Take 2 In The City
僕の予言は的中する。多分、みんなも同じ予言を心の中で唱えていたはずだ。
ただ、少し違ったのは、予想の斜め上から言い放たれた言葉。即座に理解するには、なかなかに難しい言葉が社長の口から零される。
その言葉を理解したところで、驚愕が僕達を襲うだけ。二十四年間生きてきて、“絶句”するとはこういう事だと学んだ。そう、今まさにしているのだ。
いやぁ~言葉を失うって、本当にあるんだなぁ⋯⋯。
なんて、冷静な自分が頭の上から覗き込んで、呑気な事を言っている。今まで散々振り回されてはいるけど、これはなかなかの弩級だと思うのです。
「言っている意味がわからん?!」
イラつきを見せる桐河さんが感情のままに、ハスキーな声を響かせた。
「だから、何回も言っているでしょう! あんたと、あんたと、あんたでバンドを組んで、デビューするんだよ」
あんたと、あんたと、あんたとは、新山さん、桐河さん、そして僕である。結良さんはバイオリン経験者という事で、今回外された。
そもそも音楽をやろうというのに楽器経験者だから外すというのも意味不明だし、楽器経験者を外すなら⋯⋯。
「じゃあ⋯⋯」
僕の言葉は桐河さんの勢いにかき消されてしまう。
「ど素人が組んで即デビューって? ありえへんでしょ!! バンド舐め過ぎ! 音楽舐め過ぎ!」
「だからニッチなんじゃない!! 日本一、いや、世界一下手クソなバンドがデビューする。今までだれもしてないでしょう? 楽器初心者がバンドで即デビューなんて。だれもやらない、やった事がない。そんな隙間を見つけて、それをやる⋯⋯これをニッチと言わずしてなんと言う!!」
最後の方は弱冠自分に酔っている感もありつつ、さも正論のように大きな胸を張り主張した。
それはニッチと言わずに無謀と言うのですよ。まぁ、僕の溜め息は届きませんが。
「⋯⋯しかし、そもそもそんな人達の音源を買う人っているのですか?」
「いるんじゃない」
結良さん、それ、まさしく正論です。狭い事務所に流れる、途方も無い呆れムード。結良さんの言葉をサラッと流す姿に、僕達は更なる不安を積み上げる。言い出したら聞かない社長の言葉に、僕達は今日もまた振り回されるだけだ。
社長の強引加減は皆周知しているので、早々に議論、反論を諦め、口をつぐんだ。
僕が今ここにいるのも、その強引力の賜物なのです———。
◇◇◇◇
その日は大学に行くと急な休講の張り紙。スマホのメールを覗くと、しっかりと休講の報せは届いていた。
無駄足になるのも悔しいと友人でも誘ってヒマを潰すかと連絡するも、珍しくだれも捕まらない。仕方ないので帰宅するかと、僕は諦めの境地でフラフラと駅へと向かった。
その日は残暑が厳しく、大学から駅まで伸びるちょっとした商店街も、このジリジリとした暑さにやる気が削がれているように感じる。
「ちょっと! どう言う事!! あ、ちょっと!! そこの君!!」
語気を荒らげる綺麗な女性が、僕の横を通り過ぎて行った⋯⋯と、思うや否や、肩をガシっと掴んで来た。
片手にスマホを握り締め、厳しい視線をこちらに向けてくる。そのあまりにも唐突で真剣な雰囲気に、僕の体は思わず硬直してしまった。
「ねえ、あなた⋯⋯身長いくつ?」
いきなりその女性は、少し早口で不躾に聞いて来る。わけのわからない状態に、咄嗟に言葉は出て来なかった。女性の切迫感だけが、こちらに伝わる。
「身長は?!」
語気を荒げ再度の問い掛け。あまりの勢いに戸惑うばかり。ただ、その勢いに負けて、反射的に答えを返した。
「185cm⋯⋯です」
答えるや否や、“良し”と言って肩を掴まれる。有無を言わさぬその力強さに、なすがまま連れて行かれた。もう、この時点で僕の頭は激しく混乱して、何が起こっているのか全く理解出来ていない。
「すいません、あのどちらへ? そして何をされるのですか??」
精一杯の勇気を振り絞り尋ねると、その女性は不敵に口端を上げて見せた。
「フフ、大丈夫よ。あなたヒマでしょう? ちゃんとギャラ払うから、ちょっと助けて貰えないかしら、本当にピンチなのよ。人助けと思ってさ。ただ突っ立っていればいいから、お願い」
そう言って、女性は妖艶な笑みと共に名刺を差し出した。
その女性こそ察知の通り、浦田杏子本人。わが事務所【KYOASH】の社長様だったのです。
連れて行かれた先、そこは雑誌の撮影現場。何でも初仕事の男性タレントが逃げてしまい、途方に暮れていたところ、通り掛かった僕に声を掛けたのだとか。
背恰好が同じってだけで声を掛けたと、後々に聞かされた。今考えるとなんて安易な⋯⋯と、思わずにはいられない。
“とりあえず言われた通り服を着て、写真を何枚か撮ったら終わりだから”と、必死の懇願に僕はあっさり折れてしまう。別に犯罪とかではないし、人助けにでもなるならと承諾したのが、運の尽きだった。
そこからズルズルと中途半端なタレントとして怒られたり、なだめられたり、怒られたり、怒られたり、怒られたりしながら、ここまで来てしまったのである。
まったくもって、『ケセラセラ』。
あ、座右の銘ではないですよ。
ただ、さして芸能界に興味も無いのに、ダラダラ続けていいのかどうか常に考えている。
実際何回も辞めると言いましたしね。でもまぁ、見ての通り辞められなかったですよ、勿論、社長の圧に屈して。
◇◇
万事ウチの事務所は社長を中心に回っている。いや、どちらかと言うと振り回されている。
それはもう嵐の渦に巻き込まれたみたいにグルグル廻りっぱなし。そして、何かを考える余裕すら持たせて貰えない事も、ままある事だった。
今もまさに、その思考停止のところに社長の勢いが襲い掛かっている。嵐に巻き込まれた僕達は、なすすべなくグルグルと振り回された。
「新山はドラム、祐はギター、桐河がベースとボーカル。じゃ、ちょっと打合せあるんで、あとは宜しく」
社長はいつものように、混乱だけを事務所に残して出て行ってしまった。
「祐、あんたギター弾ける?」
「触ったこともないですよ? 桐河さんはベース弾けるんですか?」
桐河さんは黙って首を横に振る。
「ドラムは⋯⋯」
と、言いかけるや否や、間髪いれずに答えは返って来た。
「ないよ。ない」
新山さんはいつもの穏やかな笑顔で言い切りました。声のトーンは元気いっぱいで、不安が無いのかこっちが不安になってしまう。
この光景を黙って見ていたのは、ひとりで何でもこなしてしまう唯一の女性。僕達が裏で“スーパー咲子”と呼んでいる咲子さん。そのスーパー咲子が、三人の肩をポンポンとやさしく叩くと、右手の親指をビシっと立て無言のエールをくれた。
さすがスーパー咲子、全てをお見通しですね。
僕らは申し合わせたかのように肩を落とし、この先どうなって行く⋯⋯いや、どう振り回されるのか、戦々恐々とする事しか出来なかった。
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