3 友達ではねえよ! 






「…………あ? なんで、テメェが、ここに………………?」



「ひぃぃぃ…………!!!?」



 ナギサは思わず、ファシルの背後へ隠れてしまった。

 『霊体』のファシルの後ろに、だ。


「………………は?」


 周囲の人間には、ファシルが見えていない。





「あちゃあ…………、これはまずい……」


 霊体のファシルが、顔をひきつらせる。



 周りの視点から見れば、ナギサは今、なにもないところで、何かに隠れるような仕草でギルナの様子を伺っているように見えてしまう。

 無に隠れ、

 無の陰から、ギルナを見ている。


 バカにしているようにしか見えなかった。


 

「…………チッ……。相変わらず意味わかんねえなテメェは……」


「ひぃぃぃいいぃ…………っ」


 最悪の、転校初日だった。







 □




 それから、数日。


 

「今日はモンスターを倒してもらう、実技の授業になります。しっかり倒さないと単位がでないかわり、ここでは座学よりも多くの単位を一気に稼げるチャンスなので、皆さん張り切っていきましょうー!」


 生徒達の前で小柄な先生が元気よく説明している。






「それでは皆さん、最低二人組からのパーティーを組んでくださーい」



 二人組。

 ナギサにとって、それは死の詠唱だった。




「落第……、落単…………、陰キャでぼっちなうえに……、留年……退学!? お母さん、ファシル先輩、ごめんなさい…………わたしはマガハラの恥……、ヴァナルガンド寮の恥…………、わたし、どうして生まれてきたんでしょう………………? わたしは、どうして…………」


「……死ぬほど落ち込んでいる…………」


 ファシルとしても、どう声をかけていいやら。





 霊体で二年生で、こっそり授業参観のファシルは、当然ナギサと組んであげるわけにはいかない。


「せ、先生……、あの、わたし……、ソロでも、やれます……」

「そ、そうですか……? 課題となるモンスターを倒せれば単位はあげたいですけど……、危ないですし、効率も……」

「だ、大丈夫……です!」


 それだけ言って、ぴゃ~っと先生から逃げてしまうナギサ。




「……本当に大丈夫かい? 課題のモンスターは?」

「《ウィスプ》ってやつなんですけど……」

「それは……まずいな……」


 《ウィスプ》。

 小さな火の玉のようなモンスターで、ゴブリンやスライムと同じザコではある。


 だが、ゴブリンなどが『物理』の低級モンスターなのに対して、ウィスプは『魔力』の低級モンスターだ。

 ウィスプの体は、魔力で構成されており、低級の魔法一発で倒せるのだが、物理攻撃がまったく効かない。


 ナギサは、無属性の《ブランク》であるだけでなく、さらに魔力を体の外に放出することができないのだ。

 つまり、自力で《ウィスプ》を倒す方法がない。


「……ミーちゃんは……、授業じゃ使えないですし……」 


 ミーちゃん。

 ナギサの刀、《ミタマ》。

 あの刀は、ナギサのための特別仕様の魔装具となっており、ナギサの体内魔力を、刀を通して体外へ干渉させる機能を持つ。

 しかし、ナギサが言うには威力の調整が難しいらしく、周りに人がいる場面では使いたくないようだ。


 ナギサがギルナと戦った際に、愛刀の《ミタマ》ではなく、工房にあった剣を使っていたのも、それが理由。


 これにはファシルも驚愕させられた。

 あの時、ナギサは、ギルナに対して一切の魔力攻撃を使わずに勝利していた。



 《ミタマ》で戦えば、必要以上にギルナを傷つけてしまう危険性があったのだ。




「…………そうだな……。他の生徒から距離を取ったところに出現しているウィスプを探す……という手もあるが……」



 ファシルとしては、あまり良い解決策とは思えなかった。

 なんでも一人でできるから、ずっと一人でいい。

 そんな方法を、ナギサに勧めたくはない。



(私がさっさとナギサさん用の武装を作ってあげられていれば……!)



