Take7 (I Can`t Get No) Satisfaction
初レコーディングから一週間、いつもと同じ日常の繰り返し。淡々と流れて行く日常に、苦心したレコーディングの事など頭の片隅へと追いやれていた。
淡々とした流れを遮るのは、いつもあの人。僕達はまた、気まぐれな社長の号令の下、狭い事務所の応接間兼会議室に集められた。
◇
「ラフが届いたんで聞くわよ」
みんなが揃った姿を仁王立ちで一瞥すると、社長は自身のノートPCにUSBメモリを挿し込み、音楽プレイヤーを立ち上げる。
そもそもラフって何ですかね? 聞くって事はこの間のレコーディングですよね?
隣で浮かない顔の桐川さんに、そっと尋ねてみた。
(桐川さん、ラフって何ですか??)
(え?! ラフってのはな、ラフミックスの事よ。録った音は簡単にミックスして聞ける状態にしたものや)
(ラフミックス??)
聞き返す僕に思いっきり、怪訝な表情を見せた。
(ミックスっつうのはなぁ、録った音を調整して曲を完成させる。エフェクターを掛けたり、イコライザーを使って音域の調整をしたりして、録った音を整える作業よ。あんたは本当に何も知らんな)
(す、すいません。そのミックス作業を
(そう言う事や、ああ⋯⋯でもな⋯⋯聞きたないなぁ)
そう言って桐川さんは、テーブルにうつ伏してしまう。
あの日桐川さんと新山さんは、無事(?)にレコーディングを終え、後日歌入りのデモをもとにして、桐河さんはひとり歌録りをした。
歌入れ前後の桐川さんの落ち込みが激しくて、みんなで励ましたのを思い出す。ベースの時はそんな落ち込みは見せなかったのにと、不思議に思ったのを思い出した。
「それじゃあ、流すわよ」
桐河さんの落ち込みなど意に介さず、社長はPlayタブをクリックしていく。
ノートPCの小さなスピーカーが、拙い歪みを鳴らし始めた。
ギターからなんだ。
硬質な歪みが拙いリズムを響かせ、そこにベースが硬い低音を重ねる。音の一粒一粒が残響を響かせ、音に広がりを持たせていた。ドン! タン! とドラムが重なると演奏は力強さを増していく。
リズムはヨレヨレ、ミストーンはバシバシ顔を出すが、あの苦労したレコーディングが形になっている事に、少しばかり高揚していた。
「ああああーーー!!」
突然、桐河さんがテーブルにうつ伏せたまま、やるせない呻きを吐き出すと歌が始まる。
『ピンク色の雲をかじって あま~い あま~い キャンディードロップ キスの味 ウフフフフン⋯⋯』
PCから流れる何とも表現しがたい、ポップのなりそこないが小さなスピーカーを震わせていた。
僕達の頑張りの完成系がこれ??
テーブルを前にして、僕達は固まっていた。先程の高揚なんて瞬殺されるほどの、何と言うか、言葉を選んで言わせて貰うなら声と歌詞が不釣合いな曲⋯⋯。
決して音痴というわけではない。ただ、ハスキーな声質と、この何とも言えないこそばゆい歌詞が全く合っておらず、言葉を選ばずに言うならば、眼前で音の惨劇が繰り広がっている。
桐川さんがテーブルにうつ伏せるのも納得の出来に、僕達は言葉を失っていた。
社長はひとりPCを前にして、仁王立ちで聞き入っている。目を瞑り、時折頷きながらこの惨劇とも言えるラフミックスを聞き入っていた。何に納得されているのか、僕らには全くもって理解不能。これに納得している社長の姿に恐ろしささえ感じてしまう。
レコーディング、結構頑張ったと自負している。
始まった瞬間、ちょっとは聞けるものになっているかもと淡い期待を持ったのも事実。
でも、ふたを開けたらこの惨状。いや、待って、これを売るんですよね? きっとそうですよね? これはさすがにダメな気が⋯⋯。
「ま、ラフならこんなものか。次はミックスが終わっての完パケになるから、もっと良くなるわよ」
もっと良くなる? この日本語をここで使うのってあってます?
