第14話 家族会議

その後、なぜかレジータ姉様と、ジョージ義兄様、そこまではわかるが、そのほかにレジータ姉様の夫のチャールストン卿までもがやって来て、リオンの顔をじっくり眺めた。


「なるほど。これが噂の娼館の男か……」


チャールストン卿はとても忙しい身の上のはず。こんなところで娼館の男のイケメンっぷりの判定をしている時間はないはずだ。


「そんなことはない。基本は暇だ」


「えっ?」


「執務室では、大体、チェスの手の本を読んでいる」


「え……」


「わしくらいの身分になると、余計なことはしない方がいいのだ」


「は、はあ……」


「ただ、あの場に座っていることは大事だな。その意味では忙しい」


私とシャーロット姉様は口をあんぐりの態だったが、レジータ姉様とジョージは事情を知っていたらしく、ヘラリと笑っていた。

そうなのか。


「で、君だけど」


チャールストン卿がとても興味がありそうな目つきで、リオンに向かって、そう言いかけたところ、リオンは、すらすら喋りだした。


「俺……いや、僕のことはリオンと呼んでください。しばらくここに置いてもらえるといいなあと思ってきましたが、それだけです」


リオンは娼館の男……普通は最下層の人間のはず。


それが、立派な口髭と言い、身なりといい、どこからどう見ても、とっても偉そうで威厳たっぷりのチャールトン卿向かって、全然平気そう。何の圧力も感じてなさそう。どう言う神経?


いつ見ても、娼館の男と言うイメージ、まるで湧かないけど、どうしてなんだろう? 

こんな口の利き方がとても自然なんだけど。おかしい。しかも、この場にいる全員が、それで当たり前のような顔をしている。おかしいのでは……?


だが、例外も一人いた。


「ねえ、どうして、この家に置いてもらえるなんて思ったのよ?」


シャーロット姉様が声を荒げて詰め寄った。



ああ。当然の反応が……私が入れたんです、家の中へ。お姉さま、ごめんんさい、というまでもなく、全然悪びれない様子でリオンがすらすらとしゃべり始めた。


「それはですね、多分、例の白薔薇館の店主がやりきれなくなって、バセット伯爵夫人とスノードン侯爵に、僕のことをしゃべると思うからですよ。そしたら、彼らは僕のことを探すでしょう。見つかってしまったら、トマシン嬢の居場所を、吐かされるんしゃないかと……」


彼はここで目を落した。


「ここしばらくみつからなかったら、きっとそれだけで彼らはあきらめると思うんですよね。そしたら、トマシン嬢はここにいることがわからずじまいで済むと思うんです。面倒が一つ減りますよ。関係ない貴族のお屋敷なんか、彼ら、絶対探しませんから。ほとぼりが冷めたら、僕は別な職を探して出て行きますから、あなたもそう手間ではないと思いますね」


「職?」


チャールストン卿が口を挟んだ。リオンは卿の方を振り返った。


「ええ。この街に住もうかなと思って」


「この国に住み着くのかね?」


チャールストン卿が鋭い眼光で尋ねたが、リオンはケロリとしていた。


「そうですね。もう、故郷に帰っても面白くないと思うので。うまく仕事が見つかれば、ここにいたいなと」


そう言うと彼は私の顔をチロリと見た。


すると、全員が私の顔を見た。私は真っ赤になった。


「反対よ、反対! 何言ってるの! 流れ者のくせに! まさか、あんた、うちのトマシンになんかしたんじゃないでしょうね?」


シャーロット姉様が、急に立ち上がって怒鳴った。

リオンはまるで平気そうだった。


「嫌だなあ。チェスを差しただけですよ。時間が余っていたのでね。だって、七日七晩、あの白薔薇館にいなくちゃいけないってトマシン嬢が言うもので。すぐにお姉さまの家へ行くよう勧めましたけど。馬車代を出したのも僕ですよ」


「ちょっと! なんなの、あんた? そのふてぶてしい態度は?」


「ここ数日だけの話ですよ。僕が見つからない方がいいのはトマシン嬢の為ですよ。僕は見つかったところで、事実を話すだけですから」


「ま、まあ、シャーロット夫人、そう興奮しないで」


チャールストン卿が焦った様子なので、びっくりした。いかにも重要な地位にいる、えらい人って感じなのに。


「しばらく様子を見よう。ここに置いてあげてくれんか、夫人」


「え? こんな危険物を?」


姉が聞き返した。


「危険物? ん? ああ、そう言うことか」


チャールストン卿は私の顔を見たが、思いがけないことにクスッと笑った。


「危険じゃないと思うね。ジョージ、頼まれてくれんかね?」


ジョージ義兄さまは、チャールストン卿から頼まれてすごく張り切っているようだった。


「もちろんです!」


「じゃあ、わしは忙しいから帰るよ。ジョージ、後で警務庁の私の部屋に来るように」


「かしこまりました!」


チャールストン卿は、馬車を呼んで警務庁に帰って行き、ジョージ義兄様とレジータ姉様は、シャーロット姉様を呼びよせると一言二言何かコソコソ言ってそれぞれ帰って行った。



「シャーロット姉様、ごめんなさい」


みんなが帰った後、私は小さな声で謝った。


姉様は興奮しているようだった。


「なんだかわからないけど、みんな、このリオンとか言うのを置いておけって言うのよ!」


リオンはニヤリと笑った。


笑うと案外、狡猾そうに見えるのでびっくりした。すごく優しいのに。


「きっと、運命の出会いってあるんですよ」


「一体何の話よ! ほんっとー厚かましいわよね、あんた」


「恐れ入ります。褒め言葉として受け取っておきます」


姉は絶句したけど、私は笑った。

リオンは、いつでもリオンだ。


でも、姉は結局は優しい。


「ジョージのお古に着替えなさい。ひどいぼろだわ。お昼は済んだの? 夕食は六時よ」


シャーロット姉様はツンツンして行ってしまった。


私はその後ろ姿を見送ってから、リオンに言った。


「私、服のサイズ直しならできるのよ? あなたは何の仕事をするつもりなの?」


「じゃあ、一緒に仕立て屋でもする?」


どうして、一緒に仕事をする話になるの?


「サイズ直しだけじゃ食べていけないわ」


「チャールストン卿は気に入ったな。彼の弟子になってもいいかな」


「チャールストン卿は国の英雄よ? そんなに簡単にチャールストン卿のところで働けると思っているの?」


さすがにこの発言には驚いて、私は聞いた。


「大丈夫さ。そんなつまらないことよりも……ああ、トマシン、君はとってもきれいだ」


突然、リオンはそれまでの会話をぶんなげて言い出した。


「それにかわいい。道端で途方に暮れている捨てられた子ネコみたいに愛らしい」


「どういう例えよ?」


私はムッとして聞いた。真剣にリオンを心配していたのに。それから赤くなった。私は娼館で彼にいろんなことを一杯打ち明けてしまった。困っていること。どこにも行き場がないこと。

確かに捨てられた人間だった。


「いじらしくてかわいくて、拾い上げて、上着の中に入れて大切に持って帰りたい。この国に来てそんなこと思ったの、初めてなんだ」

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