 《ミタマ》の仕様を聞いた時に、真っ先に思ったことだ。

 ナギサは武装による補助がなければ、その強さを発揮できない。

 なら、《ミタマ》とは別に、パーティーで戦うための武装が必要になる。


 友達を作れ、などと偉そうなことを言っておいて、そのために必要なこともしてあげられていない。

 気が回らない自分が、嫌になる。

 

(ある程度、ナギサさんが自分で選ぶことを見る、という目的もあった……、だが、これは私のミスだ……)


 武器を作ること。

 それは今のファシルの役割だ。


 《没落姫》。

 ギルナが言っていた、ファシルへの別称。

 

 ファシルは、魔王を倒した勇者ではあるが、今はその力を奪われているのだ。

 それは、かつての相棒……ルミリフィアによりかけられた魔術の効果によるもの。

 ある種の、呪いだ。

 

 今のファシルに、勇者の力はない。

 それでもまだ、『夢』にすがりつきたくて、残った《鍛冶師》の力にすがりついている。

 

 一度は相棒に否定された夢に、まだ惨めにすがってる。


 だが、そんな事情はナギサには今関係ない。




 ナギサがどんな選択をするのかに関わらず、ナギサが学園生活を楽しめないなんてことを、ファシルは許さない。




 ――――たった一人の笑顔を守れずに、何が世界平和だ。






「…………ねえ、ナギサさん」


「……は、はい?」


 何を言えば、いいのだろう。

 ルミリフィア……。

 相棒と……、親友だった相手と決裂した自分が、何を言えるのだろう。

 メイドのレミアに馬鹿にされるまでもない。

 自分は、他人を必要としないし、それでいい。

 それでも。

 失敗したことがあるからこそ、わかることもあるはずだ。


「……キミは、ギルナのことを、『剣を大切にしているから、いいやつだ』と言っていたよね?」


「……え? は、はい……」


 いきなりのことに、話の趣旨が見えていないナギサ。

 構わず、ファシルは続ける。


「でも、ギルナが私の剣を壊したことには、すごく怒っていた」

「それは……そうです! 許せないですよ、あんなの!」

「……あいつね……、ギルナは戦災孤児で、今も故郷の孤児院に仕送りしてるんだ」

「……え? それは……」

「聞いた話だけど、あいつはすごく故郷では慕われている、子供には優しいらしい」

「……いい、人……なんでしょうか?」

「でも、私はあいつが嫌いだ」

「え? え? ……あの、ファシルさん、それは、どういう……??」


 ナギサの中でのギルナ像が、めちゃくちゃになっていく。

 いいやつなのか、わるいやつなのか、よくわからない。

 でも、ファシルはギルナを嫌いだという。


「あいつは私たちヴァナルガンド寮を嫌うと思うけどね……、でも出会い方こそ最悪だけど、キミのことはそんなに嫌う理由がないはずなんだ」

「で、でも……あの人のこと、ぶっちゃって……」

「キミはそのことに関しては謝っていたじゃないか。大丈夫……、案外話せばわかるものさ」

「…………あの怖い人、協力してもらうってことですか……!?」

「怖いかい?」

「こわいです」

「怖くない」

「こわいですよ!?」

「……私があいつを嫌いなように、あいつも私が嫌いなんだ。でも、キミは怖いと思っても、あいつを嫌ってはいないだろう? 今、キミの中にあるあいつのイメージは、あいつの全てではないよ」

「そう……なんですか……?」

「ああ。……本当にあいつが怖いだけなのか? まずは、それを確かめて……恐がるのは、そのあとでもいいんじゃないか?」


「恐がるのは、あとで……。わ、わかりました……! わ、わたし……いってきます!」


「うん。がんばっておいで」



 ナギサは力強く頷くと、ファシルに背を向けて駆けだした。




 □




 わたしは……。

 ナギサ・ハバキリは……、人と目を合わせることが、怖かった。


 堂々と、ちゃんと相手の目を見ないと、失礼なのかもしれない。

 でも、人の目って、こわい。

 自分の目には、自信がない。

 自分に、自信がない。

 だから、隠したい。

 自分も見ないから、相手にも見ないで欲しい。


 いつか、少しは、人と上手く話せるかなって、ぼんやり思いながら、剣を振ってきた。

 

