8 秘密


 ――――「ファシルさん……、さっきから口元の術式が乱れてますけど、大丈夫ですか……?」


ファシルは、ナギサの言葉に対して、なんでもないような顔で言葉を――。



「…………、こ、れは……」


 言葉を、返せるはずがなかった。


 頭が真っ白になる。

 恐怖が、あの日が、フラッシュバックが。


(――誤魔化さない、と……、誤魔化す。騙す? どうやって……? いまさら?)


 口元を覆ったファシルの手――その手の震えが止まらないを見て、ナギサは言う。



「……少し、場所を変えましょうか……」



 

 □


 ナギサに手を引かれて、ファシルは人気が少ない喫茶店カフェのテラス席に座る。


「…………お水、飲んでください」

「……すまない」


 受け取ったグラスに入った水を飲んで、深く息を吐き出す。


「…………どこかで、話すことは避けられないのはわかっていた。でも、怖くて、ずっと先延ばしにしていた……」

「……ごめん、なさい……。怖いこと、いきなりやらされるの……わたしだって、すごくイヤなことなのに」

「いや、いい。むしろ良い機会だった。……というか、介抱、慣れてるね?」


「……戦場で、こわくて、動けなくなっちゃう人、よくいますから……」


「……そうだね。私も、たくさん見てきた」


 ナギサが刀を握ると、意識がハッキリと切り替わる理由が、また少しわかった気がする。


 歪――――と表現するのも失礼か。

 彼女はずっと、『戦場』と『日常』が入れ替わっていたのだ。


 どちらに慣れているか。

 それだけの話。

 誰にでもある、個人差、ズレ。 


 だから、彼女は学園での『日常』に対して、ずっと初めて戦場に投げ出された新米兵士のようになってしまう。


 おかしな、ちぐはぐな……けれど、納得できる理屈だ。


「……私……、は……《吸血鬼》……なんだ。最も忌み嫌われる魔族。人類の天敵。『神』と敵対する、夜の一族……」


「……そんな、わたし……。……ああ、だから……牙を……」


 ナギサの理解は、あまりにスムーズだった。

 『牙』を隠すための偽装魔術、というところまでわかったようだ。


「……知っているのか?」

「……はい。《魔族》の領域にいる魔物が対象の討伐クエストも、受けたことあります。あ、《吸血鬼》を殺したりはしないですよ……? 《魔族》の人から、よく聞いてるってだけです」

「さすがだな……。戦いの経験でも、元 《勇者》の私よりも上か」


 ナギサの過去には、謎が多い。

 旅をしていた。魔物との戦いは経験豊富だが、対人戦の経験は少ない。

 確かに、『魔物との戦いは飽きた』というのなら、魔物の生息地として最も危険な魔族の領域での経験もあるだろう。

 魔族と接した経験も、既にあるというわけだ。

 

 情けない話だ。

 『差別』を恐れるあまりに、『ナギサも差別する』と、そう決めつけていたわけだ。


「……ごめんなさい……、ごめん、なさい……、わたし、また……」


 悲痛な声。

 ナギサは両膝に置いた拳が、震えていた。




「どうしてキミが謝る?」




 すると――――――ナギサは、左目を覆う髪を、かきあげて、左目を露出させた。


「…………あんまり、じっとは、見ないでくださいね……」

 ――真紅。


 血の色に染まった瞳は、通常ではありえないくらい、眼球の血管が色濃く浮き上がっている。


「《羅睺眼》。……マガハラにも、こちらでいう《魔眼》のような特異体質はありますが、それらとも少し違います。これは、先天性の体質じゃないんです」


「先天性では、ない……?」


 《魔眼》。

 《魔紋》は七つの属性いずれかを司り、極まれに生まれる魔紋を持たない《ブランク》を除いた人類全員が供えているものだ。

 だが、魔眼は違う。


 眼球に《魔紋》が刻まれているというのは、希少な体質だ。

 ナギサは、その例にすら当てはまらないという。


「……『眼を、魔力で強化する』というのは、誰でもやってることなんです。でも……、わたしはそれを、他の誰にもできないくらい、ずーっとやってたんです。……そうしたら、眼が魔力に染まりきって、『見えすぎちゃう』ようになりました」


