エピローグ

トークバックからのテイク2

「まさかこんな事になるなんて思ってもいませんでしたよ」


 遅めの午後、アイスコーヒーを片手に五嵐さんと向かい合う。手の平に伝わる冷たさが、火照った体を冷やしてくれた。

 僕の緊張を察しての事なのかレコーディング前の僅かな時間。五嵐さんの手招きに少しざわつく休憩スペースで高めの椅子に腰を下ろしていた。僕とは違い五嵐さんは落ち着き払った雰囲気。汗を掻いているコップを手に取り、冷えたコーヒーで喉を潤していく。


「そう? スタジオで町田くんの歌を聞いた時に、これはイケるって思ったよ。あとはどうバンドと切り離すか⋯⋯って、悩んでいたところに、町田くんからカセットテープの提案。カセットでのリリースなんて、こっちは微塵も考えていなかったからびっくりしたけど、いいアイデアだったよね」

「その節は無茶言って、すいませんでした」


 ライブに間に合わせる為に、各所の迷惑を掛けたのは想像に難くなかった。


「いやいや、音源はあったし、まぁ、何とでもなるよ。でも、まさかチャート一位で、解散の約束していたなんて、夢にも思っていなかったなぁ。ある意味利害は一致したんだ、こっちも頑張るだけだったよ。上手く行って、ホント良かったよね」

「通常チャートとカセットテープチャートが、全く別物だったので、これならもしかしていけるかもって⋯⋯。五嵐さんの音と、アイデアと、アドバイスのおかげです。本当にありがとうございました。一本100円で、五嵐さんバージョンだから達成出来たと思っています」

「相変わらず、まじめだね。お! そろそろ時間だ。行こうか」

「はい」


 僕は五嵐さんに促され、スタジオへと向かう。いくつもの扉を横目に奥へ進むと、ガッチリと閉まっている防音扉を開いて行った。


◇◇◇◇


『どう? こっちで聞いているぶんには悪くなかったよ』


 ヘッドホン越しに五嵐さんの声が届く。その言葉を飲み込み、今の感触を反芻する。


『聞いてみる?』


 考え込む僕の姿に五嵐さんの提案が届く。僕はゆっくりと首を横に振り、マイクへ口を寄せた。


「大丈夫です。とりあえずキープでお願い出来ますか?」


 ガラス越しに五嵐さんの大きな丸が見えて、それに頷き返す。


『モニターはどう?』


 今度は僕が大きく丸を出して見せた。

 無音過ぎるスタジオが、孤独を色濃くさせる。あらゆる音を吸い込む壁が、僕の呼吸すら吸い込んでいた。

 

 あのライブの感覚。

 それをパッケージングしたいと五嵐さんに伝えると、通しで歌って良いテイクを使おうと言ってくれた。

 今時そんなコスパの悪いレコーディングは主流では無いとの事。いい所をつまんで、繋ぎ合わすのが普通らしい。でも、この曲に関しては、それをしたくは無かった。そんな我儘を汲み取ってくれた五嵐さんには感謝しかない。

 五嵐さんの後ろでは、蔵田さんが腕を組んで見守ってくれていた。音作りの相談にいつも笑顔で応えてくれた蔵田さんにも、僕は頭が上がらないんだ。


『それじゃあ、町田くん準備いい? テイクツー、行きまーす』


 僕はまた鍵盤に指を置き、マイクに口を寄せて行く。




 ~FIN~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トークバックからのテイク2 坂門 @SAKAMON

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