Take3 So You Want to Be a Rock 'n' Roll Star
「なぁ、世界一下手くそなバンドって、もうおるで」
翌日、桐河さんの開口一番に、僕と新山さんはやはりな流れに落胆を隠せない。
それは世界一下手なバンドがすでにいたという衝撃では無く、社長の言っている事はいつもどこか詰めが甘いという件だ。
「シャッグスっていう、ガールズバンドが昔いてな。何でも父親に楽器持たされて、弾けもしないのに音源を作ったんだと。でも、あのザッパとカートが大絶賛よ。それ聞くとちょっと興味出るよな」
桐河さんひとり、うんうんと頷いていますが、何に頷いているのかさっぱりです。
「そのザッパ? と、カート? って、だれですか??」
僕の言葉に桐河さんは、大袈裟に目を剥いて見せる。あまりのわざとらしさに、思わず身を引いてしまったが、そんなに有名な人なのだろうか?
「ザッパと言ったら、天才、奇才フランク・ザッパ様。そして、カートと言えば、あのニルヴァーナのギターヴォーカル、カート・コバーンよ! あんた知らんのか?」
「すいません。疎いもので⋯⋯」
「カァッー! “基本のき”やで、覚えておき」
「わ、分かりました」
桐河さんは、大仰に嘆いて見せるも、僕はまったくピンと来ない。何の基本かはさておき、とても有名な方のようだ。
しかし、もう世界一下手くそなバンドが存在するとなれば、二番煎じ、三番煎じの可能性すらある。やる意味は消え失せたと思うのだが、言い出したら聞かない社長の事、プロジェクト(?)を止めるという言葉は、あの人の中にはきっと無いはず。あの社長に、だれでもいいので“止める”という言葉がある事を教えてあげて貰いたいものだ。
「結良さん? さっきから何書いているのですか?」
「⋯⋯あ、これ? 社長に詞を書けって言われてさ、仕方ないから書いているの」
ぐりぐり眼鏡で美しい顔が台無しになっていますが、本人はいたって無頓着。
確かに結良さんって、いつも本を読んでいるイメージがあるから、詞とか案外向いているかも知れない。社長にしては珍しく適材適所かも。
狭い部屋、所属タレントで机を囲っていると、乱暴に扉が開いて勢い良く社長が登場する。有無を言わず書き掛けの詞を結良さんから奪い取ると、盛大に顔をしかめて見せた。
「珠美! 詞は書けたか⋯⋯どれどれ⋯⋯“青にまみれた苦い思い⋯⋯”って何だこれ? 分けわかんねえし、辛気臭い。却下。もっとキャッチーで、フレッシュで、ポッポでスイートな、分かりやすい詞にしろ⋯⋯そうだな⋯⋯“甘い甘いキャンディと、雲の綿菓子食べたいな”こんな感じだな⋯⋯あ、いいや、作曲お願いしてあるから、ついでにこの路線で作詞出来る人を探して貰うわ。じゃぁ、移動するよ。ほら、五秒で準備しな」
マシンガンのように言いたい事だけ言い放ち、こちらに付け入る隙など与えてくれない。どこに行って、何をするのかすら分からず、煽られるまま車に放り込まれた。
そう言えばチラっと見えた結良さんの詞は悪くない⋯⋯いや、むしろ良いと思ったけど、ダメなんですかね。
社長の言っていた感じには、ほど遠いのは分かるけど。
ただ、キャッチーで、フレッシュで、ポップでスイートな詞が、なんかヤバそうって思うのはきっと僕だけではないはずだ。
◇◇◇◇
「ほら、これ持って。肩に掛けて、そう。あんた背が高いから、様になるわね」
「はぁ⋯⋯どうも」
社長から手渡されたのは、絃が六本あるエレキギター。まぁ、絃の数はどうでもいいのだが、初めて肩から下げたギターは意外に重くてびっくりした。
少しくすんだ青。音を拾う為のマイクだと教えて貰った細いピックアップが前後にひとつずつ。前のピックアップは小さな銀色の棒のようで、後ろについているピックアップは黒くて何故か斜めについていた。
「テレキャス(ター)か! 渋いチョイスやな。色も珍しくて、いいなぁ!」
桐河さんがマジマジと覗き込み、何故かひとりで納得している。そんな桐河さんの華奢な体に、ギターよりふた回りほど大きなベースが肩から掛かっていた。どの絃も太くて、押さえるのが大変そう。
純白のボディーに、ピックアップを中心に黒くて厚めの、丸みを帯びたプラスチックの板がついている。何となくだが、みんなが思い描くTHEベースって、感じのベースだと思った。
「ミュージックマンか⋯⋯これ高そうやなぁ⋯⋯」
ブツブツ言いながら桐河さんは、白いベースを愛でていた。文句を言っていたわりに、楽器を愛でている姿は楽しそうに見える。その姿は本当に音楽好きなのだと、こちらに伝わって来た。
「これって、どう持てば宜しいのでしょう?」
小柄な新山さんがチョコンとドラムの影に隠れていた。両手にドラムの
助けてあげたいのはやまやまなのだが、何の知識も持たない僕達は、新山さんの問い掛けに答えられるわけも無く。ただただ、楽器を前にして茫然とその困惑姿を眺めることしか出来なかった。
30畳ほどのスタジオに僕達はいきなり放り込まれ、あれよあれよと楽器を持たされる。
これ、本当にレコーディングするって事?
