11 『ちゃん』じゃねえ
ナギサがルミリフィアによって、刀を砕かれたあの戦いから、数日後。
ナギサは、表面上は、いつも通り学園生活を過ごしていた。
横には、ギルナがいた。
教室の、ナギサの席。
そこへギルナがやってきて、実習前などにどういうフォーメーションで、どんな連携でいくか……という打ち合わせをするのが、いつものやり取りになっていた。
――ギルナ・フィローギュ。
出会いこそ、ファシルの工房にある剣を破壊するという最悪の形ではあったが、今では実習でパーティーを組んでいる仲だ。
それが、一般的な『仲良し』であるかは、判断が分かれるところではあるが。
「…………、ブランク。やっぱ、おまえ……その、なんだ……」
いつもより、元気のなさそうなナギサに、ギルナは珍しく心配するような素振りを見せる。
「ブランク……じゃないです、ギルナちゃん……」
「……『ちゃん』じゃねえよ、クソブランク」
「……くそって……。ひどい……ギルナちゃん」
「……。ハバキリ」
「ええ~……? 名前ぇ……」
「……ナギサ。……ンだよっ、おまえ、ホントは元気か?」
「…………元気……ではないかもです……。ギルナ……」
そりゃあな……、とギルナはそれきり、言葉に詰まる。
ギルナもあの場にはいた。
ルミリフィアを応援していたし、ギルナは常にナギサやファシルの『ヴァナルガンド寮』とは敵対している『アウルゲルミル寮』側だ。
難しい立場だ。
どうせルミリフィアが全ての寮を支配するのだから、どれだけナギサが敵対しようが、これから下につくことが決まりきっている相手でもある。
だから、ナギサ個人と、クラスでまで敵対したりする必要性を感じない。
寮同士の争いを、他の場で持ち込むかは個人の裁量ではあるが、大抵の生徒は、敵対している寮の生徒とつるむことはない。
――――そして、所属する寮のことを抜きにしても、慰めてやる義理は、微塵もない。
『ほら見て~、《ブランク》いるよ……』
『あんなことあっても学校これるんだー』
『《没落姫》と《ブランク》で、ルミリフィア様に楯突くってマジだったんだね』
『田舎者って常識しらなすぎじゃない? ウケるね』
休み時間。
教室の隅からナギサを見ながら、聞こえてしまうくらいの声で、話している女子生徒達。
ナギサは怯えた顔で、声をひそめる女子生徒達から目をそらす。
ギルナには、理解できない。
あんなやつら、ナギサがその気になれば一瞬で黙らせられるのに、なにを怯える必要があるのか。
本当に、こいつは理解できない…………と常々、ギルナは思う。
助けてやる義理はない。
慰めてやる義理はない。
そして、
ギルナは、
いきなり、
――――――ガァンッッッ!! と、激しい音が教室に響く。
ギルナが椅子を蹴り飛ばして、話していた女子生徒達の近くの壁に激突した。
「――うるせえよ、てめぇら」
「……は、はあ……? なに、なんで……、そいつヴァナルガンドでしょ。フィローギュさん、アウルゲルミルなのに……」
「……そりゃつまり、てめぇ――――お姉様の意志に背くってことか? 確かに、こいつはお姉様に楯突いた以上、これから裁かれる。……だがなあ、お姉様による《決闘裁判》の前に、てめぇらの都合で、勝手にこいつを裁くってんなら……、そりゃてめぇら……、お姉様よりも、偉いつもりか?」
「……そ、そんなわけ、ない……、です…………」
それだけ言って、女子生徒達はそそくさと去っていった。
「ザコが……コソコソやるしかできねーやつがイキってんじゃねえぞ……」
「ななななァッ……、なァにしてるんですか、ギルナぁ!?」
「いィーんだよ。こういう時のためにアタシは事前に反省文を書きためてある。当然、『椅子を蹴り飛ばしてしまいすみませんでした、もうしません』ってパターンの文章も用意してある」
「…………反省してない!? じゃなくてぇ……! な、なんで……わたしのために……」
「うぜえ勘違いやめろ。アタシの話聞いてねえのかよ。お姉様がナメられるのを、アタシは許さねえってだけだろ」
「…………でも……、ありがとう、ございます……」
「……チッ。わかんねえやつだな……」
ギルナはいつも、ナギサの気持ちを素直に受け取ってくれない。
でも、『素直』でないだけで、いつも彼女の中にある『筋』を通してくれているような気がする。
□
『少しつき合えよ、ブランク』『いいですよギルナちゃん』『あァ? ちゃん?』というやりとりのあと、ナギサとギルナは、放課後に、二人で闘技場の予約を入れた。
木刀での稽古。
防護術式を使っての、軽い打ち合い……だが、ナギサはギルナを執拗にボコボコにしたので、『いい加減にしろやっ!』と怒られた。
「……ギルナから誘ってくれたのに……」
「別に、これは本題じゃねえ」
「本題?」
「…………、ナギサ。おまえはまだ……戦えるのか?」
「……え?」
どうしてギルナがそんなことを聞くのか。
それも疑問だが、それよりも。
ナギサは、すぐに『戦える』と答えられないことで、自分にまた少し失望した。
「…………わからないん、です……。学園にきてから、はじめてのことばかりで……。周りの人、バカにされるのも、はじめてで……」
「うそつけよ」
「……う、うそなんて……! ギルナには、わかんないですよ……っ!! いつも、強い、ギルナには……!」
「………………アタシもさ、怖かったよ」
「……え?」
「……アタシの生まれは、魔族と人の領域の、境界に近くてさ……。アタシは、戦場の近くに捨てられてたらしいんだ」
「…………っ!」
言葉に詰まるナギサに、ギルナは柔らかく笑う。
ナギサも悲惨な話は聞き慣れているが、しかしギルナの意図がまだ掴めない。
なぜ、そんなことを話してくれるのだろうか。
ギルナは、ナギサが『かわいそう』だの『大変でしたね』だの、同情もしてこなければ、悲惨さに表情を歪めることもないことに、少しの驚きと、納得を感じていた。
ナギサには、そういう底しれないところがある。
「……ああ、別にビビらせてえわけじゃない。まあ、聞けよ」
でさ……、とギルナは続ける。
「アタシは、アタシを産んだ親を知らない。魔族に殺されたのか、人間に殺されたのか……まあ、どうでもいい。で、拾ってくれた親代わりもクズでさぁ……。毎日蹴っ飛ばされて、ゴミとか、死体とか漁って、食い物盗んで奪って……。こんな生活、そのへんで死んでる犬猫の死骸と、アタシって何が違うんだろうって、いつも思ってた」
「…………変わったのは、魔術の才能があるってわかった時だ。スラムのガキまとめて、冒険者やってさ……。最初は上手くいってたんだけど、ダンジョンのナワバリとか、そういうのにうるせえ大人にボコボコにされて……。もう殺されるって時に、お姉様に拾われたんだ」
「……アウルゲルミルに入れてもらえたのはアタシだけだけどさ。地元のやつらも上手くやれるように、お姉様はよくしてくれて……、みんな食いっぱぐれねえで元気でやってんだ。…………あー、なにが言いたいかっていうと……。アタシはお姉様が大好きで……。魔族も、人間も、クズなやつはクズだから大嫌いで……、アタシには結局、お姉様しかいねえんだよ。だから……アタシが信じてるのは、女神じゃなくて……お姉様だけなんだ。こんなこと、誰にも言えないけどな…………」
――――ナギサは、わからなくなる。
ギルナは、さっき、ナギサのために怒ってくれた。
けれど、ギルナは、ルミリフィアを慕っている。
敵、味方。善と、悪。
どれもまったく、綺麗に分かれてはくれない。
「……本当は、おまえと組んでるのも、お姉様の命令なんだ。お姉様は、おまえをこっちに引き入れたい。神器ってのは、斬り合いが大事だろ? だから、こっちではマガハラの剣術ってのは、機密事項で、誰も知っちゃいけねえんだ。……おまえ、実は機密事項の塊なんだぞ?」
「……そ、そうだったんですか……? じゃあ、仲良くしてくれたのは……」
「仲良くはしてねえよ。……それに、別におまえの前で演技とかできてるわけじゃねえんだ。つーか、しなくてもおまえが寄ってくるから、アタシもよくわかんねえよもう……」
ナギサを引き抜くために近づく。
そういうシナリオが、ギルナにはあったようだが、ナギサの方が近づいてくるのだから、ギルナも接し方がわからなくなる。
「…………で、……結局、何が言いたいかっていうと……」
ギルナの握った手が、震える。
喉に詰まった言葉を、無理矢理吐き出すように。
苦しそうに、それを口にした。
「…………お姉様を、助けて欲しいんだ…………」
「……え?」
「わけわかんねえかもしれねえけどさ……。ずっと、苦しそうなんだ。隠してる、つもりなんだろうけど、でも、アタシはお姉様が泣いてるのを、聞いちまった。どう考えても、おまえに頼むことじゃねえ。意味わかんねえのも、わかってる。でもさ……、アタシじゃ……ダメなんだ……」
ギルナの握った拳に、涙が落ちる。
「ファシルリルの工房のことも、謝るよ……。とにかく、早く、ファシルリルが折れてくれればさ、それで全部終わると思って、焦ってたんだ……」
ボロボロと、大粒の涙をこぼしながら、
ギルナはひざまずいて、額を地面にこすりつけながら続ける。
「アタシはアウルゲルミルの立場から動けないし……今の立場でこんなこと頼むのは絶対におかしい。都合がいい、虫がよすぎるのも、全部わかってる。……でもよ……。……ナギサ、おまえがお姉様を倒してくれれば……きっと、お姉様は、少しは楽になれるはずなんだ」
「…………倒すだけじゃ、ダメです」
「……え……?」
ナギサの言葉に、戸惑うギルナ。
ナギサは、ずっと迷っていた。
敗北。
砕けた刀。
自分の存在意義。
ルミリフィアに、勝つことができるのか。
自分の中に芽生えた恐怖を、乗り越えることができるのか。
――――できる、だろうか?
できる。
できるに決まっている。
なぜならば。
そもそも、だ。
自分はなんのために、この学園に来た?
何をしたかった?
それは――――――。
「…………倒すんじゃない。ちゃんと、思いっきり戦って、お話しないと……。そうしたら、ルミリフィアさんのこと、わかるかもしれないです。…………今の、わたしと、ギルナちゃんみたいに……」
その言葉を聞いた瞬間。
ギルナの目は大きく見開かれて、溢れる雫を止められなくなる。
「…………ありがとう……」
「…………ギルナちゃんこそ、ありがとうございます。わたし、どうすればいいか、わからなくなってた。でも…………思い出せました。わたしは、この学校の人と、仲良くなりにきたんだって。お話して、仲良くなるために……」
「……そっか。……すげえな、おまえ……」
目元をぬぐいながら、ギルナは笑う。
「あー……、あとさ」
「はい?」
「『ちゃん』じゃねえよ」
「ええ~…………!?」
□
ギルナのお願い。
ルミリフィアの抱えているもの。
わからないことだらけだが、それでもいい。
考えるのは、あとでいい。
やるべきことは、見えた。
では、次はどうするか?
――――――今の気持ちを、ファシルに伝えよう。
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