2 人類の、裏切り者






 ――「……聞いてくれるかな。私が、キミを呼んだ、本当の理由を」






 そして、ファシルリルは語り始める。


 ファシルリルを狙った少女――ギルナは、《アウルゲルミル寮》の所属。

 寮長であるルミリフィア・アウルゲルミルは、十七歳にして、《魔王》を倒し、人類を救った正真正銘の《勇者》だ。

 その《勇者》が、どうしてファシルリルを狙うのか?

 

 なぜファシルリルが、人類を裏切らねばならなかったのかを、彼女は語る。



 □



 ファシルリルは、かつてルミリフィアと共に、世界を救った。


 《氷》の神器使いであるファシルリル。

 《土》の神器使いであるルミリフィア。


 二人は幼い頃から、共に育ち、競い合い、同じ使命を背負った者同士互いを信頼していた。

 二人なら、世界を救える。

 お互いのことを、何より信頼している。

 だから、世界を救えた。

 ファシルリルと、ルミリフィアは、二人で《魔王》に挑み、勝利した。

 二人は、世界を救ったのだ。

 それなのに。

 いいや、だからこそか。

 『世界を救った後』のことを、考えていなかった。

 《魔王》という脅威が去った後、《神器》という強大な力があることの恐ろしさ。


  七つの《神器》。


 《神器》は、同じ《神器》でなければ倒せない。




 結局――《魔王》が七体残っていることと、何も変わらないのだ。




 世界は平和になっていない。

 いいや、むしろ悪くなったとさえ言える。

 《魔王》を倒して、やっと気づいたのだ。

 あまりにも皮肉だが、人類と《魔王》が拮抗していて、やっと世界の均衡は保たれていた。

 だがしかし――人類は、強くなりすぎた。

 なぜなら《魔王》を倒してもなお、七つの《神器》が健在なのだから。

 《神器》は、《神器》以外のもので倒すことができず、単独で世界を滅ぼす力を持つ。


 ――こうして、人類は一触即発の睨み合いに突入する。


 ファシルリルは、その状況を解決しようとした。

 《神器》の使用を制限し、『平和的な使用法』のみに限定するという条約を、『七家会議』で提案しようとした。

 七つの《神器》は、七つの家で管理される。

 その提案は、七家全体――さらには人類全体に恩恵をもたらすはずだった。

 しかし、その案は、《七家会議》で議論される前に潰された。

 ルミリフィア・アウルゲルミル――ファシルの親友でもあり、姉妹同然に育った彼女は、『神器信仰』を司る教団の聖騎士でもあるのだ。

 《神器》の利用法を変えるなど、教義に反する。

 そんなことは、絶対に許されない。


 こうして。


 ファシルの平和のための願いは――、人類への、裏切りとされた。



 

 □


「……お、おかしいですっ……! ファシルさん……、正しい、こと言ってるのに、『裏切り』なんて、変ですよ……!!」


「……でもね。私は正しくなんてなかったんだ……。ただ、甘く、愚かなだけだった」

「……平和を願うことがですか……? みんなを幸せにしようとすることが、どうして……?」

「まず、彼ら……《神器》を絶対のものとして信仰する者たちにとっては、私の発想が『

正しくない』。そして……、私は彼らを説得する力もなければ、ねじ伏せることもできない。ほらね? 甘いだろう?」


「…………それは……。そうなんでしょうか……?」


 膝においた拳を震わせるナギサ。


 目の前の現実が動かないことはわかっている。それでも、納得ができない。そんなやり場のない思いが、震える手に滲んでいるようだ。


「……例えば……キミの大切なもの……その刀を、鋳潰してナイフとフォークを作ろう……なんて言われてたら、どう思う?」


「……え……、イヤ、です。ミーちゃんは大切なので……ご飯は、お箸で食べます……」


 ぎゅっ、と鞘に収まった刀を強く抱きしめて言うナギサ。


「だろう?」

 お箸……? と思いつつ、話を進めるために、ファシルは本題を進める。


「私は、彼女の『信仰』を踏みにじったんだ。そんなつもりがなくとも、彼女は私を許さない……、でも、私だって、『神器信仰』が争いを生むのなら、それを許すことなんてできないんだ。二つの『大切』があったら……、自分と相手の『正しさ』が重なったら、あとはもう、戦うしかない。……そして私は、一度ルミリフィアに負けてるんだ」


「負け……って……、まさか、《神器》同士で……?」


「……ああ。私の氷の《神器》と、ルミリフィアの土の《神器》。……教義で禁じられているから、バレたら大問題だ。……このことは、内密にね」


「……は、はいぃ……っ、言いません……」


 ばっ、と両手で口を抑えるナギサ。


 先程から、世界を揺るがす恐ろしい秘密が大量に出てくる。

 それもそのはず。なにせファシルは世界を滅ぼす力を持ち、その喧嘩相手のルミリフィアも世界を滅ぼす力を持つ。

 その二人は魔王を倒し、世界を救ったが、喧嘩してしまった。

 おかしな話だ。

 小娘二人の喧嘩に、世界の行く末が左右されている。

 《神器》という、個人と世界を並べてしまう力の歪さ。

 その歪さこそ、ファシルが戦う相手だが……。




「……正直に言うと、こんな危険なことに、誰かを巻き込むつもりはなかったんだ」


「…………へ?」


 ナギサは、ぽかーん……と目と口を開いたまま硬直した。



「偶然なんだ。私がアウルゲルミル家と争うにあたっての戦力として、キミを呼んだわけではなく……、キミが来るタイミングと、ヤツらが仕掛けてくるタイミングが、たまたま重なってしまったんだ……」


「そ、そんな……!? だ、ダメです……、神器使いとのバトルが……! これから一緒に戦おう! って流れじゃないんですか!?」


 ファシルは、困惑する。


 ナギサの言葉が、ファシルには予想外すぎたのだ。

 そもそも、何もかもが予想外だ。

 ナギサがここまで強いのも。

 ナギサが――ここまで、好戦的なのも。

 『神器使いとのバトルが……!』とは、なんだいったい。

 『神器信仰』が広まるこの大陸で、神器使いと率先して戦いたがる人間など、存在しない。

 戦闘狂、などという枠からすら、大きく逸脱している。

 『神』と争うことを望むのだ。

 『魔王』を倒し平和を願う『勇者』ですらない蛮行だ。

 マガハラ人はこうなのか……? いいや違う。

 ファシルにも、多少のマガハラの知識はある。

 マガハラの『サムライ』が持つ狂気も知っている。

 だが、ナギサは違う。 

 『サムライ』の、そのさらに先。

 サムライらしい、『剣』への執着を見せながら……、それでいて、戦いに対する認識がどこか子供じみている。

 強さへの自信からくる余裕なのか……、それとも『恐怖』そのものへの感性が鈍いのか。

 いずれにせよ、ファシルのナギサへの興味は尽きない。


(……この子は、どこか危うい。でも、だからこそ…………)


 ナギサが自分に協力してくれるかもしれない。戦力として頼れるかもしれない。

 ファシルは、そういった『自分の都合』もあるが、それよりも。

 ファシル自身にも、剣を扱う者としての矜持がある。

 鍛冶師としての、興味もある。

 彼女はどこまで強い?

 彼女に自身の打った武器を握らせれば、どうなる?

 アウルゲルミル寮序列2位の、あのギルナを圧倒した、その絶技。

 純粋な強さというのは、時として人を狂わせる。

 

 ファシルは、ナギサの危うさすら孕む強さに、魅せられ始めていた。



 3


 


「で、でもでも……っ、私だってもう、一緒に戦う仲間ですよね? だって、あの失礼な人、ぶっちゃったし……」


 ナギサの言う『失礼な人』――ギルナ・フィローギュ。


 『神器信仰』を司るアウルゲルミル寮の序列2位である彼女と敵対するということは、もはやナギサがファシルと同じ派閥であるということと同義だ。


 ただでさえファシルの寮――ヴァナルガンド寮に所属するのだ。もはやこれで無関係というのは不可能、というのは、ナギサの主張通り。


「いや……しかし……」


 なし崩しで決めるには、危険すぎることだ。


 今からでも、ナギサを争いの外に置くことは不可能ではない。

 だが、そもそもナギサ自身が、争いに参加することが目的、という困った状況だ。


「……なら、こうしよう。キミはもう少し、私や、この学園のことを知る。答えを出すのは、それからでも遅くないはずだ」

「……わかりました! 知ります! 知りたいです!」


 黒い前髪の隙間から覗く瞳が、キラキラと輝いているのがよく見える。

 やはり危うい。危なっかしい。


 無邪気で、無鉄砲。


 でも。

 結論を焦ってはいけない……、そう自制しても、ナギサを見ていると、何かが変わりそうな、そんな期待をしてしまうのも事実だった。



 □



「友達……ですか?」


 不安そうに確認するナギサ。



 『友達を作れ』。

 それがまず、ファシルから与えられたミッションだった。

 学園を知ること。つまり、この学園にはどんな人間がいるのかを知ること。


「…………あ、あの、……ファシル、さん……は……? 私と……友達……?」


「私とナギサさんは……そうだな……、契約者、候補?」


「こ、候補ぉ……こうほおぉぉぉ…………」


 残念そうにがっくりとうなだれるナギサ。

 友達だと、思っていたらしい。

 ファシルも胸が痛むが、今は彼女を甘やかせるタイミングではないのだ。

 なにせ、『神器信仰との戦い』という、この世界そのものにケンカを売るかどうかの瀬戸際で、『かわいそうだからやらせてあげる』なんてありえない。


「根本的な問題として、大変だと思うよ? 私も群れるタイプじゃないけど」



「……お嬢様も、今は少ないですものね…………友達」


 冷ややかな声が響く。

 声の主は、メイド服姿の青い髪の少女だった。




「めめめっ、メイドさん……!? すごい……、本でしか、見たことない……っ!」


 声を弾ませつつも、さささっとファシルの背後に隠れて、そこからぴょこんと顔を出すナギサ。

 どうやら基本、初対面の相手にはまず隠れるようだな……とファシルは背後の珍獣的挙動をするナギサを見つめる。

 思えば、ギルナに対しても同じ挙動だ。


「……彼女はレミア・ジングス。私に仕えるメイドだよ」


「……本物!」


「ええ、本物ですよ。王都で流行りのカフェで荒稼ぎするパチモノではございません」


 ひらり、と無表情のままスカートをなびかせて見せるレミア。




 淡々としているが、どこかふざけているような調子でもある。


「……さて、私の友達が少ないかはさておき……」


「……昔はたくさんいたんですけどね」


 主人に対して、ずけずけ言うタイプのメイド。

 それがレミアだ。


「レミア。そもそも友達とは必要かな? 無能ほどよく群れるだろ?」


「ひ、必要、です……! 私、友達、ほしい、です!」


「……だそうですよ? ファシル様?」


「…………個人差は、あるだろうね」


 頭を抱えるファシル。


 ナギサも大概だが、この無表情メイドも、会話がマイペースなのだ。


「……では、お嬢様がなにやら契約者がどうのと、お嬢様らしい屁理屈をこねてましたが、私達は友達……ということで。どうぞよろしくおねがいしますね、ナギサ様……」


「友達!? いいんですかあぁぁ~…………!?」


「……いぇーい。どうですかお嬢様? 脳、壊れてます?」


 片手でぶんぶんとナギサに振り回されながら、もう片方の手でピースを決めてくるレミア。


「……壊れるほどではないよ、まだ…………」




 □


「……さて、当然レミアは『友達』としてノーカンとして……」


「ど、どうしてですかあ……!?」


「私もレミアも二年生なんだ。ナギサさんは一年生。『友達を作れ』というのは、授業でソロだと、パーティーで挑むタイプで詰むから……という、極めて合理的理由だよ。別にそうでないなら、私もソロ派だ」


 お嬢様ぼっちぷぷぷ……的なレミアの茶化しは、今度は入らなかった。

 メイドとしての仕事に戻っている。

 というか、煽りにきただけなのかあのメイド?(ナギサに挨拶するタイミングを伺っていた)。


「学年…………、なるほど……、では、ファシル先輩……?」

「そうなるね」

「……『センパイ』……いいですね! 学校にきた……って感じがします。本で読んだことある……!」

「そういうわけで、授業中は手が貸せないわけだ」

「そ、そんな……、寂しいです……、ファシル先輩……」

「先輩呼びになっている……」


 警戒心は強いが、懐くとべったりなようだ、この生き物は。



「……そうだね。ちょっとズルだけど……例えば、『霊体化』の魔術を使って、こっそり後ろから見てる、とかはできるよ?」

「霊体……!? おばけ……!?」

「まあ、そんな感じさ。まずバレない」

「すごいです……! ぜひ、おねがいします……」

「とにかく、最初こそ躓いてしまったが……、せっかく学園にきたんだ。ナギサさんには楽しい思い出を作って欲しい。……大丈夫。さすがにアウルゲルミル寮でなければ、そこまで過剰に敵意は向けられないはずだ。あそこは大きい派閥とはいえ、派閥は全部で七つ、私達と、アウルゲルミルを抜いても5つだ。なんとかなるよ」


「……はいっ! が、がんばります……っ!」




 □




 そして――、ナギサが初めて自分のクラスで授業を受ける時がきた。


「……、きょ、今日から、皆さんと同じクラスになる…………、な、にゃ……ナギサ・ハバキリ、です! よろしくおねがいします」


「(噛んだね……)」


 霊体のファシルが、ナギサの後ろで苦い笑みをこぼす。

 先が思いやられる。



「…………あ? なんで、テメェが、ここに………………?」



 瞬間――、その声を聞いて、ナギサは氷像のように固まった。

 

「(あちゃ~…………)」

 ファシルも頭を抱えた。

 先が思いやられるにもほどがある。


 ギルナ・フィローギュ。

 アウルゲルミル寮、序列2位。


 ナギサが顔面をぶん殴った相手は、ナギサと同じクラスだった。







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