 ――――ナギサは『魔力強化』という、誰でも使えるシンプルな技術を、全人類で一番上手く使える。


 そうなった時の人体への影響、というのは誰にもわからないだろう。

 人類初の快挙がナギサなのだから。


 『魔力』を見ることは、大抵の者にもできること。


 しかし、『術式』の詳細そのものは、見ることはできない。


 だが、それは『視る力』が足りていないだけということだったのだろう。

 確かに、見えずとも、『術式』は空間に形成される。


 例えば、ファシルも『何もない虚空に氷柱を生やす』という術式を動作させる際に、氷柱の長さ、向き、速度……それら全ての情報を『術式』に変換し、起動する。

 その『術式』は、確かに空間に一度展開されているのだ。


 誰にでも見える『魔法陣』という形で術式を可視化することもできるが、基本的にそれで相手に攻撃を読まれるのを避けるために、『詠唱』という音を破棄するように、『魔法陣』も破棄することが、魔装士として優れた技術だ。


 詠唱や魔法陣といった、あらゆる魔術の『起こり』を消す。

 『視覚』『聴覚』の面で、気配を消す基本技術。

 それでもナギサは見抜いてしまう。


 現代魔術の枠内で、ナギサの目から逃れる方法は、おそらくは、今のところないだろう。

 だが、理屈さえわかれば対策のしようもある……が、今は置いておこう。


 ナギサへのリベンジは、いつかの機会でいい。


「わたしも……隠してました。例えば、感情のゆらぎなんかも、魔力をみれば、わかっちゃうんですけど……、勝手にそれをみるのは、ずるいし、失礼かなって。それで、気味悪がられることも、ありますし……」


「どれくらいの精度なんだ? 例えば、私が今考えていることはわかるのかな?」


「……い、いえ……、心を読んだりは。それに、魔力を抑えるのが上手な人もいますし……、ファシルさんは上手なほう……って、たぶんわかっててやってますよね……?」


「……隠し事は、上手い、つもりだったね」


 それでも、ナギサの目は誤魔化せなかった。




「……わ、たしも……、目のこと、ばれちゃったら、嫌われると思ってて、いえなかったです……。でも、バレちゃいました……」


 ナギサが前髪をくしゃりと押さえつけて、左目を隠す。


 髪の隙間から、赤い輝きが微かに漏れる。


 ファシルは、椅子を寄せて、ナギサに近づく。





 ナギサの手をどけて、髪をかき分けて、赤い瞳を見つめる。


「……あっ、ぅ……ぇえ!? な、なんですか、ファシルさん……」



「綺麗だよ。――――キミの太刀筋も、その赤い瞳も、すべてがキミの努力の証だ」




「……、い、いや……そんな……」

「前に、『刀は想いを伝えるためにある』と言っていただろう? キミの、想いを伝えたいという叫び、その証だよ……この瞳の、赤色はね」

「あっ、う……ず、ずるいです……ファシルさん……。わたしをめちゃくちゃにするときだけ、いきなり元気になって」

「うん……ずるいね……。ずっとずるい。……こんなダメな私でも、キミのそばにいてもいいかい?」

「そんなの……、いまさらです。こんなダメダメで、ダメなわたしを、いつも受け止めてくれてるのに」

「キミがダメなんで、そう思いこんでるのはキミだけだよ」

「……じゃあ、それも、おそろいですね……。ファシルさんがダメなんて、そんなの……」


「おそろいか……。キミはやっぱり、ポジティブで素敵な考え方ができるね」


「え、ええ~……!? ぽじてぃぶ……?? 毎日反省会ですよわたし。この間もギルナちゃんの友達と三人でパーティー組んだんですけど、わたし、知らない人がいると上手く話せなくてぇ……」



 それからは。

 ナギサの失敗を、ファシルが慰める……といった、普通にカフェでのおしゃべりになっていった。




 □


 ――――ナギサは今日のおでかけの、当初の予定を思い出した。


 『月光とひまわり』。ナギサの好きな本のイベントに釣られて、苦手な『陽』のオーラが満ちる場所にも耐えてきたのだ。


 なんでも、作者のサイン会があるらしく、列ができた。

 小さい子もたくさん並んでいて、自分がそこに並んでもいいのか……? と思いつつも、大人や、ナギサと同年代くらいの子もいる。

 勇気を出して、列に並ぶ。

 ファシルは『ここで本を読みながら待ってるよ、楽しんでおいで』と喫茶店で待機している。




 わくわくしながら待っていると、ふと、前の客が気になった。



 目深に被った帽子に、サングラス。素性を隠すような格好だが、気品のようなものがある気がする。

 どこかの王族や貴族なのだろうか。

 帽子から除くまとめられた美しい銀髪。


「…………あっ」

 思わず、ナギサは声を漏らしてしまう。


 目の前の銀髪の女性がバッグにつけているストラップ。

 オオカミの『りるちゃん』とひまわりの『サンちゃん』……なのだが、サンちゃんの葉っぱがボロボロになっている。

 これは一度、りるちゃんとサンちゃんが分かれてしまい、サンちゃんがボロボロになってしまった後のバージョン。


 つまり、このストラップを、こういう組み合わせでつけているということは、そのシーンを推している、ということだ。


(…………この人………………、できる…………)


 わかっている人の、付け方であった。

 

 突然、目が、合ってしまう。

 見つめいたのだから、そうなるのは自然なのだが……、

 

 高い身長。鋭い目つき。

 大人っぽい、綺麗な人だ。

 どこかファシルに似ているが、ファシルよりもさらに鋭利な印象を受ける。


 ファシルは、『氷』のような鋭さもあるが、『雪』のような柔らかさもある。

 けれど、この人は『剣』だ。

 全てを貫く鋭い、銀の、剣。

 そんな、印象……。


「……ひっ、……す、すみません……」


 綺麗な人がかわいいキャラクターをつけているギャップ……とか考える間もなく、普通にビビった。


「……いえ……。サンちゃん、お好きなんですか?」

 

 やわらかくて、優しい声だった。


「……!! は、はい! この時のサンちゃん、すっごい好きですっ! ここってすごく悲しいけど、でも、サンちゃんがそれだけりるちゃんを強く想ってるんだったところが、泣けて……」


 挙動不審になりつつも、思わず、気持ちが溢れてしまった。


 やばい、またやらかした、きもがられる…………と、ナギサが思った瞬間。


 ――――――ばしんっ!!! と。

 すごい勢いで、手を掴まれた。

 

 相手も思わず、という様子で、自分自身でも、驚いているようだ。

 静寂、

 一瞬の間。 

 二人は無言で、見つめ合う。


 (…………、ぅ、わ、ぅ、わぁ!? 本当に、綺麗な人……。銀色の長い睫毛。……って……、泣いてる…………!!!?!!!!!?? どおしてぇ!? わたしがダメだから!!!?)



 自分よりも大人っぽくてしっかりしていて綺麗な女性が、いきなり泣き出してしまうという、あまりにも意味不明すぎる事態にキャパオーバーになるナギサ。


 ただでさえ極小のキャパなのに、もう終わりだった。


(どどどどど、どうしよう……!? ファシルさん、助けて……!!!)


 今から助けを求めるか。

 いや、目の前の彼女を放置するのも、並んでいた列から抜けてしまうのも、どうなのだろうか。

 彼女のためなら、列から抜けるのも仕方ないが、しかし……。

 ぐるぐると思考が回る。

 なにが正解なのだろう。


「……失礼。少し……取り乱しました。こんなに、サンちゃんのこと、わかってくれる人……いるなんて……」


「……そ、そうですよね……。『掲示板』も荒れたりしますもんね……」


 絵本の感想を書き込むノートや掲示板が、書店に設置されているのだが、『サンちゃん』は賛否両論になることもあるキャラクターだった。


 銀髪の女性が、ぽつりぽつりと語り始める。


「嬉しいです……。私も、つらいことがあると、ぐちゃぐちゃになって……そういう気持ちに寄り添ってくれるのがサンちゃんなの……。でも、そんなのおかしいって、そう思う人もたくさんいるから……、みんな、おかしいって……。みんなは……」 


「…………わ、わたしも、ダメダメ……だから……、ちょっとダメなところがある子が好き……かもです……」


「うん……うん……そうよね……。……あなたは……すごく、優しい人ね」


「い、いえっ、わたしはぜんぜん……! ダメダメなだけでぇ……!」


 それから、銀髪のお姉さんとの会話はとても弾んだ。

 初対面の人とここまですぐに打ち解けられたのは、ナギサにとって本当に貴重な体験だった。ファシル以外では初めてだろう。




 ――――同じものが好き、というのは強い。


(……そういえば、ファシルさんも最初に剣と鍛冶の話をしてくれて、すっごく楽しかったな……)



 それからサイン会が始まるまで話し込んでしまった。 

 銀髪のお姉さんはなにやら忙しいようで、それきりすぐに帰ってしまった。

 また会いたい。素直にそう思った。

 この書店に通っていれば、いつか会えるだろうか?

 きっと、会えるだろう。

 ナギサは、『ボロボロになったひまわり』のペンダントを握る。

 これも劇中の『サンちゃん』がボロボロになった時を表現していて、お姉さんとおそろいだ。



(…………それにしても、わたし、知らない人とおしゃべりできるなんて……まさか……これは……『成長』……!? しらないうちに、『陽キャ』に……なってた……!? ありがとう……ファシルさん。…………やったよ、お母さん…………!)


 ナギサは嬉しいことが続いて、気が大きくなっていた。





 □




「……放課後、予定を空けておいてもらえるだろうか」


 表情を硬くしたファシルが、そう切り出してくる。

 声音からして、楽しいおでかけの誘いではなさそうだ。





「……どうしたんです?」


 山盛りのご飯に、異様な数のウィンナーを乗せてかきこんでいたナギサが、その手を止めた。


「《決闘裁判デュエロ・プロツェス》。……神の前での決闘を以て、真実を決める。今日――――ルミリフィアがそれを行うみたいなんだ」



「……じゃあ、見れるんだ。……ルミリフィアさんの戦い」


「……ああ、そういうことだ」



 ファシルとしては、不安を煽ってしまう情報だったのだが、未だにナギサの思考を読み間違えてしまう。

 そうだ。

 ファシルにとって、ルミリフィアは恐怖の対象でも、ナギサにはそうではない。

 ナギサの求める戦いを、やっと与えられる。


 ファシルとの戦いはただの前哨戦だった。


 今回は『偵察』だが、いよいよルミリフィアとの対決を見据える段階に入ってきている。

 


 この世界を支配する『神器信仰』へと反逆する、そのための一歩だ。




 □


 ――――屋外闘技場には、人で溢れていた。



 学園最強。

 人類最強。

 ルミリフィア・アウルゲルミルが戦うというのは、もはや学園で最も熱望されるイベントになってしまっている。



「…………ファシルさん?」

「大丈夫……。なんでもないさ」


 ファシルの額には、汗が浮いている。

 ルミリフィアの姿を見るだけでも、恐怖を覚えるということだろう。


「……はい、大丈夫です。わたし、負けないです」


 震えるファシルの手を握る。

 実習で途方に暮れていたナギサを勇気づけてくれた時のこと。

 学園にきて、いきなり退学させられそうになっていたところを助けてくれた時のことを。

 あの時の心強さの、ほんのひとかけらでも、ファシルに伝わってくれれば。

 そう願って、ぎゅっと……。



 ――――瞬間、声が、響く。


「これより、女神 《イルミール》の名のもとに、《決闘裁判》を執り行う」



 観衆のざわめきを引き裂く、凛然とした声。


 純白の軍服のような制服。

 すらりと伸びるしなやかな脚を包むスラックス。

 長い銀髪を後ろでくくったポニーテール。

 その瞳は、見るもの全てを貫くかのように、研ぎ澄まされている。


 ――――ルミリフィア・アウルゲルミル。


 魔王を倒した《勇者》。

 学園の序列1位。

 現在の、人類最強。 

 ルミリフィアの背後には、白い制服の《アウルゲルミル寮》の生徒達がずらりと並んでいる。

 その中には、ギルナの姿もあった。


「罪状――――魔族の隠匿。これは女神への、重大な反逆だ」


「違う……ッッ!」


 ルミリフィアの前に相対した金髪の少女が叫ぶ。

 金色の髪。雷の属性を持つ、ヴィングトール寮の中でも実力者の少女だった。


「魔族は……、私達と同じ、心がある! もう魔王は討たれ、戦いは終わった! 彼らに敵意はない!」


「…………言いたいことは、それだけか?」


  言葉に、魔力が乗っているかのようだった。

 ルミリフィアが一言発するだけで、目の前の少女は気圧されていく。


「戦いは、なにも終わっていない。貴様らのような女神を脅かす者達がいる限り、民の不安は消えない。このノインディクサの大地に安寧は訪れないんだよ」


 腕組みをしていたルミリフィアは、それを解くと、あるものを指さした。


 彼女の背後にずらりと並ぶ生徒が掲げる旗だ。

 そこに描かれた紋章。



 太陽に、そこから伸びる光輪が七本の剣に置き換えられた図柄だ。



「――――――原初、神の時代において、神は七本の神器を『光』として我ら人類に授け、これを以て闇を打ち払った。……しかし! 今、再び、闇が人類を脅かすために牙を研いでいる! 

 

 私は、七つの神器を一つに束ね、今度こそ万全の平和を完成させる! 


 ――――人類史が未だ成し得ない神器の統一! それを以て、私はこの世界を救済する!!」


 歓声が沸き上がる。


 七つの神器を束ねる。

 今、民が不安を抱えているのは、魔族と……そして、神器同士の争い。

 それら全てを封じるために、『教団』が神器を管理するという宣言であった。



「……安心しろ。貴様の匿った魔族も、貴様も、殺しはしない。ただ首輪をつけて、私の下で管理し、兵として働いてもらうがな」



「……誰がそんなこと! やっと戦いから解放されて自由になれるはずだったのに、また戦いを引き起こすのか……おまえら教団は……ッッ!」


「……ハッ! 女神の意志すら理解できぬほど頭が足らんと、その程度の認識か! それはただの『逃げ』だ! 真に平和を望むなら、くすぶる火種からなぜ目を背けられる!? 女神に唾吐くその愚かさ、その身を刻んで思い知らせてやろう……ッッ!!」


 かくして幕開ける、《決闘裁判》。


 ここに、人類最強の戦い……いいや、神罰の執行が開始される。

 神器である銀色の剣を抜くルミリフィア。

 対して、金髪の少女は雷を纏った剣で切りかかる。






 □


「…………ははっ。ああ……すっかり女神様の走狗が板に付いているじゃないか、ルミリフィア…………」


 かつてと変わり果てた元相棒の姿に、ファシルは苦い顔でルミリフィアを見つめる。


 昔はファシルが剣を教えていた頃からは想像もできない、高圧的な姿だ。

 怯えの混じった表情のファシルをよそに、ナギサはまったく別の顔をしている。


「…………ああ、お姉さん…………あの時の……」




 ――――――《羅睺眼らごうがん》は、ルミリフィアの偽装魔術など、簡単に見破る。



 書店で会った時とは、ずいぶんと様子が違う。

 その変わり具合には驚かされた。

 ファシルの敵でもあるのも、残念に思う。







 『日常で出会った相手と、戦場での再会』。


 物語でよくあるパターンだ。


 ――――――――ああ、それで?








「………………綺麗な太刀筋……。またすぐ会えますね……、今度は、もう少し上手く剣戟おはなしできそう」









 絵本の話もいいけれど。


 刃を重ねても、話が弾みそうな相手だ。



 怯えるファシルに申し訳ない気持ちは、確かにある。


 ――――――その葛藤の全てを、ナギサが人生をかけて積み重ねた、戦闘衝動が上書きしていく。








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