Take14 Band on the Run
静まり返るフロアから静かに拍手が沸き起こると、その静かな余韻を壊す攻撃的な鍵盤を僕は打ち鳴らす。
◇
『キーボードの準備するなら、もう一曲くらい鍵盤入りの曲やってもいいんじゃない? あ! この曲のディーボバージョンはどう?』
リハスタ(ジオ)に来ていた五嵐さんが、リストの中にあった一曲を指差す。その曲の動画を僕達に見せると桐河さんの口端がニヤリと上がり、策士ふたりは意味深な笑みを湛えた。
◇
「サティスファクション!!」
暴力的な鍵盤の音色に合わせ、桐河さんが曲名を叫ぶ。
ロックの名曲に間違い無く数えられる一曲。たくさんのアーティストがジャンルを問わずにカバーした、誰もが知る著名なリフをキーボードで掻き鳴らす。
リズム隊は原曲の近しいシンプルなリズムを刻み続け、フロアは縦に揺れて行く。無機質な鍵盤の音色がピーキーに曲を包み込み、桐河さんのボーカルは攻撃的にフロアを煽った。
「おおきに! いやぁ~しんどい! ミュージシャンの凄さを肌で感じるわぁ」
キーボードは袖にはけ、僕はまたテレキャス(ター)を肩に掛け直す。少し長めのMCは、フロアと自身の熱を冷まして行く。
「こう来ると思わんかったでしょ? 私らも祐がキーボード弾けるって知らんかったから、ドびっくりよ。いやぁ~しかし楽しすぎるわぁ。みんなホントにありがとう。あとちょっとだけ、お付き合い宜しくたのむわぁ」
そう言って桐川さんは、また水を口に含んだ。大きく息を吐き出すと、満足気な笑みで、言葉を続ける。
「そうそう、みんなびっくりした事って、最近ある? どう? どう? 何かサプライズって楽しいよなぁ。今日のライブもそのひとつよな。よし! 私もひとつ! びっくりってほどではないけど⋯⋯この先ロリータファッションは止める! やっぱねぇ、無理。今日あらためて、分かった。キャラ的にこっちよ。うん? “え~”って言わんといて。これからも宜しく頼むわぁ」
さらっと爆弾発言な気が⋯⋯。
あの社長が許すわけがないのに、既成事実を作っちゃった。怖くて社長を見られないけど、ライブの事も含めて、このあと荒れそうだ。でも、肩の荷が下りたのか、桐河さんの表情は清々しい笑顔を見せていた。
「何かふたりはないん? サプライズ的なやつ?」
社長の事に気を取られていると、急に振られてドギマギしてしまう。
新山さんは少しだけ考え、口元にマイクを寄せた。
「びっくりするかな⋯⋯こう見えて、僕27歳です」
ニコニコと笑顔で言い放った。
20代?? え? だって髪⋯⋯え???
「ええええええええっーー!!」
静まり返るフロアに、マイクを通さない僕の叫びが響き渡ると、フロアが笑いに包まれた。
いや、もう、本当にびっくりですよ。そんなに若いというか、僕とそんなに変わらないとか、思ってもみなかったので驚愕しまくりです。
隣を覗けば、桐河さんがマイクに乗らない様に必死に笑いを噛み殺している。
「⋯⋯いやいや、あんた同じ事務所やん、何で知らんの? あんた、ここの誰よりもびっくりしてたで」
「いや、でも、だって⋯⋯ねえ⋯⋯」
「すいません、続きがありまして、今度三歳になる娘がいます!」
僕達の会話を遮り、新山さんが割って入った言葉に二度目のびっくり。
結婚?! 娘さん?!!
