Take16 I Can't Turn You Loose

「社長、お、お、お疲れ様です!」


 いつも穏やかな笑みを絶やさない新山さんが、頬を引きつらせながら口火を切った。無言で睨みだけを返す姿に、畏怖の念を覚えてしまう。

 これだけ社長の言っていた事を無視して、やりたい放題してしまったのだから睨むのも当然と言えば当然か。しかも、キャラ変宣言するは、勝手に解散宣言するは、上がり切ったテンションでやりたい放題してしまった後の祭り感が、今更ながら襲って来た。


「あれ? 杏子どうしたの? みんなお疲れ~! いいショーだったじゃない、面白かったわよ。あんなにパンキッシュになるとは思ってもみなかったけど、お客さんもノリノリだったし、最高よ。解散するのもったいなくない? いや、だからこそいいのか?? うん? どっち? ま、いいか。お疲れ様!」


 いきなり社長の肩越しにニコニコで現れたキキさん。首を傾げながらも笑顔は絶えず、社長とは対照的な姿を見せる。その笑顔に少し救われたものの、不機嫌全開の社長の姿に安堵は出来ない。僕達の姿にキキさんは、少し大仰に両手を広げ、肩をすくめて見せた。


「あぁ⋯⋯大丈夫よ。杏子も今日のライブは大成功って分かっているから。言い出しっぺは杏子じゃない、あなたのひと言で成功したのだから、いつまでもむくれてないで⋯⋯ほらほら、労ってあげなさいって」


 キキさんにポンと肩を叩かれ、僕達を睨みつける。

 これはどう見ても怒っているようにしか見えないけど⋯⋯。


「チッ! お疲れ⋯⋯まあまあってとこね」

「まったく、素直じゃないわね。みんなも分かってあげて、自分だけ仲間外れみたいに感じて拗ねているだけよ」

「カレン!」


 拗ねるって!?

 声には出さないがみんな同じ思いだったのか、やれやれと嘆息する。何はともあれ、キキさんのおかげで丸く収まった。

 安堵とともに訪れるのは疲労。緊張の解けた体に疲労が一気に襲いかかる。不思議と心地良い疲労感に包まれ、そこにはやり切った達成感もあった。

 初ライブにして解散ライブは無事に幕を下ろす。そしてこのライブが、僕の行く末を決定づけるものになるとは、やり切った思いだけで手一杯の僕が知る由も無かった。


◇◇◇◇


「なんでやねんなぁ~もう~そんな生き急がんでもええやん、ねぇ~」


 ネタを披露している【エクレアモーションパンチ】の姿が事務所のテレビに映っていた。

 桐河さんののんびりしたツッコミに、速射砲のようにボケまくる結良さん。ネタは何も変わっていないのに、人気はうなぎのぼりと言う話だ。

 変わった事と言えば、宣言通り、ゴスロリファッションを脱ぎ捨て、ジーンズに革ジャンとロックスタイルのファッションに変更した事。それにともなって、結良さんもグリグリメガネを掛けて、地味目のファッションで隣に立っていた。

 前までは衣装のせいで、どうしても色物枠だったが、衣装を変えた事で実力派コンビとして認知され始めたのが大きいらしい。心なしかふたりとも、以前より楽しそうに見える。しかも、グリグリメガネを外した時の結良さんの美女ぶりのギャップも話題となり、何だかいい方向へ転がり始めていた。



「三郎太ちゃん、中田組のあとは南野組ね。スケジュールきつきつだけど、頑張ってね」

「分かりました。南野監督は久しぶりだから楽しみだなぁ。咲子さん、何か聞いてます?」

「そうね。今回は善人顔に極悪役をやらしたいって事で、三郎太ちゃんに白羽の矢が立ったみたいよ」

「おお! 悪役! 楽しみですね」


 新山さんは相変わらずの売れっ子です。主役は無いものの美味しい役どころでのオファーが絶えず、社長が上手い事バランスを取っているとの事。そんな凄い人だとは、今まで気づかなかった自分の無知に嫌気がさす。新山さん、ごめんなさい。

 たまに事務所で顔を合わすと、その度にライブが楽しかったとニコニコ顔されるので、そのうち“再結成しましょう”と言い出しかねない勢いだ。

 本気で言われたら、僕もきっとその話に乗ってしまうだろう。そう思えるほど、あのライブは楽しかった。きっと新山さんも演技とは違う高揚感を覚え、大きな刺激となったのかも知れない。



 いつもの日常に戻る。

 この戻るという感覚は、今まで感じた事は無かったかも知れない。日々は日常の延長でしか無く、なんの境目も無くダラダラと流れていた。

 そこには、不満も無く、満足も無い。今まで感じた事の無かった高揚が、それを一変させてしまった。ダラダラとした流れに一本の杭が打ち込まれ、流れに大きなうねりを生み出す。そのうねりがどこに辿り着くのか分からないまま、僕はそのうねりに身を任せて行く。

 日常が動き出す。

 どこに向かうのか分からない。でも、何故だか期待に満ちていた。


「それじゃあ、祐。レコーディングは三ヶ月後。プロデュースとディレクションはコアラでいいのね」

「はい、むしろ五嵐さんにお願いしたいくらいですから。それと、詞は結良さんにお願いしたいです」


 小さな事務所の狭い応接間兼会議室で社長と向き合っていた。

 そう多くも無かったタレント業は入れるのを止めて貰い、レコーディングへ向けての準備へ尽力する。

 五嵐さんや蔵田さんの強い後押しを受け、僕は社長に自分の思いを吐露した結果だった。

 

 また、音楽をしたいです。

 と。

 

 社長の突き刺す視線もしっかりと受け止め、初めて能動的な言葉を社長に伝えた。渋い表情は動かなかったが、意外にもあっさりと首を縦に振る。そこからの動きは早かった。あっという間にデビューまでの道筋が作られて行く。


「珠美なら問題無い、書かせるから大丈夫。それで、曲はどうするの?」

「今書いています。都度都度、五嵐さんと相談しながら進めているので、レコーディングは問題無く行けると思います」

「そう」


 素っ気ない態度は相変わらず。好き勝手やっている事を、面白く思っていないのかも知れない。ただ、そんな態度とは裏腹に、積極的に手を差し伸べてくれて、事はスムーズに進んでいた。


「⋯⋯社長」

「何?」

「いやぁ、あの、いろいろありがとうございます。僕の我儘なのに⋯⋯」


 真摯な思いを口にすると、社長の口端がニヤリといやらしく上がる。思ってもみなかったその妖艶にも不敵な笑みに、僕は思わず怯んでしまう。


「何言っているの、私の計算通りよ! この事務所からミュージシャンを出す事に見事成功したんだから、祐! しっかりやりな」


 え? 何それ? その解釈、都合良過ぎじゃありません??

 まぁ、みんなが良い方向に向いたから、良しとしますか。

 何も持とうとしなかった僕の背中を、最初に押したのは間違い無くこの人なのだし、あながち社長の手の平で踊っている感があるのかもしれない⋯⋯いや、それは無いか。結果オーライなだけで、彼女が都合良く解釈し過ぎているだけだ。

 ただ、不思議とこの人は結果を出す。そこに乗っかるのは、きっと悪い事では無いはずだ。


「はい、頑張ります」


 僕の真っ直ぐな言葉に、社長は満足気に頷き、“スン”と鼻をひと啜りして見せた。

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