第21話 カザリンを逆利用する
だが、パーティが終わった日の晩、戻って来たリオンは、当たり前のように姉の家のソファーに寝ていた。
確か、自分の家は買ったと豪語していたわよね? 自邸はどうなったの?
ジョージ義兄様はすっかりあきらめて、とうの昔にソファーはリオンに譲ってしまっていた。
最近では、足置き付きの付いた、座り心地のいい一人掛けの椅子に座っている。小卓が付いていて、お茶のセットを乗せられるので気に入っているみたいだ。実はリオンのプレゼントらしい。
「隣国の第三王子、クレマン伯爵……距離を感じたわ」
「そんな……トマシン」
リオンは、やさしく手を握りしめた。
やっぱりこのトマシンと言う名前は嫌いだ。ロマンチックさがない。
「僕はトマシンと言う名前が大好きだ。できるだけ早く結婚したい」
彼は熱を込めて言った。
「ダンスパーティに出たい。君をエスコートしたい。そして僕の恋人だと紹介したい」
うーん。
無理な相談ですわ。
「スノードン侯爵は侯爵邸に戻れと言って来たわ」
リオンは急に私を抱きしめた。
「ダメだ。絶対にダメ。僕の腕の中が君の居場所だ」
「こら、そこ」
神経質そうな声が聞こえた。
「スノードン侯爵にバレると、言いがかりをつけられるから自粛しなさいって何回言えばわかるの?」
「シャーロットお義姉様。僕だって自制しているんです。だけどあのスノードンの野郎が人のものに手を出そうと汚らしいことを言って来るんです。許せん!」
「誰がお義姉様よ。人のものに手を出してるのは王子様の方じゃないの」
「ああ、早く離婚させたい」
リオンがため息をついた。
「ジョージは順調だって言っていたから、比較的早くケリはつくと思うわよ」
「自国にいたなら、殺してケリをつけるのに! 死人はやりたいとか言いませんからね!」
「止めてよね。王子様時代とはわけが違うんだから」
「不自由だ」
「トマシン、大丈夫なの? この元王子」
姉が呆れ返って聞いてきた。聞かれても困るわ。
「一応、本気じゃないと思いたいわ」
「なんなの。その遠回しな言い方」
勝手に人の家のソファに我が物顔で寝っ転がっていたリオンは、クルリと向きを変えると目をきらっとさせて言った。
「ねえ、じゃあ罠を掛けようか」
「罠? 誰に?」
「カザリン。君の侍女」
「スノードン侯爵ではなくて?」
「でも、あの侍女からなら、簡単に証言が得られるよね」
「どこにいるのかわからないわ」
大体、顔も見たくない。
「大丈夫」
リオンがまた目をキラッとさせた。
あ、なんか嫌な予感。
「大丈夫。君は何も心配しなくていいよ」
その数日後、疲れた様子だったが、上機嫌のジョージが帰ってきて、目を丸くしているシャーロット姉様と私の前に紙を出してきた。
「離婚条件だよ。かなりの金額だろう。スノードン侯爵に承諾させた」
私は恐る恐る紙面をのぞき込んで、慰謝料の額に恐れおののいた。
「絶対、うんと言わないと思っていたわ」
「リオンが、有力な証人を見つけ出してくれたんだ」
ジョージ義兄様が鼻高々と言った様子で言った。
私とシャーロット姉様は顔を見合わせた。
その証人って、カザリンのことだろうけど、見つけるのが早すぎる。
あの話をしたのは二日ほど前だ。
「白薔薇館の全面協力を得たんだ。あそこの従業員たちはカザリンとか言う客にムカついてて……」
そう言われれば、カザリンの白薔薇館の使い方については苦情が出ていたような?
「いかに客とはいえ、あんまりだと内心恨みがあったらしい。だけど、そこはプロ。まったく気取らせなかったらしい。だから、カザリンは、白薔薇館の連中をまったく警戒していない。白薔薇館の連中には、証言後の絶対の安全保障と、カザリン発見料を出すことになった」
「できるんですか? そんなこと」
「刑務庁がバックにいれば、どんな犯罪だって怖いものなしさ」
「殺人とかでも?」
おそるおそる聞いてみた。ちょうどリオンがやりたがっているんだけど。
どうかな?
「それはダメ。だけど、情状酌量とかあるでしょ? 刑の軽減とか。頃合いを見てとか。まあ、何とでもなるさ。白薔薇館の連中は真面目に商売していただけなんだから」
量刑って、そうだったのか。結構ご都合主義な。
「でも、そのカザリンという女、腹が立つわ。それにトマシンのことは嫌いなはずよ? トマシンに不利なことを言いそうで心配だわ」
姉が言った。
「トマシンが自分から希望して白薔薇館に向かったとか、あばずれだとか証言したら、白薔薇館が反論してくれる」
話が出来ていると言うのは、そう言う意味なのね。
「カザリンは娼館で遊び過ぎ、しかも肝心のトマシンに逃げられてしまった。侯爵にとっては、無駄金を使った上に役目が果たせていない。白薔薇館は安くはないからね。カザリンは当然クビになった。約束された給金も出なかった。そりゃそうだ。カザリンが遊んだ金額の方がはるかに多いんだからね。今、カザリンは、職もなくどん底だ。紹介状もなくクビになった侍女なんて、怖すぎて貴族の家では雇えない」
どん底って想像つかないけど、どんな感じかしら。
ジョージ義兄様は、ニヤリとして続きを教えてくれた。
「カザリンは今、喉から手が出るほどカネが欲しい。証言なんか、お断りだったと思うけど、白薔薇軍団が、話せばカネになるって教えてやったのさ」
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