4 バトル! 神器! 最強!
――「……なら、こうしよう。キミはもう少し、私や、この学園のことを知る。答えを出すのは、それからでも遅くないはずだ」
まずは学園のことを知ってから。
『ファシルに協力したい』というナギサに対して、ファシルが出した条件。
学園を知ること。
それをさらに具体的にして――『友達を作ること』。
ナギサに敵意を向けるギルナと同じクラスになるというアクシデントもあったが、それでもナギサは恐怖を乗り越えて、ギルナとの関係を築いた。
ギルナ本人は、決して『友達』などと認めはしないだろうが、それでもファシルとしては合格としか言いようがない。
つまりは――……、
「おめでとう。……そして……、改めて、ようこそ! 我らがヴァナルガンド寮へ!」
高らかに言うファシルに、「わーっ!」と拍手するナギサ。
「『我ら』……、といっても、二人が三人になっただけですけどね」
ぼそ……、と冷たくこぼすメイドのレミア。
「やかましい。ナギサさんが仲間になったことがめでたいのは変わらないだろう」
「……それは、はい。めでだい、かと……ぱちぱち……」
レミアは頷くと、無表情のまま拍手をして、ナギサを称える。
「ふふ、ふへ、へへ…………レミアさんもありがとうございます……っ」
顔が緩みまくるナギサ。
「入寮自体はとっくに認めていたが、一緒に戦うかとなると別だ……でも、ナギサさんの覚悟は受け取った。……なんというか……、七家の中で一番厳しい状況ではあるが……よろしく頼むよ」
「…………、滅亡……、寸前ですものね、この寮」
「…………え!? 滅亡…………!!?」
レミアがさらっと告げた言葉に、ナギサは驚愕する。
ファシルに認めてもらった喜びもつかの間、衝撃の事実であった。
「……あー……その…………。ギルナがこちらの《神器》を狙っていただろう? 実はあの時、かなりのピンチでね……、あのまま《神器》が奪われていたら、そのまま《ヴァナルガンド寮》は、《アウルゲルミル寮》の傘下となって、実質取り潰し……ってわけだ」
「そ、そんな……。そんな理不尽なこと許されるんですか……?」
「そうだなあ……。例えば、A国とB国という二つの国があったとして、B国の軍隊がすべてA国に奪われてしまったとしたら、どうなるかな?」
仮定としては、あまりに馬鹿馬鹿しいだろう。
だが、その常識で考えられないことが起こり得るのが、《神器》を巡る争いだ。
「戦う力を奪われてしまったら、全部、奪われてしまいます……おいしいご飯も、綺麗な宝物も、全部……」
「……うん。その通りだ」
ファシルは少し驚く。
ナギサは仕草・言動こそ幼いが、こういう物の道理に対しては聡いように思える。
幼さと、冷徹さがチグハグなのが、彼女の不思議なところだ。
「……アルゲルミル寮は……。いや……。あの女は……、ルミリフィアはね、確実に全てを奪い尽くすつもりなんだ。私の願いは、あの女には邪魔だからね……」
珍しく、ファシルの言葉をスムーズに紡げない。
いつもつっかえながら話すナギサに対して、常に流麗に言葉を紡ぐファシル。
けれど、『ルミリフィア』は、何かファシルにとって、特別なようだ。
「……あいつはね……。ルミリフィアは、私から神器を奪おうと思えば、すぐにでも奪えるんだ」
「そう……だったんですか?」
ナギサは不思議に思う。
だが、考えてみればそうだ。
既に聞いている話の中では、『ファシルはルミリフィアに負けた』というところまでしか聞いていない。
その時点で、神器が奪われていれば自然な流れだが、まだ《氷の神器》は、ファシル側にあるという。
「……あいつは、私の心を折って、私を屈服させて従えようとしている。そうすれば、神器の使い手も、支配下におけるからね。神器だけ奪って、使い手の方はゼロから育成するよりも、上手い手段ではあるよ…………」
神器使いの育成。
確かに、どれほど強力な武器だろうが、使い手が素人では宝の持ち腐れだ。
「……ただし、あいつは大きなミスをした。それは、私が諦めない、ということと、そして……」
ファシルは、まっすぐにナギサを見つめる。
ナギサも、いつもきょろきょろさせている視線を、勇気を出してファシルに合わせる。
ファシルの蒼天のような瞳がナギサを射抜きながら。
はっきりと、告げる。
「……こちらにナギサさんがいるということを……計算に入れていないという、大きなミスさ」
「…………それって……、じゃあ……!」
「ああ。本当に危険な戦いになる。それでも、きみに覚悟があるのなら…………、」
「やっっっっっったああ~~~~~~~~!!!!!!」
「!?」
「バトル! 神器! 最強! 楽しみすぎます!」
「えぇ~~~………………? ナ、ナギサさん……?」
突然のテンション爆上がりのナギサに、目を丸くするファシル。
神器を恐れていないことには以前から疑問視していたが、そこも通り越している。
心から、神器との戦いを楽しみにしている。
神器の強さも、信仰にも、何も恐れていない異常性。
「……そもそも! 私は最初から、神器と戦いたかったんです! 危険とか、怖いとか、そんなのあるわけないじゃないですか! 震えた太刀筋じゃなにも斬れない! なにも伝わらない! そんな刃を重ねることは、本当の勝負じゃないんですよ!? 本当の勝負は! もっと、こう……メラメラっ、ぐぁぁあ~! って、するん……です!!」
キラキラと目を輝かせながら、独自の主張を話し始める。
ファシルは思う。
(……この子、こんなキャラだったっけ……!? いや、最初からこんなキャラだったな……!?)
