第2話 変な令嬢

翌朝、私は一人ベッドの上に座っていた。


夫はいなかった。


夫のリチャードは、顔は良いかもしれないが、全く何の魅力も感じたことがなかった。


だから、いなくても何にも感じなかったが、これはいいことなのかしら?


ただ、今は、怖い人だと言うイメージが付いた。

私の希望や要求など、絶対通らないだろう。


結婚前、私が社交の会に出ると、いつでもスノードン侯爵の婚約者だとヒソヒソ囁かれ、分不相応だと容姿や家柄についてけなされることが多かった。


そう言った悪口は心を削る。


スノードン侯爵リチャードと一緒に会に出ることはほとんどなかった。

これは父も不満らしかったが、まだ幼いご令嬢を連れ回すことはできませんよとかなんとか言いくるめられたらしかった。

父は、つまらないことでスノードン侯爵の機嫌を損ねたくなかったので、強く抗議はしなかった。

そのせいで、いつも私は独りぼっちだった。


しかもできるだけ目立たない格好で参加したかったのだが、両親はできるだけ派手な格好をさせたがった。


「バセット伯爵家の娘、ここにありとう訳だ。リチャード殿の目を惹き付けなくてはならぬ」


父は得意そうに宣言した。


だが、残念ながら、両親にはセンスがなかった。


そんなわけで、私はいつでも絢爛豪華な、しかし全く似合わないドレスを着せられて、悪目立ちとはこのことねとため息をつきながら、侯爵が出席するありとあらゆる会に伝手をたどって出席させられた。

両親のチェックが甘くて、身分が合わなくて、入れない社交の会に行くことになることもあり、私は気まずい思いをしたものだった。


「バセット伯爵令嬢は、ご招待客の名簿に入っておりません」


門番がここぞとばかり、まるで正式な晩餐会用みたいな豪華なドレスと派手な髪飾りを付けた私を見下して言った。確かにこの格好は、昼間のお茶会に場違いもいいところだ。


いつも私に付きまとい、何かあると父親に言いつけて、それで父の伯爵から優秀だと評価されている侍女のカザリンが、脇腹をつついた。


「お嬢様。スノードン侯爵が出席なさっているはずです。そのことを言って、婚約者だから参加させるよう説得してください」


「無理よ。カザリン。こういうものは決まりがあるのよ。招待客名簿に載っていなかったら入れないのよ」


困り切った私がそう言うと、カザリンがぐいと袖を引っ張った。


「なんてやる気がないんですか。頼むだけでしょう」


私は困り果てた。


「それは、お付きの侍女の仕事よ」


カザリンの表情が変わった。


私はあわてた。この社交界のルール破りは禁忌である。常識がないと判定されてしまう。しかも自分は、常日頃からあの美しいリチャード様の婚約者としては、見た目もセンスも行動もふさわしくないと陰口をたたかれている。

こんなおかしな行動をとったら、今度こそ、婚約解消されてしまうのではないだろうか。

だが、カザリンは承知しないだろう。

それに、こういった依頼や交渉は、普通は侍女のカザリンの仕事だと思うのだが、カザリンは嫌なことは私にさせる傾向がある。

こんなリスクのある行動をやりたくないのだ。


「あのう、婚約者が来ておりますので、それに免じて中に入れていただくわけにはいきませんか?」


伯爵家の令嬢が、門番に直接口を利くなんておかしい。

しかし、立場の弱い私は怒って奇妙な顔を作るカザリンの迫力に負けて、門番に頼み込んだ。


「あんた、本当に伯爵家の令嬢かい? なんで俺に言うんだい。ダメに決まっているだろう。頭がオカシイのか。招待状がなければ入れないのは常識だろう」


「あの……そこを何とか……」


門番は怒りだして、私は門番の怒りをなだめるために平謝りに謝るしかなかった。


そして、結局、伯爵邸に戻るしかなかったのだが、父の伯爵は都合のいい話しか聞かない傾向があった。


「先方では、伯爵家のお名前を聞くと、かまわないから中へと言ってくれたのですが、お嬢様が尻込みなさいまして……本当に引っ込み思案な嬢様でございます」


カザリンが言った。


「そうだな。当家の名を聞いたら、それはそうだろう。トマシン、どうして参加しなかったのだ。先方にお詫びの手紙と、お前の名前で何か贈り物をするように」


「あの、お父さま、そんなことをしたら、余計……」


呼ばれていないので、門番に追い払われたのだ。その贈り物の意味はいったい何なのか、贈られた側も困惑するだろう。


「ああ、ダメだダメだ。どうしてそう消極的なんだ。ちゃんと手紙が書けているか確認するから、後で持って来なさい。公爵家のお茶会に参加できるだなんてチャンスだったのに」


そんなこんなで、断られたはずなのに、まるで招待したかのようなトンチンカンなお礼状とプレゼントは某公爵家に送られて、変な令嬢の名前は更に有名になってしまったのだった。



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