ひとり真剣な顔を見せる社長の姿は、僕達に絶望を運ぶ。
ダメだ。この人本気で言っている。
スカスカ、ヨレヨレの演奏。それをバックに世界観をぶち壊す混じり合う事を拒む歌声。分かってはいたが、この暴走機関車と化した社長の暴挙を止める術をだれも持ち合わせてはいない。
「あ、あの社長⋯⋯これが最初で最後ですよね?」
恐る恐る言葉を掛けると、本気で怪訝な表情を返されてしまった。
「はぁ? 手応えがあれば、続けるに決まっているでしょう。伝説を作るのよ!」
「「「へ?」」」
伝説を作る? そして伝説へって某RPGは謳っていましたが、ここで使うのってあってます??
桐河さんはもちろん、新山さんさえ、その言葉に驚愕の表情を浮かべている。この生き地獄が続くかも知れない事への恐怖が、心に重くのしかかるのを感じ、溜め息すら出なかった。
「発売日は3ヶ月後ね。レコ発のインストアライブを捻じ込んだ、キキに感謝しなさい。ま、練習はしなくていいんで、心の準備だけはしっかりね」
さらに不安を煽る言葉だけを残し、社長は扉の向こうへ消えて行く。何をもって、あの人はこれに勝算を感じたのか甚だ疑問しか生まれない。
僕達はゆっくりと視線を交わし、そして通じ合う。不安を共有する同志が、今ここに生まれた瞬間。
「練習しなくていいって言っていたけど、どうなのかな? そもそもドラムってどうやって練習するのかな?」
「スタジオで個人練習とか? てか、
あれを人前で
僕はギターを弾くだけなので、そこまでのプレッシャーはないかも知れない。だが、あれを歌わなくてはならない桐河さんのストレスとプレッシャーは相当なものだろう。どっちかと言えばストレスか⋯⋯。
「⋯⋯奈那子ごめん。私もあの後いくつか詞を渡したんだけど、ダメだった」
相方である結良さんの心苦しさが、無表情な中に見え隠れしている。相方である桐河さんのストレスを感じ取っていた。
「そう言えば、詞はだれが書いたのでしょう?」
「⋯⋯町田くんは知らないの? あれは社長だよ」
「エッ⋯⋯」
結良さんの答えに思わず絶句してしまう。それは、どう足掻いても変わる事の無い、
「珠美変わってくれー!」
「⋯⋯死んでもイヤ」
桐河さんの必死の懇願をバッサリ却下。そう言えば桐河さんと結良さんのコンビ、【エクレアモーションパンチ】も、ゴリゴリのロリータファッションだし、ウチの社長って、見た目と違って少女趣味なのかな?
「結良さんのボツになった詞って、どうなっているのですか?」
「⋯⋯どうもしないよ。チラッと見てすぐに突っ返された。これ」
A4のコピー用紙に印刷された詞がテーブルの上に置かれると、僕はそれをひとつ手に取り眺めた。
「これどうするのですか?」
「⋯⋯どうもしないって。ゴミだよ」
「そうのですか? もったいないですね」
「⋯⋯町田くんだけだよ、そんな事言うの」
「そうなのですか? ゴミにするにはもったいないですよ、うん」
「⋯⋯君は変わっているね。あげるから好きにしていいよ。捨ててもいいし」
「え?! 僕が持っていても仕方ないですけど⋯⋯」
捨ててもいいと言われても目の前で捨てるわけにもいかないし、とりあえずバッグの中へ、そっと押し込んだ。
◇◇◇◇
「イヤ過ぎる⋯⋯ホンマいやや⋯⋯死ぬ⋯⋯死ねる⋯⋯イヤ⋯⋯ホンマいや⋯⋯」
桐河さんが隣でブツブツと念仏のように同じ言葉を唱えている。恥辱の音源がいよいよ世にドロップするのを前にして、精神崩壊を起こすんじゃないかってレベルの危うさを醸し出していた。
2ヵ月などあっという間に過ぎ去るわけで、僕達【キャンディフロス】のレコ発インストアライブの日が来てしまった。
ちなみにこのバンド? ユニット? 名は、今朝、社長から聞かされた。
いつもの事過ぎてもう何でもいいですよ、はい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます