14 憎悪の大地
ルミリフィア・アウルゲルミルは、孤独の夜に生まれた。
最初の記憶は、暗闇と、鎖の硬さ、誰かの悲鳴。
それが、アウルゲルミル家での、当たり前だった。
ルミリフィアは、魔力も少なく、神噐の継承権もない。
何度か繰り返した検査の結果、『限りなくブランクに近い何か』であると、そう判断されていた。
アウルゲルミルにおいて、そういう存在は、『人間』としては扱われない。
失敗作ではあるものの、そういったものから、良質な個体が生まれることもある。
つまり、もう『ルミリフィア』という個人に価値はなく、ただ次の個体を産むための道具であるとされていた。
残酷なのは、言葉や意志、常識のような、人が当たり前に備えていくものを、『検査』の過程で必要だからという理由で、中途半端に与えられていること。
だからルミリフィアは、鎖に繋がれていることの辛さを、ぼんやりと認識していた。
これは、何かおかしい。
絵本の主人公は、こうではない。
そろそろ救われるはず。
誰かが、たすけてくれないと。
お話が、はじまらない。
だれか、わたしの、ページをめくって。
お話を、すすめて。
たすけて。
わたしの、お話を、ここで終わり?
…………どうして、わたしは、『こう』なんだろう?
どうしてわたしは、役立たずなんだろう?
どうして、わたしは、生まれたんだろう?
いたい、痛い、イタイだけなら、生まれなきゃよかったのに。
暗闇と、鎖の痛み。それが、ルミリフィアの世界の全てだった。
だが、それがある時、変わり始めた。
□
「…………うっ……うう……」
初めて彼女の声を聞いたのは、泣いている声だった。
暗闇。牢獄。
ルミリフィアの世界に、『他者』が現れた。
ルミリフィアの検査をする知らない誰かは、顔を仮面で隠していて、ルミリフィアと何かを話してくれることはない。
ただ、無機質に、事務的に、接してくる。
けれど、泣いている彼女は違う。
暗闇で、姿も見えない相手だけど、それでも、気になってしまう。
同じ牢獄に入れられているだけという、奇妙な縁。
きっと、アウルゲルミルにおいて、同じ立場なのだろう。
この家では、ルミリフィアと同じ境遇の子供がたくさんいるらしい。
けれど知らない。
話すどころか、会わせてももらえない。
ルミリフィアは、自分に親や姉妹がいることを、教えてもらうことすらない。
血縁という言葉を知ってはいても、自分にそれがあるのかが、わからない。
もしかしたら、彼女は自分の姉や妹なのかもしれない。
ルミリフィアは、なんとなく、姉や妹というもの、親というもの、それらが、大切なものであるような気がしていた。
なぜなら、絵本で、そういうお話を見たことがある気がするから。
だからなんとなく、隣の牢獄の他者には、興味があった。
「…………泣いてるの?」
悲しみという概念すら曖昧のままで、ルミリフィアは、他者を求めた。
「…………あなたは、だれ……?」
暗闇から、声が返ってくる。
誰と、言われても。
ルミリフィアは思う。
わたしって、だれ?
わたしって、なに?
□
暗闇の声は、いろいろなことを教えてくれた。
「星って知ってる?」
「ほし……?」
上を見て……と、暗闇の声は言う。
小さな窓から、月光が差し込んでいる。
「光ってるの、見える? 星と……、月と……」
単語の意味もわかるし、見たこともある。
だが、ルミリフィアは、それを美しいと思うことは、よくわからなかった。
「星はね、道標なの。昔の人はね、今よりもずっと星が大事だったんだって。暗い森で。夜の海で。どこを目指せばいいからわからなくなったら、星を見るの」
それは、すごく素敵だなと思った。
ルミリフィアは、外の世界を旅するなんて知らない。
ルミリフィアの世界は、全て紙の上のインクやクレヨンと同じこと。
でも、知りたいと思えた。
星の美しさは、まだわからないけれど。
それでも、牢獄の底で、暗闇の声が教えてくれた星は、道標だった。
□
「ルミのお母さんって、どんな人?」
「知らない…………」
その質問を、ルミリフィアは寂しいと思った。
暗闇の声。
彼女の名前は、ミーティアというらしい。
「……ミーは、お母さん、いるんだ……」
ルミ。
ミー。
姿も知らない相手とのつきあいも、長くなってきた。
「うん。いるよ。大好き……。会いたいな……」
「いいな……」
「え?」
「だってわたし、知らないよ……。お母さんなんて、知らない。ずっと、ここにいるもん……」
「……会えるよ。大丈夫」
「なんでそんなこと言えるの?」
「……だって、『ルミリフィア』なんて、綺麗な名前。星の光、って意味なんじゃないかな。これを名付けた人は……、お母さんかお父さんか……、それとも違う人か……詳しくはわからないけど、あなたを愛する誰かでないと、こんなに綺麗な名前はつけられないでしょう? 名前をつけるのって、すごく大変だし、愛だよ」
「…………愛…………」
星も、親も、愛も、何も、ルミリフィアは知らない。
けれど、ミーティアの言うそれは、どうしてなのだろう。
ルミリフィアは、目から熱い何かをこぼした。
「……うっ、うぅ……」
「……ごめん、なにかイヤだった!?」
「ううん、いやじゃないよ。知らなかった、……涙って、痛い時じゃなくてもながれるんだね……」
□
それから、ルミリフィアの世界は、劇的に変わった。
ルミリフィアに、神噐適正が発見されたのだ。
これまでの待遇は、継承権を持つ者には、ありえないことだ。
検査方法が悪かったのか。ルミリフィアが特殊すぎるのか。
とにかく、ルミリフィアは、アウルゲルミルにおいての、『人間』として扱われることになった。
□
「……ずっと、会いたかったわ。今までごめんなさい……」
初めて出会ったその人は、ルミリフィアを優しく抱きしめてくれた。
彼女はルミリフィアの実の母親。
我が子を、『継承権がない』という理由で取り上げられて、助けることもできない日々の悔しさと、離れていた日々の辛さ。
何度も、検査のやり方を改めさせることを担当官に頼み込んだこと。
離れていた間、どれだけルミリフィアのために尽くしていてくれたのかを、語ってくれた。
「……僕もお前に会いたかったよ。不甲斐ない兄だけど、よろしく頼む」
その男の人は、ルミリフィアの兄だという。
母と兄。
血の繋がった家族。
クレヨンで描かれていない、本物。
あんなにも手に入らないと思っていたものの全てが、ルミリフィアを満たしていく。
□
牢獄にいた頃、そこが地獄だと思っていた。
これより辛いことなんて、もう絶対にないと、思っていた。
違った。
「やめてッ、痛い、痛い、ごめんなさいッ、やめて、やめてぇぇっっ!!!!」
叫び、
絶望、
痛み、 拷問。
ルミリフィアの目の前で、知らない小さな女の子が、血塗れになって、何度も、何度も、刃物を突き立てられていた。
「ほら、ルミリフィア、やってごらん?」
「…………え…………?」
意味が、わからなかった。
なにが、起きているのか。
「……そうか。牢獄にいたんだもんな……。無理もないか。少しずつ、覚えていこうな? ……この世界には、吸血鬼ってわるいやつらがいるんだ。そいつらは、人間の形をしていて、僕たち人間を騙す。でも、大丈夫。アウルゲルミルは、悪いやつらと戦う正義の一族なんだ。わかるかな、ルミリフィア。これはね、正義の勉強なんだ。悪いやつらに騙されない正義、おまえもできるよな?」
ざくり。
「あああああああアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………っっ!!!!! あ、、ァ……、ああァ……」
「うるさいなあ……。気持ち悪いだろ、ルミリフィア? こいつら吸血鬼は、声も、カタチも、人に似せてるし……まるで痛みや心があるように見せかけるんだ……。本当に醜悪で、卑怯で、最低だ……。だからな、騙されないように、正義の強い心が必要なんだよ」
ざく。
ざく。
ぐしゃり。
内蔵。
指。
骨。
ぼき、破砕 音。
ぐしゃ 、
「や、めて……、いた…………い……」
「静かに。今、大切なことを教えている途中だ」
のど。
「ぎゅッ、ひィ、るォ…………」
女の子が、動物が絞め殺されたみたいな、聞いたこともない奇怪な叫び声を最後に、口と喉から、噴水みたいな血を出しっぱなしにして、意識を途切れさせた。
「ほら、簡単だろ? さあ、やってみよう! ルミリフィア! 僕たちが家族になるために! きみがちゃんと、アウルゲルミルになるために! な!?」
兄は、穏やかな笑顔で言った。
ルミリフィアには、わからなかった。
これは何か違う。
おかしい。でも、それを表現する言葉や常識がない。
知らなかっただけで、これができないことが、おかしいのかもしれない。
家族って、こういうもの?
親って、兄弟って?
正しいって?
星が、見えない。
どうすればいい?
どこにいけばいい?
□
「大丈夫よ……ルミリフィア。怖くても、きっと、いつかできるようになるわ……、あなたはね、女神様の生まれ変わりなのよ……」
女神イルミール。
このノインディクサの大地を創り、吸血鬼と戦い、世界に平和を取り戻し、神噐を創って、人々が平和を守れるようにした、神代の女神。
「お母様……女神様も、吸血鬼を倒したんですか……?」
「そうよ。きっと、誰でも最初は怖いの。でも、少しずつ、慣れていけばいいの」
「すこしずつ……」
お母様の声は、安心する。
抱きしめられると、温かい。
それは、牢獄の暗闇になかったもの。
吸血鬼の血も、叫びも、怖いけど。
それでも、お母様が言うのなら…………。
□
そして、その時がやってきた。
「さあ、ルミリフィア、今日は頑張ってみよう!」
兄がそう言って、連れて行かれた部屋には、一人の女の子が椅子に縛り付けられている。
あまりにも、奇妙な光景だった。
眼球が、たくさん、落ちている。
バケツにたくさん石を集めるみたいに。
飴玉みたいに。
満天の星空みたいに。
降り始めた雨みたいに。
眼球が。
部屋中に。
「あー、これ? 再生実験中なんだ。面白いだろ? 目をえぐっても、すぐに再生して、しかもえぐった方も残るんだよ。今はこいつがどこまで目を増やせるのか、実験中。ルミリフィア。それじゃあ、100個くらい、えぐってみようか」
「…………ルミ………………?」
ミーティアだった。
暗闇で星を教えてくれた少女の目が、星空みたいに、散らばっている。
「ミー……、あなた、吸血鬼……だったの……?」
「……そっかあ……。ルミ、そっち側かあ………………」
二人は、すぐにその残酷な運命を、理解してしまった。
「……は? ルミリフィア……おまえ、このゴミのこと知ってるのか?」
瞬間。
兄が聞いたことのない声を出した。
穏やかに、絵本の読み聞かせと同じ声音で拷問をできる人が、怒りを見せている。
それくらい、吸血鬼と仲良くすることは、罪なのだ。
「意味ないだろそれじゃあ……。吸血鬼に騙されないようにする訓練なのに、なんでもう騙されてるんだおまえは……、呆れ果てるな……」
淡々と、兄はいいながら、ルミリフィアの手にナイフを握らせた。
「おまえ、優しくしてもダメなタイプか? ちゃんと躾るか? なあ? 正直よくわかんないんだよおまえ。神噐の適正が判明するのがここまで遅れるのも、異例だしさ……、でも別に、おまえに継承権なんかいらないと思うんだよね、僕は。僕と継承権を争うことになったら邪魔だしさあ……、でもお父様やお母様はおまえにも可能性を感じてるわけだろ? ほんと、めんどくさいよ……おまえ……気持ち悪い…………」
「や、めて……、兄さん……。ミーは……、ちがうの……」
「何が違うっていうんだよ、なあッッッ!!!!!?」
ざくり。
「ああああああァ…………ッッ!!!!!!」
ミーティアの、叫び。
「ルミリフィア、いい加減にしろ。おまえ、ちゃんとしろよ。できるだろ普通に、これくらい。アウルゲルミルだろ? お母様から産まれたんだよなおまえ? 本当に僕の妹か、これ? なあ……、やれよそれくらい自分で……なんなんだよおまえ……」
「やめて、兄さん……、ミーは…………」
「お母様は! ずっと泣いてるんだよ! ゴミを産んでしまってごめんなさいって、泣いてるんだよ! 理解しろよ! 役立たず! これくらいやれよ、普通に! なんでできないんだよ!? 見ろって! 傷が再生する人間なんていないんだよ! こいつら、僕たちを食い物だと思ってる怪物なんだよ! 騙されるなって! もう一回ちゃんと歴史の勉強やりなおすか!? 吸血鬼の肉体の構造か!? 何を教えれば良い!? どうすれば!! まともに!! なるんだよッッ、お前はァッッ!!?」
ふつうってなに?
ちゃんとするって?
まともって?
おやって、なに?
かぞくってなに?
愛するって、なに?
血、って、なに?
血縁ってなに?
吸血鬼ってなに?
正しいってなに?
わからない。
牢獄にいた時よりも、ずっと、何も、わからない。
「ルミ…………ごめんねえ…………、吸血鬼で、ごめんねえ…………いやなおもいさせて、ごめんね……」
たくさんのことを教えてくれた、暗闇の親友。
その姿を初めて見たのは、
ナイフを突き刺した眼球から、鮮血と涙を溢れさせる姿だった。
親友の眼球を突き刺したぶよぶよした感触が、ナイフ越しに伝わってくる。
その時。
誰かが、部屋のドアを吹っ飛ばした。
「てめぇは……ッ、ふざけてんじゃねえぞッッッ!!」
突然現れたその女性は、兄をブン殴って吹き飛ばした。
□
「こいつ、殺しておくか?」
真っ白い髪の女の人が、兄を見下ろして言う。
ルミリフィアは、首を横に振る。
わからない。
でも、怖い。
命を奪うのは、兄と同じ、バケモノになってしまう気がする。
でも、兄もお母様も、吸血鬼はバケモノだと言う。
なら、ミーティアは、なんだったの?
わたしは、牢獄で、ナニに救われていたの?
「……ごめん。……そうだな……きみはずっと、何もわからないようにされてたんだ。少しずつ、自分が何をされていたのかわかっていけばいい……」
その人は、ウルズヴィア・ヴァナルガンド。
ミーティア以外で、初めてルミリフィアを『人間』として扱ってくれた人。
□
ルミリフィアは、ウルズヴィアに救われて、ファシルリルと出会って、やっと自分が『生まれた』と思った。
自分と、他人というものを認識できた。
ミーティアに出会った時に、できたはずなのに、母と兄に全てを塗りつぶされていた。
『アウルゲルミル』での『普通』が、人類の醜悪を煮詰めたような地獄であることを知った。
ウルズヴィアによって、ミーティアは故郷に帰って、家族と再会できたらしい。
アウルゲルミルの狂気。
だが、同時に、人間は、戦う時にどこまでも残酷にならければならないことも、また事実だった。
『狂気』の、定義とは。
わからない。なにもかもが。
「……誰も、正しくなんかないさ。ただ、殺すか、生かすか、そういうことの、どちらが好きか……。アウルゲルミルは、魔族を殺して成り上がった一族だからな……。そうならないといけなかった、ということも……少しずつ、歴史とか、そういうのを学んでいけばいい。……なにが好きか。ルミリフィアも、いつか、自分で決めたらいいんだ」
ウルズヴィアは、いつも優しかった。
『こうしろ』『これが正しい』『これが普通だ』とは、彼女は言わない。
ファシルリルのことは、最初は怖かった。
ルミリフィアが魔術を教えたとおりにできない度に、少し怒っているのが、わかってしまうから。
それに対して、ウルズヴィアは言う。
「あいつもまだまだガキなんだ……。なんでもすぐできる天才って、自分のこと思ってるからさ」
仲良くなれるだろうか。
不安だったが、けれど……、一度認めてくれてからは、ファシルリルのことが、大好きになった。
ファシルリル。
るーちゃんは、厳しいけれど、それだけ『強さ』に真剣なのだ。
母であるウルズヴィアのように、誰かを守れる勇者になりたいと、いつもそう思っている。
それは、同じ神噐を継承していく在り方なのに、アウルゲルミルとはまったく違う。
憎しみを刷り込むのではない。
子供であるファシルリルが、自ら神噐を求める。
その在り方を、ルミリフィアは尊いと思った。
ミーティアのいう、親子というのは、きっとこれのことだったんだと、やっとわかった。
少し、胸が痛む。
自分は、違う。
自分は、愛されて生まれてない。
□
それからまた月日は経って。
ルミリフィアも、ファシルリルも、神噐を継承し、いよいよ《魔王》との戦いが始まるという時。
ファシルリルは、『魔王を倒した後の時代』のことを、懸念していた。
人類同士の争い。
それを止めるために、神噐の新しい在り方を探す。
ルミリフィアは、それに協力すると、約束した。
神噐信仰。
その歪みは、地獄を生み出す。
継承権がなければ、牢獄へ。
吸血鬼を実験動物として扱う。
アウルゲルミルの狂気は、信仰と一体になっている。
それは、絶対に許すことはできない。
吸血鬼を憎むだけではない。
そして、人間の価値を、神噐が決めつけることのない。
そういう世界が、欲しかった。
ヴァナルガンドで暮らしているうちに、ルミリフィアにも、心の余裕ようなものが、できていた。
他者を。そして、広い世界を思える。
そうなると、ルミリフィアの願いは、自身を苦しめたあの地獄と同じものが生み出されない世界だ。
そして、その願いは、ファシルリルと同じだった。
本当に、嬉しかった。
自分を救ってくれて、自分を導いてくれる。
星のように、気高く、尊く、美しい人達と、同じ志を持てることが。
『役立たず』『ちゃんとしろよ』『普通になれよ』
もう、自分を嫌いにならなくていい。
そして、同じように苦しんでる人、同じように救いになりたい。
誰かにとっての、救いになりたい。
ルミリフィアは、そう思えるようになっていた。
□
そして、残酷な決裂が訪れる。
魔王との戦い。
その決着の瞬間、魔王の攻撃からかばってくれたファシルリルを貫く刃。
再生していく、ファシルリルの肉体。
ルミリフィアの脳裏には、地獄が鮮明に蘇っていた。
ミーティアの眼球をナイフで突き刺した感触が、鮮明に。
口から、肉体のすべてがぐちゃぐちゃに溶けだしたのかと思うほど、気持ち悪かった。
ファシルリル自身を嫌悪したのではない。
自分がもう絶対に、あの地獄の記憶を消せないことを、確信した。
そして、ファシルリルは、嘘をついていた。
ウルズヴィアが魔王に敗北した時から、彼女は、ずっと、嘘をついていた。
ウルズヴィアの意志を継いで、吸血鬼になる。
それはいい。
その力が必要ならば、使えばいい。
だが、なぜそれを自分に隠した?
ずっと、家族だと、思っていたのに。
頼りない?
信用されてない?
傷つけたくない?
アウルゲルミルだから、吸血鬼を憎むと思った?
許せなかった。
同じになれたと思っていたのに、遠ざけられていた。
結局、また、これだ。
ルミリフィアは、そういう星のもとに生まれたのだろう。
これが、運命なのだろう。
家族に愛されていないことなど、序の口だったわけだ。
誰にも愛されないのが、ルミリフィア・アウルゲルミルの呪いの本質なのだろう。
それでもいいと思った。
誰にも愛されずとも、ルミリフィアにも愛せたものがあったから。
ミーティアと、ウルズヴィアと、ファシルリル。
せめて、自分の愛だけは、貫きたい。
「るーちゃんの、…………うそつき」
「るーちゃんの願いは、私がもらうから。るーちゃん……ううん。
……ファシルリル。あなたはもう、なにもしないで」
□
結局、そのあとはひたすら、ルミリフィアは自分の選択が正しいと思った。
世界を浸食した、魔族への憎悪は、もう消えない。
ファシルリルの言う、『神噐信仰』を終わらせて、人と魔族が争わない世界など、絶対に不可能だ。
なにより、あの日のミーティアを突き刺した感触を消せない自分が、一番よくわかる。
ただ、怖い。
あの日の、あの目が、怖い。
一度植え付けられたものは、もう消えない。
同じことだ。
女神が救ってくれる。そんな信仰。
吸血鬼は、人に仇なす怪物。そんな恐怖。
人間は、変われない。
人類は、変われない。
だったらそれでいい。
変わらないまま、固定して、支配して、力で押さえつければいい。
兄と母は、アウルゲルミル家の中でも、特に過激思想を持っている派閥の者達で、ウルズヴィアによって、今後魔族に手出しできないように、魔術的契約を結ばせている。
しかし、その程度では何も変わらない。
あの程度、このノインディクサの大地に染み込んだ憎しみの、ほんの一滴。
ファシルリルの言う、甘い幻想なんて、絶対に信じられない。
だから、全部、自分がやる。
力で、神噐を奪い取る。
争いなんて、させない。
人と魔族は、徹底的に分断する。
絶対に、分かり合うことなんて許さない。
半端に歩み寄れば、おかしなやつらが争いを始める。
それが、人間だ。
すべて、忘れればいい。
魔族がいたことなど、忘れてしまえばいい。
それが、ルミリフィアが願う、ミーティアに捧げる平和の在り方だ。
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