立派な格好の貴族が使用人用の柵の入り口を潜り抜けているさまは、変だったが、私はリオンにまた会えて、奇妙なくらいうれしかった。


「その格好どうしたのですか?」


「チャールストン卿が説明してくれるさ。僕はこの国に亡命することにしたんだ。真実の愛を貫くって口実でね」


「真実の愛……」


「そうだ。君に会えたからね。ここに住む」


「姉が迷惑かなと思うのですが」


私はおずおずと指摘した。


「この国に住むって意味だよ! 家は新しく買うよ。僕を誰だと持っているんだ。この国に領地だってあるんだよ。母方から遺産をもらっているんだから。クレマン伯爵領だ。でも、領地があるからではなくて、愛する人がいるとなれば、その国に住む理由が納得できるだろ?」


私は目を丸くした。


「愛する人がいるからって、昔から兄上を見て、なかなかうまい言い訳だなって思っていたけど、あれ、言い訳じゃなかったんだね。本気だったんだ」


リオンは王子様の格好で、姉の家の庭で言った。


「君を愛してる。君を食べたい。結婚してくれるよね? もちろん」


もちろん、答えはノーだった。


「まず、先に離婚しないといけないのよ」

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