第15話 君を食べたい
後から聞いた話だけど、その日、チャールストン卿とジョージ義兄様は大興奮状態だったらしい。
「見つけましたね、ついに」
「間違いない。リオネール王子だ」
チャールストン卿の執務室の机には、何枚かの隣国の第三王子の肖像画がしまい込まれていた。
「目立つ容貌ですからねえ」
「美男子過ぎて逃げ隠れしにくいとはな」
「なんだか、なってみたいです」
ジョージ義兄様の言葉に、チャールストン卿は苦笑した。
ジョージ義兄様は、リオネール王子と同じ黒髪と青い目をしていたが、全然イメージは違っていた。
「この国に住むつもりだって言ってましたね」
「王位継承権を放棄すると言っているのだろう。本人もわかっていると思うが、放棄などできない。放棄しても、万一何かあった時には復活する。我が国にとっては強いカードだ」
ジョージ義兄様はフッと笑った。
「娼館での出会いらしいですよ」
「とんだところで出会ったものだ。でも、本気らしいな。トマシンに感謝だ」
「トマシンはきれいな娘ですもの。妻が自慢していました。あたたかな美貌だって。やさしくて気がよさそうなところが先に出てしまうけど、本当は整った顔立ちなんだって」
一週間ほど、リオンは家から出なかった。
そしてどういう訳か、その一週間の間、シャーロット姉様には社交上の用事が山ほどあった。
思いがけなく旧知の家からお茶会に呼ばれたり、高貴のお宅からのご招待なのに急に行けなくなったと代打の依頼が突然来たり、最初から予定されていた会合への出席も多かったので、シャーロット姉様はほぼ家にいなかった。
「家にいて監視しなくちゃいけないって言うのに」
「僕ですか? 大丈夫ですよ」
リオンは悠々と笑った。
「執事も乳母も侍女もいるでしょう。なに心配しているんですか」
「奥様! 今度はハーマン侯爵家からご招待のお手紙が届きましたわ! ハーマン侯爵夫人からだなんて、驚きですわね?」
階下から侍女のメアリがシャーロット姉様を呼ぶ声がした。興奮しすぎで、声が大きくなっている。
「すぐ行くわ」
姉様は、あわてて降りていった。
リオンはニヤリと笑うと私に向かって言った。
「さ、トマシン、図書室に行こう。この国の歴史を教えてよ」
「だって、リオンは私より詳しいじゃないの」
私はリオンが近すぎると思いながら、一緒に図書室に行った。
「ドアは開けておきましょう」
私が適当な本を探していたら、今度は執事のセバスが自らお茶を運んできた。
「本日、侍女は休みの日ですので、私が代わりにお茶を持ってまいりました」
セバスはギクシャクした様子でそう言うと、丁寧に図書室のドアを閉めて出て行った。
「え?」
侍女は休みの日ではない筈。それにドアは閉めてっちゃダメよ?
「いいじゃない。二人きりだよ」
リオンがニコリと笑って、私はクラリとなった。
イケメン過ぎる。
娼館での彼の服装は、とてもではないがいただけなかった。だって、すごくチャラくて、奇抜だった。コスプレするにしても全然似合っていない場合ってどうなの?
要するに誰か体格の似た娼夫?の服を借りたらしく、靴だけが自前だったようで普通だった。私もあの時、靴を見て納得した。こんな服を好んで着るわけではなさそうだと。
でも、ジョージ義兄様のお古の服を着ている今は、全くまとも。そして、ありふれたデザインなのに、なぜ、リオンが着ると、こんなにかっこいいの?
いやダメだ。どうしよう。仕事もない男だなんて危険すぎる。
惚れてはいけない。さもなくば……自分が働くかだ。
「待って」
私は言った。
「何を?」
本のページをペラペラめくっていたリオンが、パッとアイスブルーの目をこちらに向けて聞いた。
ダメだ。イケメン過ぎる。目から光線が出ているようだ。
「私が、私が働くわ」
うっかり決意表明してしまった。
「はい?」
「仕事見つけるの大変よ。私が働くわ。そうしたら……」
そうしたら? 一緒に住めるから……今、そう言おうとしたわね?私。私のバカ。
「大丈夫だよ。俺、カードの名人なんだ。この町は大きい。カードで食べていけるよ」
なに? それはダメ。
「一歩間違うと詐欺になるのでは?」
リオンは優雅に笑った。
「いやだなあ、トマシン。胴元の手先として就職するんだよ。固いもんさ。たまには勝たせてやるよ。帰り道に気を付けようってやつになるけど。その場合、僕のせいじゃないしね」
……話を理解するのに、時間がかかった。
「とにかく、カードはダメ」
「ええー? 得意なのに。じゃあ、カード占い」
うさん臭い。
「カード以外は?」
「うーん。外国語が話せる。とにかく心配しないで」
リオンは抱きしめてきた。えええー?
「君の方が考えなきゃでしょ? 人妻、
はっ!
「忘れていた」
なんでその肝心なことを忘れてるんだと、リオンは指を振って批判した。
「まずは自由にならなきゃ。君はどうしたいの? 両親がどうしたいかじゃなくて、世間にどう思われるかじゃなくて」
「でも、私は一人では食べていけないの。だから、両親の言うことを聞いていたのよ」
「大丈夫。僕もそうだった」
アイスブルーの目が真剣に見つめた。
「でも、独り立ちしたんだ。君も頑張れ。僕は、まずカード詐欺と次に外国語詐欺を覚えた。人間、やろうと思えば、なんだってできるもんだと思ったよ」
外国語詐欺って何なの! どんな詐欺なの? 私には無理だと思うわ!
「でも、今、君はもっとあくどいことを平気でしてるよ?」
「え?」
お心当たりがあり過ぎる私はサッとリオンから身を引いた。
人妻なのに。いくらイケメンだからって、親しくし過ぎるのはイケナイことよね?
「ほらほら、それだよ。逃げられると追いたくなる。すごくあくどい。皿に乗せて、さあ食べてくださいって、娼館のベッド前で出会ったのに、逃げられた」
逃がしてくれたんではなかったの?
「逃がした。本当は食べたかったのに」
リオンが残念そうに言った。
「探して、追いかけて、せっかく図書室のドアを閉めてもらったのに……」
いや、違うって。いつまでも一緒にいたいと思ったのよ。あなたにとって、私は一食限りの日替わりデザートですか?
「違うよ」
「なら、仕事を探さなきゃ。さもなくば、私が働く」
リオンが目を細めた。
「かわいい。かわいすぎてほっとけない。何して働くつもりなの?」
「わからないけど……」
リオンは手を絡めて、抱き寄せた。
「仕事なら見つかったよ。僕に食べられる仕事。僕は君を食べるのが仕事。十分な言い訳さ」
何を言っているんだかわからなかったけど、一週間後、リオンはチャールストン卿から就職口が決まったと連絡をもらったと教えてくれた。
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