「ええええええええー!!」
「そして再来月ふたり目が生まれます!!」
「おめでとう! みんな拍手!!」
開いた口が塞がらないとはまさにこの事。茫然とする僕を尻目に、フロアから温かい拍手が送られると、新山さんは何度も頭を下げて見せた。
「いやぁ~まさかのメンバーが一番びっくりというね。いいオチついたわぁ」
笑顔で水を口に含むと、桐河さんがライブモードへ再び切り替わる。
「あと二曲。準備期間短かったのに頑張ったやろ。そん中でも特に頑張って練習したかも知れん二曲。二曲続けて気合い入れてやるんで、最後まで盛り上がって行こうや! スウィートネス!!」
ギターのコードを軽く鳴らす。その音をすくい取り、桐河さんがハイトーンで歌い始める。
その天井まで突き刺さる突き抜けるボーカルと激しい演奏の掛け合いが始まり、フロアの熱は一気に爆発を見せた。熱量の高いボーカルに引っ張られ、演奏の熱も自然に上がって行く。
ステージの熱はフロアへと伝播し、フロアの熱はステージの熱をさらに上げて行った。メロディックでありながら熱量のあるこの曲は、エンディングに向けて最良の起爆剤となる。
「最後、最後! 最後の一曲! 次の景色を見せてくれ! その向こうへ!」
熱を保ったまま、最後の曲へとなだれ込む。
フロアの熱を少しばかり冷ます冷静なギターのイントロは爆発に向けての助走に過ぎない。ドラムとベースが重なると、曲は一気に爆発を見せた。
鬱憤を払うかのごとく、熱がフロアに巻き起こる。熱はまさしく渦を巻き、フロアからの掛け声が音をさらに熱くさせた。
落ち着いたAメロで桐河さんは丁寧に言葉を紡ぐ。Bメロでのリズムの変化は爆発に向かってのさらなる助走となる。そしてCメロで爆発を見せると、僕達も、フロアも一気に爆発した。
渦を巻く熱気と振り上がる拳。もしかしたら、僕と同じ初めてのライブ体験の人をも巻き込むその熱に、ステージもフロアも侵される。
額に滲む汗、背中を伝う汗、顎から滴り落ちる汗がステージに飛び散った。
桐河さんが、フロアが、そして僕も新山さんも、枯れんばかりの声を上げる。
そして音は急速に萎み、熱を一気に覚ました。
「ありがとう! 【キャンディフロス】でした! 楽しかった! アンコールはないで、曲がもうあらへんのよ。じゃあね! また、どこかで会おう!」
フロアからの拍手に僕達は手を振り返し、何度も頭を下げて見せる。
盛り上げてくれたみんなに心からの感謝しかなかった。
近づく袖口に何だか一抹の寂しさを覚え、心に大きな穴が開いてしまった。虚無感に近いこの感覚は今までに感じた事のないもの。
袖へとはける直前、もう一度フロアへと振り返る。この笑顔の弾ける空間を、僕はきっと忘れない。
「お疲れ」
「お疲れ様」
「お疲れ様でした」
袖へはけると、僕達は自然に拳を突き合わせた。やり切った思いはみんな同じ。額に張り付いた前髪。汗で変色したTシャツ。それはまるでやり切った僕達の勲章のように感じる。言葉はなくとも、顔を見合わせるだけで通じ合えた。きっとひとりでは味わえなかった、満足感と心地の良い徒労感が体を包み込んで行く。
「お疲れさん」
蔵田さんがペットボトルとタオルを手渡してくれた。ひと口含むと渇きが一気に襲ってきて、一瞬で飲み干してしまう。大きく息を吐き出し、こみ上げる熱を少しずつ冷まして行った。
「ありがとうございました」
「いいライブだった、さすがにみんな舞台慣れしているな。安心して観ていられたよ」
「蔵田さんにそう言ってもらえたら、100点ですね」
「なぁ、楽しかっただろ?」
ニヤニヤと少しいやらしい笑みを向けて来る。僕はそれに満面の笑みで答えた。
「はい」
「町田くん!!」
袖口に息せき切って現れた五嵐さんが、左手で【H】のフリーペーパーを掲げると、右手で大仰にサムズアップして見せる。それが何を意味するのか僕はすぐに理解した。笑顔で大きく頷くと、五嵐さんもまた満面の笑みで応えてくれる。
鳴り止まないフロアの拍手が、アンコールの期待を膨らましていた。客電を点け、終わりを告げようかとしていると舞台袖からフロアを覗いていた五嵐さんが、待てと合図を示す。
「蔵田さん、ちょっといいですか」
「どうした?」
ふたりは袖で耳打ち合うと、ニヤリと揃ってこちらに視線を向けて来た。その含みのある笑みに僕達は戸惑いを隠せない。何かをやれと言われても、すべてを出し切った僕達には何も残ってはいなかった。
「町田くん、ちょっと」
五嵐さんの手招きに、僕は首を傾げながらふたりの元へ歩み寄る。
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