Take15 Only in Dreams
「ねえねえ、町田くん⋯⋯」
そう言って五嵐さんがひとつ提案してきました。普通だったら断っていたでしょう。でも、ライブと言う熱にうなされていた僕は、その提案に迷う事なく頷いていた。
それは止まないフロアの手拍子が、僕を頷かせたに違いない。
◇◇
蔵田さんが準備の為、舞台に上がると、歓声とどよめきが舞台を飲み込む。その声からは期待を孕む熱が感じ取れた。少し
キーボードを前にして腰を下ろすと、歓声とどよめきがまたひとつ膨らんで行く。鍵盤に指を下ろすと、オルガンの音色がホールに鳴り響いた。
大きく息を吐き出し、袖に視線を送るとニコニコ笑っている新山さんと、“何か喋れ!”と必死にジェスチャーを見せている桐河さんが映る。
喋れって言われてもねぇ⋯⋯。
「あーあー、マイク入っていますね。みなさん、本日はありがとうございました。とても楽しく、充実した時間を送る事が出来ました。あらためてお礼を申し上げます」
僕は一礼して、また袖へと視線を向けます。
“か・た・い”
と、桐河さんが大きな口を開きながら睨んでいます。
「えー、袖から固いって言われてしまいました。そう言われても、本職の方のように喋る事なんて出来ませんしね⋯⋯そうそう、新山さんのサプライズはびっくりしましたよね。しませんでした? 桐河さんも何気に爆弾発言しましたしね。え? 僕も何かですか? そうですね⋯⋯とっておきのがあります」
僕はそう言ってフロアを見渡して行った。少し困惑を見せるお客さん。そして、決して社長を視界に入れぬよう細心の注意を払い、口を開いていく。
「今日を持って【キャンディフロス】は解散します。デビューシングルが一位になったら解散するって約束だったのですよ。皆様のおかげで本日付けのCDショップ【H】のカセットテープチャートにて、一位を獲得出来ました。ありがとうございます! どこか奥の方で社長が見ていると思うので⋯⋯。社長! 公言通り一位を獲ったので、デビューライブで解散しますよ!」
拍手とどよめきと困惑がフロアに渦巻く。この事実をどう受け止めるべきなのか、迷いが見えた。
一位を獲れた。でも、解散。拍手すべきか? 嘆くべきなのか?
そんなフロアの混迷する姿に笑みを零してしまう。
「アンコールを頂いたのですが、バンドとして本当に曲が無いのです。なので、ディレクターさんから、僕が何の気なしに作った曲をやるように指示を受けました。ノリノリの曲では無いのですが、最後に一曲
フロアからの暖かな拍手を合図に、
「コアラさん、知ってたのか? やつが曲作れるの?」
「いや、たまたまリハスタで耳にする機会があってね。遊びがてら一緒に完成させたんだ」
「そっか⋯⋯いい曲だ」
「でしょ」
袖から見守るふたりが、耳元で囁き合う。
フロアの揺れは大きくなって行き、心地好く揺れていた。
青と白色の照明がゆっくりと明滅を繰り返し、曲と共にフロアをさらに揺らして行く。自分の音がフロアのみんなを後押し、フロアの笑顔が僕を後押してくれた。
青空と白い入道雲は夏の代名詞。今の季節にぴったりじゃないか。
この時間がずっと続いてくれたらいいのに。
なんて、思っている自分に少しびっくり。
今この時を楽しもう。鍵盤を弾く指に力が入る。額から滴り落ちる汗も、背筋に滲む汗も気にならない。
今、この瞬間、全てを注ぐ。
「ありがとうございました」
気が付けば終わる。それほどまでに集中していたのか、自分では分からない。夢でも見ていたのか、現実感の無い異空間に迷い込んだ気分だった。
フロアの鳴り止まない拍手に、何度も頭を下げ僕はステージをあとにする。ふわふわと足元がおぼつかないまま袖へとはけた。
みんなが拍手で迎えてくれる。
「めっちゃ、いいやん!」
「町田くん、素晴らしかったよ!」
ふたりの賛辞が素直に嬉しくて、自然に頬が緩んでしまう。
すべてを出し切った。
楽しかった。
そして終わる寂しさを内包する。
「お疲れ様」
「おつかれ」
五嵐さんと蔵田さんも笑顔で出迎えてくれた。
「ありがとうございました」
「曲書けるなんて知らなかったよ。いい曲だったな」
「本当ですか? 蔵田さんにそう言って貰えるのは素直に嬉しいですね。でも、ほとんど五嵐さんのおかげですけどね。五嵐さんのアドバイスが無かったら完成しませんでしたよ。今回は、おふたりの力添えのおかげです。いろいろとありがとうございました」
蔵田さんは少し照れた笑みで、恥ずかしさを誤魔化す。
「そんな事ないさ。みんなの頑張りのおかげだよ、特にドラム。急に叩けるようになってびっくりしたよな」
隣の五嵐さんも、身を乗り出し割り込んで来た。
「それそれ。何で急に叩けるようになったのか、教えてよ。町田くん知っているんでしょ?」
ふたり揃って桐河さんの魔法のタネは分からなかったみたい。
「いいえ」
僕もその謎を知りたい。おぼつかなかった新山さんのドラムが、個人練習の二週間で形になっていたのは僕も驚いた。
一緒になって首を捻っていると、フフンと誇らしげに桐河さんが、胸を張って見せた。
「新山くんはなぁ、天才役者。その役になりきる天才。だから、キース・ムーンとジョン・ボーナムのドラム動画を送りまくったんよ。それを見れば、きっと彼らになりきる事が出来ると思うてな。見事になりきったやろう」
「え? はぁ? キース・ムーンとボンゾになりきる??」
「役者すごっ⋯⋯」
絶句するふたりの姿から、その出鱈目ぶりが伝わる。
「新山さん凄いですね!」
「いやいや、曲作っちゃう町田くんの方が凄いよ」
イチャイチャと称え合う僕と新山さんにやれやれと桐河さんがまた割って入って来た。
「祐はホンマに何も知らんなぁ。そもそも、燻っていた新山くんの才能に惚れ込んで、立ち上げたのがこの事務所やからな。今やひっぱりだこの新山くんがいなかったらウチの事務所は成り立たんのよ。だからな、祐。新山くんをもっと称えなぁアカン。いいかぁ?」
「はい、分かりました」
「奈那子ちゃん、止めてよー。そんなんじゃないから。万年、脇役役者なんだからさ⋯⋯」
言葉を急に詰まらせる新山さんの表情が急速に凍りついた。視線は僕の背中越しに固定している。その視線にゆっくりと振り返れば、案の定眼鏡の奥からこちらを睨む社長が、腕を組んで仁王立ちしていた。
「⋯⋯やってくれたわね」
冷え切ったトーンで、“スン”と鼻をひと啜り。はしゃぐ僕達を射抜く視線は、ライブ終わりののぼせ上った頭に冷や水を頭から被せる。僕達は言葉を失い、揃って愛想笑いを浮かべていた。必死に誤魔化そうと、三人揃って引きつった笑みを見せる。
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