言い出したら聞かない社長の事だから、やらないって選択肢はないのか⋯⋯。
これから起こる事が、まったく想像つかず、イヤな不安だけが積み重なって行く。
「杏子、おひさじゃん」
「カレン! 悪いわね。こんな事頼めるのあんたしかいなくて」
「いいよ、いいよ。面白そうじゃん。相変わらず杏子は無茶苦茶ね」
スタッフの皆さんがマイクやケーブルを片手にスタジオを行ったり来たりしていると、社長と同世代と思わわれる細身の女性が現れた。
目元は濃い目のサングラスで隠れているが、派手な色使いのファッションと相まって、独特のオーラを醸し出している。
だれ? でしょうか?
忌憚の無い言葉のやり取りに、気を使わない間柄なのだとこちらにも伝わる。楽器を下げたまま、手持ち無沙汰で佇む僕は、そのやり取りをボーっと眺めていた。
(もしかして、【キキ カレン】か?)
ベースに弄ばれぎみの桐河さんが耳元で囁く。名前を聞かされても、ピンとも来なかった。
(キキ? だれですか?)
(あんたは本当に、何も知らんなぁ。アニソンやタイアップソングで引っ張りだこの人や。社会現象になった【無敵の諸刃】あったやろ、あの歌作ったのが【キキ カレン】)
(え!? 知っています! それ聞いた事がありますよ! す、凄い人じゃないですか!)
(見た事はないんかい! しかし、そうだとしたら何で社長なんかと知り合いなんやろ?)
薄っすら社長のディスりが入ったが、疎い僕でも知っている人って凄いな。
ただ、それと同時にそんな凄い人に、何も出来ない僕達の曲を書いて貰うって、恐れ多過ぎません? 不安で何だかクラクラするのだけど。
「コアラ! 紹介するからおいで」
カレンさんの手招きで、ラフなジャケット姿の青年が入って来た。僕よりちょっと上か、同じくらいと思われる清潔感のある青年は緊張の面持ちのまま、頭を下げる。
「は、初めまして【MADE】レコードの
「ご丁寧にありがとうございます。私、【KYOASH】代表の浦田と申します。今回はいたらぬ点ばかりだと思いますが、宜しくお願い致します」
お仕事モードに入った社長は、妖艶な笑みで五嵐さんの手を両手で包み込みました。
こういう空気の読み方と言うか営業の力は凄いよね。
名刺交換を終えると、セッティングも完了。ギターは50cm四方ほどの思ったより小さなアンプに繋がっていた。
「ギター出します! すいません、ちょっと何か弾いて貰えます?」
手練れと思わしい口髭を蓄えた壮年の男性が、当たり前のように声を掛けて来る。
何か⋯⋯弾く?? って、何を?
「へ?」
「うん? どうしました?」
「ご、ごめんなさい。ギター触ったの生まれて初めてなもので、ど、ど、どうすればいいのでしょうか?」
僕の言葉が衝撃的過ぎたのか、スタッフの方は思考停止してしまった。今のこの状況を理解するのに数秒の時間を要し、僕とギターを交互に見つめる。
「マジ?」
「はい。マジです」
男性はさらに困惑を深め、腕を組んで唸ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます