Take13 britzkrieg bop

「あんたら! これ聴きたいやろ! 電撃バップ!!」

「1234!」


 桐河さんの煽りから、間髪を容れずに新山さんのカウントが入る。

 普段目にした事の無い桐河さんのキャラ変に、彼女を知る人達は口をあんぐりと開けて驚きを隠さない。そして始まる全てを削ぎ落したシンプルで爆発的な3分間の激熱なポップソング。

 耳にこびりつくギターリフと掛け声。そしてどこまでもポップなCメロが爆裂する。僕達は3分間に凝縮された極上のパンクロックをフロアに響かせた。


『この曲を知らん人はおらん』

 

 と、豪語した桐川さんの言葉は間違っていなかった。もちろん、僕は知らなかったけど。

 曲を告げた瞬間、感嘆、困惑、悲鳴、歓声が入り混じった。拳を振り上げ、声を上げる。いきなり全開にしたアクセルを緩めることなく、次へと向かう。


「イン・ザ・シティ!!」


 足元のエフェクターを踏み直し、ジャキジャキとギターを掻き鳴らす。後を追うように絡むベース。ギターの打ち放しを合図に桐川さんのハスキーな声がメロを奏で、そこに僕のコーラスを絡めた。原曲のハスキーな声と桐川さんの声は近しく、曲にマッチする。


『やっぱジャムはツインボーカルじゃないとな』


 桐川さんのそのひと言で、ギターと共にコーラスも必死に練習した。

 フロアのあちらこちらで、曲に合わせて跳ねる、拳を上げる。フロアのボルテージは天井知らずで上がって行き、その熱は僕達の背中を強く押した。


「いやぁ~こう来るとは思わんかったやろ? え? 何? 下手くそって? 当たり前やん、バリバリの初心者やで。あんたらもそれ分かって金払ったんやろが」


 笑顔で問いかける桐川さんに野太い野次が飛ぶ。舞台でのしゃべりは本業。野太い野次も笑いに昇華して見せ、フロアに笑顔の華が咲く。


「早々で悪いけどちょっと落ちつこうか。ブラウンマッシュルーム」


 驚きの籠る小さな歓声がひとつ。そこまで有名な曲ではないのかな? 知る人ぞ知る名曲ってところなのかも知れない。

 センスの塊のような原曲からテンポを落とし、ゆったりと大ノリを意識する。ライブの通しリハの際に蔵田さんが、ここでひと息入れるのもありじゃないかとアドバイスを頂き、ゆったりと大ノリのアレンジに変更した。

 先程までの激しく飛び跳ねていたフロアがゆっくりと揺れる心地よい空間へと変化する。

 楽しい。

 心が高揚して行くのが分かる。自然に笑みが零れていた。この空間をお客さんと共有している初めての一体感に、心が満たされる。

 打ち放しの曲終わり。そして音が消えかけた瞬間、乾いたギターリフを刻む。

 


『この曲はロック好きならみんな知っているドメジャー曲やから、曲紹介はなしで行くで』


 桐河さんの言葉は正しかった。僕のギターリフにフロアがこれでもかと湧き上がる。

【スメルス・ライク・ザ・ティーンスピリット】

 音楽だけではなくファッション文化にまで影響を与えたバンドは、ニルヴァーナ以降出ていないらしい。

 コード進行はずっと同じ。ひたすらに同じコードを繰り返す。静と動のメリハリだけで名曲を成立させていた。


『ロックはなぁ、シンプルがカッコイイねん』


 この二ヶ月の間桐川さんから何度も聞いた言葉を、個人的に一番体現出来ている曲だと思う。

 桐河さんのボーカルも水を得た魚のように、いきいきとしていた。歌っていて楽しくて仕方ないというのが、隣から伝わって来る。

 新山さんのドラムも、個人練習期間の二週間でびっくりするほど上手くなっていた。その向上ぶりは、僕以上に五嵐さんや蔵田さんがびっくりしていた事が物語る。ある日突然叩けるようになっていたのだから、そのデタラメっぷりは僕の想像以上に違いない。ただひとり桐川さんだけは、びっくりする事もなく、さも当然と受け入れていた。

 僕達の困惑にニヤリと笑みを浮かべ、『新山くんに魔法をかけたんや』と、ひと言だけ言って僕達をさらに困惑させた。


「一応、レコ発なんで曲しますわ」


 ステージ上に用意した水を飲みながら、桐川さんは息を整える。

 あらためて顔を上げ、フロアへ視線を落とす。思っている以上にお客さんの顔が見えるのに、驚きながらもお客さんの笑顔にこちらの表情も和らいだ。

 あ、そう言えば⋯⋯社長⋯⋯。

 ライブが楽しくて忘れていたけど、ライブ内容を社長に一切伝えていなかったよね。

 あぁ⋯⋯怒っている。ま、仕方ない。

 チラリと二階席を覗くと、奥の方で腕を組み仁王立ちしている社長の姿が映る。表情は見えないけど、立ち姿からイラ立ちが伝わった。

 ここまで来て止める事は、さすがにしないはず。練習した成果を思い切り出すだけだ。


「これからシングル曲るけど⋯⋯デモの段階ではカッコイイ曲やったんよ。それを私らがぶち壊してしもうて⋯⋯なんで、今日は出来るだけそのデモに近い感じで演奏出来るよう頑張るんで、みんな! 宜しくな! クラウドキス!!」


 新山さんが、フロアタムで太くて早いビートを刻んで行く。五嵐さんと蔵田さんに相談して、シンプルで力強いアレンジを施した。

 新山さんのリズムに合わせ、桐河さんが頭の上で手拍子を始めると、フロアもそれに呼応する。僕も隣で桐河さんに倣って、手拍子を始めるとその様子に桐河さんが口端を上げた。


「1! 2! 1、2、3,4!」


 桐河さんのカウントに合わせ右手を振り下ろす。イメージはNYパンクの雄、ラモーンズのるポップソング。歌詞にそぐわない荒々しい歌い方は桐川さんの良さを引き出し、社長の作る世界観を粉々に破壊した。音源とも違うアレンジは、もしかしたら社長の言う所の中途半端な感じになっているのかも知れない。だが、少なくとも今、ステージとフロアはひとつになっている。

 僕達はちゃんと音楽に向き合った。今なら胸を張って言える。

 曲終わりにフロアを覗く桐河さんの表情から、様子を窺っているのが分かった。このアレンジにして正解だったのどうか、聴いてくれたお客さんにその判断を委ねているのが伝わる。

 一瞬の間から歓声と拍手が沸き上がり、ステージの空気は安堵に包まれた。

 間違ってなかったんだ。

 フロアの熱は相変わらず僕達の背を押してくれる。

 でも、この反応ってもしかしたらアレンジ云々ではないのかもと思う。音楽に対して真摯に向き合った僕達へのご褒美みたいなもので、真摯に向き合ったからこその、お客さんの反応なのかも知れない。


「ちょっと変化球」


 桐河さんのMCを合図に袖にスタンバイされていたキーボードが、僕の目の前にセッティングされた。蔵田さんがひとつ頷き袖にはけると、僕はギターを置きキーボードの前に座る。



『せっかく鍵盤弾けるんだから、ライブで使おうよ』


 五嵐さんが桐川さんの曲リストから1曲抜き出した。


『いいね、この曲。僕も好きだよ。こっちをチョイスしたのか⋯⋯このギターをキーボードに置き換えてさ、元々シンプルな曲だしいけるんじゃない?』


 そう言って五嵐さんは蒸し暑い夏の午後、僕に笑顔を向ける。



「ちょっと毛色の違う曲。すっごい好きな曲で、こう⋯⋯夏の終わり⋯⋯その憂鬱な感じがする曲。はっぴいえんどの【夏なんです】」


 オルガンの音色にギターの歪みをエフェクターで加え、ノイジーでローファイ仕様のイントロ。原曲の乾いたアコギの音色とは正反対だけど、不思議と原曲の雰囲気は壊れない。蔵田さんの選んだ音味は、ハスキーな桐河さんの声にピタっとはまり。原曲の気怠い夏の午後をフロアに呼び起こした。


『町田くんの声は、桐河さんと相性いいよ。原曲通りにハモってごらん』


 自分の声の事なんて良く分からない。でも、桐河さんと歌うのは気持ちが良かった。重なり合う声がひとつになった瞬間、ぶわっと毛穴が開く。自分で歌っていながら、自分の声ではないような不思議な感覚。

 穏やかで気怠い夏に、終わりを告げる。

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