第20話 リオンのデビュー

その後、スノードン侯爵は、衝撃のあまりか、誰とも口を利かず急いで帰ってしまった。


あの声は誰だったんだろう。まるで、スノードン侯爵に致命傷を与える為だけに放たれたような、痛烈な内部情報。


だが、私は残って、ダチョウ夫人及び孔雀夫人を始めとした、ご婦人方に心の底からお礼を言った。


「ありがとうございました。スノードン家に連れていかれたら、何をされるかわからないと思っていました。怖くて仕方なかったので、今まで、どこにも出なかったのですけど、親族がもう離婚して自由にならないと、一生、家から出られないよと言ってくれたので」


ご婦人方は心底怒っていた。


「やれることを頑張りなさい。離婚していいと思うわ。でも、あなたのご両親はあなたを守ってくださらないの?」


私は思わず涙した。


「思っているつもりで、しつけをし損ねたと言っているのだと思います」


「一体、娘に何をさせたいのかしら」


彼女達はブツブツ言っていたが、すぐに頭を寄せ集めてコソコソ話を始めた。


「ねえ。スノードン侯爵の愛人って、ルシンダって言うやたらに派手な三十代の女だったわよね」


「そうそう。顔もその通りでしたわ。私、一度、紹介されそうになって逃げましたもの」


「娼館を経営していたってすごいわね」


「しかも無許可ですってよ?」


これは!


さては、ルシンダさん、相当の上級者なのでは?


そして、結構な有名人なの?





だが、人々の関心は今度は壇上に向かった。


国王陛下のところへ、誰か若い男があいさつに現れたからだ。


「隣国の第三王子ですってよ」


ヒソヒソとささやく声が、ダチョウ夫人たちの間から聞こえた。彼女たちはちゃんと、今日がただの国王陛下生誕五十周年記念祝賀会ではないことを知っていた。


私はドキドキしながら、壇上を見つめた。

今日が、リオンの隣国の第三王子としての表舞台へのデビューなのだ。


リオンは礼儀正しく、しかし、彼の態度は家臣がとるようなものではなかった。まるで王家の親戚の誰かみたいなノリで紹介されていた。

構えた感じもなかったし、大勢いる公爵家のうちの一員がパーティに参加したような扱いだったが、陛下に直接挨拶できるなどと言う人間がそうそういるわけがない。


彼は王族なのだ。


私の社交界再デビューとは話が違う。隣国との外交問題に直結する、重要なイベントなのだ。レジーナお姉様から、しっかり解説された。


「でも、あなたも頑張ってね。私たちにとっては、その方が重要よ?」


私にとって、リオンのデビューも重要だった。いや、むしろ、そっちの方が大事だ。イケメンを応援したくなるのは本能だ。



リオン、がんばって。


変な真似やらないで。自分は男前だとか広言しないで。イケメンなのは事実だけど。


見ているとつつがなく紹介は終わったらしかった。


恰好も完全に当たり前だったし、しかも似合っていたし、かっこよかったし、国王陛下と握手までしていた。


「すごくきれいな方ね?」


女性陣は食い入るようにリオンを見ていた。


「亡命中だけど、隣国の王子様ですってよ?」


見つめる熱量がすごい。


うっ。マズイわ。このままでは取られるわ。


リオンが壇上で話ていた。


「兄同様、僕も大切にしたい人がこの国に出来まして……」


「まああ。売約済みだわッ」


隣の令嬢が悔しがっていた。よしっ!


「ほおお。それはまた結構なお話じゃ。奥方はこの国の女性を考えているのかな?」


国王陛下が話を合わせてくれてる。よしッ!


「はい。ほんとに思いがけない所で出会ったのですが、運命の出会いだと思っております」


それ以上、詳細は語らなくていいから、リオン。


「よき妻を娶ることは幸せな事じゃ。式には参列しようぞ」


「これはこれは、なんと恐れ多い。感謝申しあげます。ご臨席賜るとは誠に名誉なことでございます」


ちょっと待って。どうして、そんなめんどくさそうなもの招待するの? 花嫁は訳アリなのよ。いいの? それにまだ離婚してないのよ?


人々はザワザワしていた。


第三王子がこの国に居を定め、この国の女性を娶ること。それはつまり、この国が隣国と強く関わることを意味する。


「どっちみち、隣なんで関わらないわけにはいかないしね」


私は思った。


「地面は引っ越し出来ないしね。どうせ付き合うなら、少しでも有利なように付き合うしかないものね」


陛下と当たり前のように会話するリオンの姿を見ながら私は考えた。


リオンは、ただのリオンなのに。

こうして見ると、違って見える。私のリオンじゃないみたい。



「マーガレット、こんなところにいたのかい。そろそろお暇しましょう。今日は楽しかったよ」


伯母が私を探しに来た。


「トマシンですわ、伯母様」


「すまなかったね、ヴァイオレット。最近、物覚えが悪くて」


まったくかすりもしない。もしかして伯母様、わざとなの?


私は伯母を伯母の屋敷まで送ってから、こっそりシャーロットお姉さまの家に戻った。




そして今日の出来事を話した。スノードン侯爵の話と、リオンの話。


「そう。スノードン侯爵はもうだめね」


姉はむしろゆううつそうな表情で言った。


「ダメ?」


「だって、そんな女性に騙されるようでは、この先もきっとうまくいかないわ」


国王生誕五十周年記念パーティでの出来事はあっという間に広がって、私は被害者の地位を獲得した。


そしてスノードン侯爵と私の両親、特に母の評判は地に落ちた。


娘に謝らせると言う発言が反発を買ったのだった。


「両親や夫が守ってくれないだなんて、女性の身としては、本当につらいことよ」


姉が言った。


だからあの場で、ダチョウ夫人と孔雀夫人から、援護してもらえたことは本当に嬉しかった。


やっぱり、たいていの女性は、怒るだろう。そして逃げ出してしまっても、みんな当然だと感じている。


「そうなのよね。それだけが今のあなたの味方ね」


これが社交界で生き抜くと言うことなのだろう。



姉は、気持ちを引き立てるようにリオンの話題を持ち出した。


「でも、リオンは良かったわね。あ、もう、リオネール第三王子、それも違うか。今はクレマン伯爵なのね」


リオンが第三王子としてこの国に定住する話は、令嬢方の間にセンセーションを巻き起こした。私としては、そっちの方が、自分の再デビューより、ものすごく気になった。


近づくことさえ恐れ多い国王陛下と話をしているリオンを目の当たりにするまで、リオンの本当の立ち位置がピンと来ていなかったのだ。


「リオン、遠くなっちゃったなあ……」


私は思わずにいられなかった。


「もう、この家に帰ってこないかも知れないわ……」


リオンは私を大好きだった。

その気持ちに偽りはない。だけど……彼は、ほんとに本物の王子様だった。

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