Take9 Sweetness

「へぇ~チャートで1位を獲る気なの。祐にしては珍しく熱いじゃない。いいわ、面白いじゃない。確かに、デビュー曲が1位を獲ったら解散⋯⋯面白い。普通なら1位を獲れなくて解散ってなるものね」

「じゃあ、そう言う事で⋯⋯」

「フハッ、面白くなって来たじゃない。あ、でも予算は増やせないよ。元々、たいしてお金は掛けられないんだから。1位を獲れるほど売れてくれるなら事務所としても万々歳よ。じゃあ、ちょっと【MADE】レコード行って来るんで、あとは宜しく」


 それだけ言い残し、扉の向こうへと消えて行く。その気配を感じ取り、桐河さんはむくりと顔を上げ、僕へと鋭い視線を投げて来た。


「あんた本気で言ったんか? 無理に決まっているやろう。あんなものがチャートで1位なんて、年間で何曲リリースされているか知ってんのか?」

「いやぁ⋯⋯そこまでは⋯⋯」

「年間、邦楽ポップスだけで5千以上やで。そこで1位とかありえへん⋯⋯もっと上手い条件、考えや。しかも、微妙に宣伝されてとか⋯⋯ありえへん。あれはリリースという名の深い海に飲まれて、静かに死を迎えるべきものなんや」

「そう言われましても⋯⋯あの社長が喰いついて、納得する理由なんて思いつきませんよ」


 桐河さんは絶望とばかり顔面蒼白で頭を抱える。かく言う僕も、これと言って一位を獲る策なんて何も浮かばない。桐河さんの言う通り、真っ当な音楽を奏でている人達に太刀打ち出来るとは到底思えなかった。


「まぁまぁ、ふたりとも落ち着いて。とりあえず、ライブをどうするか考えませんか? インストアライブとレコ発ライブをどう乗り切るか。社長は練習しなくていいと言っていましたが、さすがにねぇ~。とくにレコ発ライブの方は曲をいっぱい演奏するのですよね?」


 新山さんの言葉に僕達は一気に危機感を募らせる。レコーディングより、マズイ状況が生まれる可能性は限りなく無限大だ。


「ワンマンだと最低でも60分くらいはするもんなぁ。このままやと直前に曲渡されて、これやれって、言われるパターンよな」

「桐河さん、音楽詳しいですよね。何かいい方法ってありませんか?」

「いい方法か、そやな⋯⋯」


 僕の言葉に桐河さんは逡巡を見せる。レコーディングの惨事を繰り返さないで済むのなら、社長は無視して行動を起こすのもありな気がした。


「いやぁ~思いつかんなぁ。何かカバーするとか? でもな、そもそもの演奏力が無さ過ぎる」

「カバーって何ですか?」

「カバーってのは、曲をコピーして、自分ら流にアレンジして演奏することよ」

「なるほど⋯⋯」


 既存の曲で曲数を埋める。ライブまで二ヶ月半。今から準備して、どこまで出来る?


「町田くん、どうしたの?」

「いや、ちょっと⋯⋯。咲子さん、僕達三人の9月半ばまでのスケジュールってどんな感じですか?」


 事務の咲子さんが、眼鏡をクイっと上げると画面を見つめたまま慣れた手つきでPCのキーを叩いた。


「三郎太ちゃんの撮影が今入っていないので、比較的余裕があるわね。時間帯を問わなければスケジュール合わすのは容易よ」

「ありがとうございます。あ、この件は社長に内緒でお願いします。桐河さん、カバーやりませんか? 桐河さんが歌いやすい曲で、簡単そうな曲を選んで頂いてるってのはどうです?」

「え!? ホンマにすんの? 選ぶのはかまへんけど、コピーどうするん? 楽譜スコア買うんか?」

「コード程度でいいなら僕が耳で拾います」

「マジ? 祐、そんなん出来んの??」

「はい。なので、申し訳ないですが、曲を早々に選んで貰っていいですか?」

「OK」


 桐河さんがようやく楽しそうな笑顔を見せてくれて良かった。


「新山さん、ドラムテクニシャンの方連絡つきます?」

「ごめん。分からないや」

「分かりました。先日ギターでお世話になった蔵田さんに、ドラムの練習方法も聞いて見ます。とりあえず最初の二週間は各々練習しません? バンド練習ってスタジオですよね? どうすればいいのだろ⋯⋯それも蔵田さんに聞いてみますか」

「お願いします」


 新山さんの柔和な笑顔に、僕は頷き返す。


「せや! 新山くんにはいい方法思いついた! あとで動画のアドレス送るわ」

「分かりました! 奈那子さん、お願いします」


 サムズアップの桐川さんに、新山さんが勢い良く頭を下げると、ちょっと⋯⋯いや、かなり寂しくなった頭頂部が丸見えになった。

 動画? ドラムのレクチャー動画かな? 


◇◇◇◇


 50名も入ればぎゅうぎゅうなイベントスペースに、パラパラとお客さんが入っていた。平日の夕方と考えればこんなものなのかなと漠然と思いながら、袖から様子をチラ見する。

 桐河さんの固定ファンがチラホラと散見出来て、物見遊山の買物客が後ろからチラチラと何が始まるのかと覗き込んでいた。

 公開処刑にも近いインストアライブへのカウントダウンは始まり、緊張よりも忌避感が上回っている。そんな中でも新山さんだけは、ひとり熱量を上げ興奮していた。


「新山くん、分かっているな。今日はレコーディングの通りやで」

「うん、うん。大丈夫!」


 その様子に怪訝な表情の桐川さんが、なだめてみるも新山さんの鼻息は荒いままだ。


「何か、かかり気味やな。祐は⋯⋯大丈夫やな」

「はい。桐河さんは大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけないやろう。これから辱めを受けるねんで、イヤ過ぎてゲー吐きそうや」


 冴えない表情のまま桐河さんがベースを肩に掛けるのを合図に、僕もギターを肩に掛ける。ギターがいつもより重く感じるのは気のせいなのか。


「ぼちぼち、行きますよ。準備はいいですか?」


 現場に来ては見たものの、宣伝しなければならない五嵐さんの表情は固く、余裕が無く見える。

【衝撃のバンドデビューシングル】

【作曲 キキ カレン】

ポップに踊る文字に嘘は無いが、とは、ものは言いようだなと思った。

 僕達は五嵐さんに頷き、覚悟を決める。

舞台袖に移ると蔵田さんを見つけ、少しほっとした。

 蔵田さんが僕を見つけると、胸をトンと軽く小突いてくれる。ニヤリと口端を上げる蔵田さんの姿に、僕はすっかり落ち着きを取り戻した。

 ギターにシールドを挿す。アンプのボリュームを上げると、ブーンとスピーカーが静かな唸りを上げる。

 準備が出来たと顔上げ、ふたりへ視線を向けた。互いに頷き合うと、心臓の拍動が上がって行くのが分かる。

 始まるのか。短くも長いデビューステージの幕が上がる。

 桐河さんがマイクの前に立つと、Shure58マイクに口を寄せた。


『平日のこんな時間に集まってくれてありがとう。私達のデビュー曲です。聞いて下さい、【キャンディフロス】で、クラウドキス!』


 80年代の古いアイドルを彷彿させる挨拶。そのイメージとは正反対のハスキーボイスが、イベントスペースに響き渡る。まばらな拍手から、ステージ上の僕らをどう捉えるべきか逡巡しているのが伝わって来た。

 カッ! カッ! カッ! カッ!

 新山さんのカウントを合図に演奏が始まる。その衝撃にスマホを覗いていた人も顔を上げ、通り掛かった買物客が足を止めた。

 人口的なまでにどぎついピンク色を乱雑に塗り潰す、見事なまでに酷い演奏。ひたすらにつたない雑音ノイズは音符の形を成さず、聞く者を困惑させる。

 って言葉はあながち間違ってはいなかったようだ。聞く者を衝撃的な困惑に陥りさせたのだから。


『⋯⋯ありがとう、【キャンディフロス】でした』


 パチ⋯⋯パチ⋯⋯と困惑の拍手が数回。観た者すべてを困惑させた、ある意味伝説のインストアライブはあっという間に幕を閉じた。

 僕達は逃げるようにステージをあとにする。桐河さんは案の定、着替えもせずに控室の粗雑なテーブルに、またうつ伏してしまった。

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