 ――――少しも、ならなかった。

 

 そりゃ、そうだ。

 ぼんやり剣を振っても、強くなれない。

 

 だから、ぼんやり人と仲良くなりたいなあ……なんて思っても、きっと、なれない。


 剣は、嘘をつかない。

 だから、剣を振れば、剣が上手くなる。


 でも、人は嘘をつく…………気がする。

 わからない。

 お母さんや、ファシルさん。

 本当にたまに、ごくまれに、優しくしてくれる人はいる。


 でも、普通はそうじゃない人の方が……。


 いっつも、思い出す。





『…………なにアレ、きょろきょろして……子供? きもちわる』


 マガハラにいた頃の、学校の試験。

 上手く話せなくて、なにもできないまま、試験に落ちた。





 いっつも、思い出す。

 なにか、挑戦しようとすると、いっつも。


 いっつも、いっつも、いつもいつも……!!

 

 ……いやなことばかり、思い出す。


 怖くなって、逃げる。


 逃げれば、怖くない。

 

 逃げれば、成長しない。


 

「…………あとで! 恐がるのは、あとで…………っっ」



 怖い。

 恐がりたい、今。

 逃げたい、もう。


 でも……。


「ファシルさんの力になれないのは、もっと怖いよ……っ」



 ファシルさんは、どんな気持ちだったんだろう?



 友達って、どんなだろう。

 友達って、なんだろう。


 友達とケンカすると、どれくらい悲しいんだろう。

 

 知らない。

 ファシルさんは、わたしとは、友達じゃない。

 でも……。

 いつか、友達に、なれる……、かも……、しれない……。



 だから……っ!

 


「ギルナさん……っ!」


 課題のために《ウィスプ》が生息する森を駆け回って、ギルナさんをやっと見つけた。


「…………ア? ンだよ、《ブランク》。ケンカでも売りにきたか?」


「友達に…………、いえ……、」


 友達になりませんか、と言いそうになった。

 でも、やめた。

 ただ、思いつくままに話しても、ギルナさんは聞いてくれない気がする。


 聞いてくれることが、あるとすれば……。


「協力、しませんか……?」


「……はァ?」


 目を細めるギルナさん。

 やっぱり、怖い。

 でも……恐がるのは……あと!


「私、ナギサ・ハバキリです。属性もないし、魔力も出せないけど……でも、剣が使えます! ギルナさんが、魔力を貸してくれれば……。……お金……、《ウィスプ》、いっぱい取れます


「……、だから、なんだよ? 別にテメェに頼らなくても、もう十分取ったわ」


 どさっ、と持っていた袋を地面に置いて中を見せてくれる。

 そこにはたくさんの魔石が。


 ウィスプを倒すと、魔石になる。


 普通のやつなら10匹で1単位。

 レアなやつなら、1匹で5単位。


 今回の授業は、基本的に1単位取れれば合格だ。


 ギルナさんは、既に普通のを10で、合格ラインを越えていた。



「……も、もっと! 取れます! レアなのも!」

「……見返りは?」

「あげます! たくさん取れたら!」


「……」


 ざくん、と私の目の前に、剣が突き立つ。




「アタシの魔力が込めてある。やってみろよ」

「……! あ、ありがとうございます!」

「あー……、勘違いすんなよ? アタシはテメェが気に入らねえ。別にテメェに魔石恵んでもらう必要もねえ。……だから、見返りは……テメェの剣が見てえ」


「……! は、はい! 見せます、いくらでも!」


 ギルナさんの魔力が込められた剣を握る。


 気に入らない、って言われちゃった。

 ……でも、思ったより怖くないし、剣も貸してくれた。


 …………それだけのことが、今はすごく嬉しかった。



 □



 ウィスプを倒すには、コツがある。


 なるべく、ウィスプの魔力を乱さずに、一太刀で核を斬る。

 手間取ると、倒しても魔石に宿る魔力の質が落ちて、価値が下がる。


 ウィスプの魔石は、レアなウィスプのもので状態が良ければ、10万ゴルの値がつく。

 それだけあれば、王都の高級店で豪勢な食事もできれば、良い武器も買える。


 ナギサは、マガハラにいた時代に、大抵のモンスターについての知識は学んでいた。

 もっとも、彼女はモンスターとの戦いはあまり好きではないのだが……、好きではなくとも、彼女はプロの冒険者として、高ランクのクエストをこなしてきたのだ。






 つまり、ウィスプなど、倒す手段さえあれば、ナギサにとっては容易い相手だ。




「…………なんだよ、あいつ……ッ!?」


 ギルナも必死に追っているが、ナギサのスピードについていくのがやっとだった。





 実際に戦って負けた相手だ。

 強いとはわかっていたが、改めて異様だ。

 こんな身のこなしをできる者は、学園にもそういない。


(体の使い方、魔力の使い方が……、ただの基本なのに、洗練されすぎて理解できねえ技術に見える……ッッ!)


 魔力による身体強化は、誰でもしていることだが、奥が深い。

 

 魔力は出力を上げれば、コントロールが難しくなる。

 体の動きを速くするほどに、その動きに合わせることが難しくなる。

 

 つまり、高速で動く程に、その動きを強化する難度は跳ね上がる。


 それも、ただ平地を走るのではなく、障害物だらけの森の中だ。

 一歩間違えば、自身のスピードのせいで、枝に体が引き裂かれてもおかしくないほどの速度を出している。

 

 だというのに、自身の体を魔力で覆う、といった安全面での魔力を一切使っていない。

 弓矢の飛び交う戦場を全裸で駆け抜けるような、危うい狂気。


 そんな状態で、ウィスプとすれ違う度に正確に切り裂き、魔石を回収している。


(そりゃあ……勝てねえわけだ……)

 

 先日の戦いでは、《ブランク》相手だと馬鹿にしていたせいで、目が曇っていた。

 

 まっすぐに見つめていれば、よくわかる。

 単純な基本技術での隔絶を思い知らされ、ギルナは彼我の差を理解した。





 そこで、ギルナの視界を、奇異な光が掠めた。





 白いウィスプだ。


 白。その魔力の色は、特別な意味を持つことがある。


 基本の七属性、地・水・火・風・木・雷・氷に当てはまらない属性。

 光と闇。

 

 白は、《光属性》の色だ。



「…………ナギサッッ! 《ホワイト・ウィスプ》だ! ぜってえ逃がすな!」


 叫ぶと同時、ギルナは地の術式を起動。

 地面を隆起させ、土の柱で、《ホワイト・ウィスプ》の逃げ道を封じていく。


「そいつは魔力に反応して逃げる! 魔力閉じて、攻撃の時にだけ出せ! タイミングをミスったら逃げられる!」



 《ホワイト・ウィスプ》が討伐困難な超レアモンスターである理由だ。

 動きは通常種と段違いな上に、魔力察知の感度もケタ外れ。



 凄まじく、素早く、臆病。

 どこかの誰かによく似た特徴。



 捕獲したいのなら、それに特化したメンバーと装備を整えなければまず無理だ。


 それでも、ナギサならば…………。


「……クソ…………、さすがにキツいか……ッ!?」


 本来であれば、遠距離から包囲していく使い手が二人は欲しい。

 ギルナ一人は、人数も技量も足りていない。


 高速で動き回る《ホワイト・ウィスプ》がギルナが出現させた土柱を縫うように、駆け抜けていく。

 輝線だけが残り、本体を捉えることは到底叶わない、

 

 そう、思った直後。


「…………なァ……っ!!?」


 ナギサは、未だの振り放されていない。

 それどころか、距離を詰めている。


 そして。


(なんなんだよアイツ……、魔力のブレが、まったくねえ)


 通常、速く走ろう、と思えば必ず脚力の強化に回す魔力が漏れる。

 理論上、無駄な魔力のロスをゼロには出来るだろうが、現実的ではない。

 その魔力のブレ・漏れは、必ずウィスプに察知されてしまう。


 これは、人間同士の戦いでも同じことで、そういう些細な兆候が、技の『起こり』として表れ、それをもと、相手の技をかわすのは基本だ。



 ナギサのただ『走る』という動作を見て驚愕させられたが、さらにそこにステップを組み合わせることで、難度が激変する。






 《ステラ・ルクス》。


 星の光という意味で、断続的に瞬く魔力の軌跡が、星のように連なることから、そう名付けられている。

 


 言ってしまえば……ただの、基本の走法。

 

 そして、基本にして、秘奥。




(…………冗談だろ……。アタシは、今……なにを考えた……?)



 現在の人類の頂点。


 それが、魔王を倒したルミリフィア・アウルゲルミルだ。


 ギルナの敬愛する、大切な恩人。


 ギルナは自分の考えを振り払う。

 ありえない。

 

 ナギサとルミリフィアは、どちらが強いのかなんて……、そんなことは、考える必要が、あるはずがないのだ。



「やったー! やりました! ギルナさん! レアなの取れました!」


 

 《ステラ・ルクス》による高速移動と同時に、正確な太刀筋を崩さない。

 

 ギルナの驚きをよそに、ナギサは無邪気な笑顔で、《ホワイト・ウィスプ》の魔石を掲げていた。




 □





 成績発表。


 ・ギルナ 

 

 ノーマルウィスプ 20体 レアウィスプ 1体


 合計査定額 11万2000ゴル







 ・ナギサ 

 

 ノーマルウィスプ 26体 レアウィスプ(ホワイトウィスプを除く) 1体


 合計査定額 12万9000ゴル







 単位の取得すら危うかったナギサは、歴代最高の成績を叩き出した。







 □



「ギルナさん……、いえ……ギルナちゃんのおかげです!」


「ア? なに急に馴れ馴れしくなってんだよ」


「え…………、だ、だって……、さっき、わたしのこと『ナギサ』って呼び捨てに……」

「……聞き間違いだろ? 都合のいい耳してんな」


 ギルナは《ホワイト・ウィスプ》を見かけた時、興奮と、確実にナギサに意図を伝えるために、名前を呼んだことは覚えている。

 だが、とぼけることにした。


「勘違いしてんじゃねえぞ、ブランク。なんでアタシがテメェとなれ合わないといけねえんだ」

「そ、そんなぁ……、呼び捨てにしたらもう友達じゃないんですかあ……?」

「してねえ。テメェなんざダチにならねえ」

「…………、友達になってくれたら、もっとわたしの剣、み、みせて、あげようかなあ……?」

「……なっ!?」

「い、いいのかな~? み、見たくないんですか……?」

「…………。……き、きたねえ……。……クソっ……。まあ……、授業で組んでやるくらいはかまわねえよ」

「や、やった! 友達ですね!? ギルナちゃん!」

「ちゃんじゃねえよ、ブランク!」

「もう一回ナギサって呼び捨てにしてくださいよ!」

「しねえよ!」


「そんなぁ~…………。……あっ、そうだ……ほわいとうぃすぷ? なんですけど……、あれギルナちゃんにあげますよ。そ、その……パーティー組んでくれたお礼に…………、友情の、証……?」


「…………」


 ナギサの提案に、ギルナはこれまで以上に鋭い視線を突き刺してくる。




「…………ざけんじゃねえよ」


 苛立たしげな声。

 ナギサは、心臓を冷たい手で握られたように、「……ひっ……」と弱々しい声をもらした。


 また、失敗した。

 また、自分は変なことを言った。



「…………アタシがテメェを……。……おもしれえと思ったのは、そうじゃねえし……、テメェだって、そうじゃねえだろ……」




 ――――「……そ、その剣の柄も、巻いてる布も、傷があるけど、でも、補修されて……大事に、されてるじゃないですかあ……!」



 ギルナの中に、残っている言葉がある。


 ギルナがいきなり、ナギサの手を掴んだ。


「…………ひぅっ」


 ぶたれる。

 この間のしかえしをされるんだ。

 ナギサはそう思った。



「…………テメェの手柄は、テメェがこれまでやってきたことへの、正当な報酬だろ。……まあ、アタシと組んだから、ってんなら……その分は受け取ってやってもいいが、哀れみの施しなんかテメェにされるくらいならブチ殺してやるよ」


「…………え?」


 ギルナは、ナギサの手を見つめながら言う。

 

 ナギサの手。

 ボロボロの、剣ばかり握ってきて、皮が剥がれて、傷だらけの、かわいくない手を、見つめて。


 ナギサはその視線の意味がわからなかったが、ギルナが背負う、大切にされた剣と、ギルナが自分に向ける視線を見比べて、なんとなく、わかった気がした。



 哀れみはいらない。

 お金なんて、いらない。


 でも……、頑張ったことへの、正当な報酬ならば、それは良い。



 ナギサは無意識に、ファシルから聞いた孤児院の話などで、ギルナに認めてもらう手段を『お金』で考えていてしまった。


 違う。

 そうじゃなかった。

 

 そもそも、自分が彼女を、『悪い人じゃない』と思った最初の理由はなんだ?

 

 ファシルの大切な剣を破壊した、イヤな人のはずなのに。

 それだけではない、とファシルも言っていた。

 わからない。

 わからないことだらけだ。


 『友達』を作るのは、本当に、難しすぎる。


 それでも。



「…………ふ、ふへ……、えへへ……じゃあ、山分け、ですね…………ギルナちゃん!」


「ッるせえよ、クソブランク! いつまで触ってんだッ!」


 自分から握っておいて、ぱちんっ、と手をはたくギルナ。


「…………あぁーッ、またブランクってえ……、名前でえ……呼び捨てにしてくださいよぉ……友達じゃないんですかぁ…!?」


「友達ではねえよ!」







 《ホワイト・ウィスプ》


 査定額 30万ゴル


 15万ゴルずつ、ナギサとギルナで山分け。





 

 


 □



 ナギサとギルナのやりとりを、木の陰から伺っている者がいた。


「お嬢様…………、なにをしているんですか?」






「…………失敗だ…………、思ったより、仲良くなってる…………。私だってまだ、ナギサさんのこと、呼び捨てにしたことないのに………………」



 ナギサへの最初の試練は、ファシルの想定以上の結果となった。





 


 □



 アウルゲルミル寮内 図書室



 ギルナは、今あることを調べている。



 《吸血鬼》。

 ギルナの恩人である、ルミリフィアと、あの忌々しいファシルリルが倒した《魔王》の種族だ。

 魔族の最強種。

 基本七属性には当てはまらない、《闇属性》の力を操る。

 

 その中の一つに、《霊体化》というものがある。


 霊体になれば、物理攻撃を無効化できる。

 それだけでなく、対象に憑依して操ることなどもできる。


 ふと、ひっかかることがあった、


 ナギサ……あの鬱陶しい《ブランク》が、最初に教室にやってきた時。

 なにもないところに、隠れるような仕草をしていた。

 まるで、そこに誰かいるかのように。


「まさか、な……アホくせえ……」


 あの馬鹿のやることを真面目に考えても仕方がない。

  

 単純に霊体、というだけなら、ゴースト系のモンスターや、ウィスプだって同じようなものだ。



 『神器信仰』を司る《教団》は魔族を許さない。


 《吸血鬼》など、断じてその存在を許容しない。

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