気づくのが遅れたが、ナギサは、ギルナ自体を恐がっていても、ギルナとの戦いを恐れたことは一切なかった。
あれは『武器を破壊されたことへの怒り』が恐怖を越えていたのかと勘違いしていたが、そうではない。
ナギサの戦いへのスタンスは、何か常人から根っこから違う。
好きなことで早口になるのは趣味人のサガではあるが、普段からおどおどしている彼女が斬り合いのこととなると、人が変わるのは怖い。
怖いが……、頼もしい。
「と、ともかく……。これからよろしく頼むよ……ナギサさん」
「……あっ」
「ん?」
「……わ、わたし……、ギルナちゃんに、《ブランク》って呼ばれるんです」
「それは……、ひどいな」
《ブランク》は蔑称。やはり、敵対した相手とはすぐに上手くいかないのだろうか。
「…………わたしは、ギルナちゃんって、呼んでるし、ギルナちゃんは、『ちゃん』って言わない人だから……、あだ名とか、呼び捨てがいいのに……、照れ屋さんなんだと思うんです……」
(あれ……これ違うな。なんだギルナのやつ……。というか許せないな、ナギサさんから呼び方の希望を出されるなんて、ギルナなのくせに…………)
そこで、ファシルが、カッと目を見開いた。
「……ナギサ」
「…………!!!!!!!!」
「これからは……、ともに戦う仲間だからね……ナギサ」
ファシルは拳を突き出す。
「……は、はいっ! ファシル先輩っっっ!!!!!」
とん、と。
ナギサとファシルは、互いに握った拳を付き合わせた。
□
その時、ファシルはこう思っていた。
……ざまあみろ、ギルナ! なにがクラスメイトだ!
ナギサを先に呼び捨てにするのは私だ!
お前なんかにナギサは渡さない!!
……と。
□
「ところで……、私はナギサに謝らないといけないことがあるんだ」
ファシルがそう切り出した時だった。
「わたしも、先輩に謝らないといけないこと、あります……」
「……なんだい?」
「ミーちゃん……《ミタマ》。この刀のことなんです」
「……おや。私もそれについてなんだ」
「……え?」
「実習の時も困っていただろう? キミの刀の抱えている問題、私なら解決できる」
「……本当、ですか!?」
《ミタマ》の問題。
この刀は、ナギサが抱える『体外へ魔力を放出できない』という欠点を補ってくれる機能がある。ただし、魔力のコントロールが難しく、手加減ができない。
ファシルはそう聞いていた。
「じ、実は……、先輩に前に話したこと、少し、嘘があるんです」
「嘘?」
「……はい……。手加減ができない、というのは嘘で……、本当は、『呪い』があるんです」
「……呪い?」
なにやら物騒な言葉が出てきたが、それ自体はよくある話だ。
大きな代償を支払って力を得る武器。
リスクを負う程に強大な力を得る、というのは魔術の基本。
「この刀は、その刃を抜いたのなら、必ず目の前の相手を斬らないといけないんです。これは、機能として、対象の魔力を吸い取って、刀に内包された術式を動かす魔力にしているというのもあるんですけど……、もう一つの意味があって……」
ナギサが言いよどむのは、いつものように焦ったり怯えているのとは違う理由だ。
敵意……のような。
ナギサはその刀を……《ミタマ》を大切にしているはずだ。
だが、同時に憎んでもいる。
そんな複雑な感情を滲ませている。
「…………刀は、相手を殺すためにある。そういう信念を込めて、この刀は作られていると思うんです。でも、わたしは……それが許せない。刀は……殺すためにあるんじゃない。自分を、研ぎ澄ますために。誰かと、繋がるために、刀は、ある……、絶対に……そうなんです」
ぎゅっと拳を握り、目の前においた刀を睨むナギサ。
いつもの怯えた態度ではない。
ハッキリと、彼女の瞳には強い意志が宿っていた。
「……そうか。ずっと、キミは私と同じところを見据えていたのか……」
「……はい。そうなんです」
ファシルの言葉に、頷くナギサ。
ファシルが《神器》が人間同士の争いに使われることを危惧して、平和を訴え、その理想は何も叶わずに、敗北した。
ナギサはずっと、ファシルの甘すぎる理想に賛同してくれていたのは、彼女もまた、『武器の在り方』に対して、同じ考えだったからだ。
むしろ、ファシルの思想よりも、ずっと広いといえる。
ファシルはただ、神器の在り方だけを考えているが、ナギサは、『武器という概念』そのものの捉え方が、異なっている。
『刀は斬るためではなく、繋がるためにある』。
つまりは、剣術を『殺し』の技術ではなく、技術を競い合う際に生まれる他者との繋がり、そのためのコミュニケーションの道具である……というような定義だろうか。
ファシルもまだ全容を掴みかねているが、変わった思想だ。
マガハラ独自のものか……、それとも、ナギサ独自のものなのか。
「……友達が、欲しいんです……。わたしが、本気で斬っても、斬れない、友達が……」
物騒では、奇異な響きの言葉だが。
それでも、切実な願いからこぼれる言葉であった。
「…………ああ。あいつらは……、彼女たちは、斬りがいのあるやつらだよ」
ファシルはかつて、現在の《勇者》であるルミリフィアとともに《魔王》を倒すためのパーティーに参加していた。
そこには他の5人の神器使いも参加している。
だから、他の神器使い達のことも知っていた。
――――「……楽しいよ、しーちゃんと、一緒だから……」
――――「なにしてんだよッ、るーねえ! 早く来いよ! こっちで勝負しようぜ!」
――――「ファシルリル。こっちの魔道具も試さないか? ……フフ、ヤバい副作用があるくらい気にするな。いつものことだろう?」
――――「りるりるー! あっちに超デカい魚いるって! 捕まえて食おう!!」
――――「りるちゃーん。あんなガキども放っといて大人の遊び、しよ?」
――――「こーら。みんなりるちゃんを困らせないの。今日は訓練のためにきたんでしょう?」
――――いつかの、遠い、青い夏を思い出した。
まだ、他の神器使いたちとも関係は良好で。
魔王を倒すための、厳しい修行の日々だけれど、みんなとなら乗り越えられて。
ファシルは神器使いたちのリーダーのような存在で。
…………、魔王を倒して、全部が、壊れた。
自分が壊した、戻らない夏を想う。
自分は、大切な人たちを傷つけた。
だからもう、誰かに頼ることを、自分に許すことができない。
それなのに。
また、求めてしまう。
本当は、こんなのはいけないことなのに。
ナギサがあまりにも魅力的だから、決め事が、壊れていく。
もう誰とも、近づいちゃいけないはずなのに。
いけない、はずなのに。
「…………ナギサ。私だって神器使いだ。……《ミタマ》の呪いを解決できたら、最初に戦う神器使いは……私でもいいかい?」
「……いいん、ですか?」
プレゼントを与えられた子供のように、目を輝かせるナギサ。
「もちろんだ。安心してくれ。力を奪われても、神器の本質となる技は、まだ使えるんだ。……では、その勝負を、私たちの『試験』としようか」
「……、たち?」
「……キミの剣術と、私が創る刀。二つ揃って、この世界の最強の神器を倒すというバカげた夢が実現すると思うんだ。それを試すには、ぴったりだろう?」
「…………はいっ! やりましょう! 絶対……、良い勝負、します!」
良い勝負、ときた。
世界を救う。
そんなことよりも、彼女にはきっと『良い勝負ができる相手』の方が大事なのだ。
彼女は、可能性だ。
これまで想像したこともない未知の在り方、強さ。
世界を変えるのは、こういう異端だ。
ファシル自身、それなりの異端である自覚はあるが、ナギサの前では霞む。
彼女という可能性を、正しく活かすのが、自分の役割なのかもしれない。
(…………、ルミリフィア。お前も、私も間違っているんだよ。本当に世界を救うのは……きっと、ナギサだ)
きっとこの時、全ての運命は始まった。
最高の剣士を目指す少女。
最高の鍛冶師を目指す少女。
二人の歯車は、がっちりと噛み合った。
歯車は、回る。
幕が、上がっていく。
世界の全てを変革する――――、神と刀の物語の幕が。
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