9−30.リンネ侯爵家の動き

 一方、リンネ侯爵家のラウマイヤーハウト・リンネ侯爵とグレブリー・シューベリー侯爵代理は、館に戻って今後の侯爵家の立ち位置について協議していた。

 侯爵家の養女マリンドルータ・リンネとグレブリー大臣の結婚は既にシュトクハウゼン・ゼークスト公爵家でも既に諜報員からその報告を受けていると考えられた。

 そうなると侯爵家が王族側に付くことは、もう既成事実となっていると思われた。

 

 しかし、ゼークスト公爵はリンネ侯爵家が王族から最新式の武器供与を受けていることにまでは思い至ってはいなかった。


 グレブリー侯爵代理は、先般フラウ王女から渡された武器の一部を供与されたことに関してはゼークスト公爵家に可能な限りギリギリまでは秘匿しておきたいと考えていた。


「侯爵殿!この侯爵家には極めて優秀な潜入員が王都に派遣されていると、マリン殿から伺っておりますが、確かシトレース・ダウマン殿とか?今、どこに居られるのでしょうか?」


「彼なら先般の公爵家の強力爆弾の実験の時以来、王都街を引き揚げてこの侯爵邸から、ゼークスト公爵領内に潜入させております。確か昨日公爵家のその後の情報について報告に来ましたので未だこの館内に居るかと、、、」


「侯爵殿!申し訳ないが、シトレース殿を交えてこれからの対応を話したいのですが、呼んで貰えませんか?」

「グレブリー殿!シトレースは侯爵家の家臣、グレブリー殿が直接呼び付けても一向に構わ無いのですぞ、、、」


「確かにそうですが、領内で正式に結婚式を挙げたわけでもありませんし、私自身はシトレース殿とは全く面識がありませんので今回だけはお願いします 」

「そうですか?それでは彼をここに呼びましょう 」

 

 シトレース・ダウマンが二人の前に現れ、グレブリー侯爵代理に挨拶を行った。

 

「貴方がシトレース殿ですか?マリン殿からよく話を聞かされました。マリン殿の剣術指南役をされていたとか、それに、マリン殿の諜報活動を陰で支えて下さっていたとか?」


「やはり、マリン殿にはバレていたのですね。心根の優しい方故、侯爵殿の気持ちを斟酌(しんしゃく)して気付か無い振りをしておられたのでしょうね。

 それに、もう昔のことです。今では私はマリン殿の足元にも及びません 」


「そんなことは無いでしょう!王国五大剣豪のエーリッヒ大臣がマリン殿を剣術指南した貴方に是非お目にかかりたいと言っておりました 」

 

 グレブリー侯爵代理が、今回シトレース・ダウマンを呼び出したのは、王国とハザン国の飛行船による戦いのドタバタを利用して、王国内で大規模な内乱勃発の可能性が極めて高くなっており、極端いえば、一触即発の状況であることの危機感の程度を、同じレベルで共有したかったからであった。


 シトレース諜報員も並の家来ではない。諜報員を長年こなしているため、世情に詳しく、判断力も肝の据わり方も並の人間を遥かに上回っている。それ以上に、長年養女マリンドルータの影の守護者となっていたくらいであるから、侯爵家への忠義は極めて厚いと考えられた。


 その彼は、公爵邸での諜報活動から総合して、ハザン国飛行船攻撃の混乱に乗じて確実に王城に攻撃を仕掛けてくると見做(みな)していた。


「王都としては、前方から飛行船、後方から新型の強力爆弾の攻撃を受けることになり、王都の被害は免れないでしょうな。ハザン国からの飛行船攻撃だけであれば、女王様とその取り巻きで確実に排除できると見ているのだが、、、」


「そうですね。侯爵代理!背後からゼークスト公爵家の攻撃を受けることになると、最初に犠牲になるのが王都街とそこの住民となりますね 」


「それは王都と住民を最も大切に思われている女王様を非常に傷つけることになってしまう 」


 ゼークスト公爵家が王都街に侵攻するためには、必ずこのリンネ侯爵領内を通る必要が生じる。砂漠側に回り込んで攻撃すると言う方法もないわけではないが、私兵の殆んどは砂漠地帯での戦乱の経験がない。

 もし、ダナン砦の知るところとなれば、公爵家の兵士は格好の餌(えじき)になってしまうであろう。


「そこで、シトレース殿にお願いがあります 」


「もしかして、リンネ侯爵家が大掛かりな武装装備をしてゼークスト公爵家を待ち受けているという誇大情報を、公爵領内で流布するとか?」


「やはり、マリン殿が絶賛するに値する侯爵家を代表する諜報能力をお持ちのようですね 」


「私の知る限り、現段階ではゼークスト公爵家は他の貴族連合と迎合することなく、単独で動いている様です。そうであれば、リンネ侯爵家が完全武装装備で待ち構えているという情報は可成りの抑止力となるでしょうね 」


 リンネ侯爵家では既に可成りの装備が完了していた。そして現在ゼークスト公爵領内から良く見える場所に武器演習場の整地を行っていた。建屋とかは一切なく、単に演習用の看板を境界線の数キロにわたってこれ見よがしに50本程立てるだけである。そのことが侯爵家の動きがより目立たせていた。


「戦わずして相手を惑わせる作戦ですか?グレブリー殿だけは敵に回したくありませんな。勝てそうにありませんな。ダナン砦の功を買われて2年で大臣迄上り詰められたと云う噂は根も歯も無い物ではなさそうですね 」

・・・・・・・!

「そうなると、私の仕事は今グレブリー殿の武器装備の話に尾鰭(おひれ)をつけて、公爵領内で流布(るふ)するということになりますね 」


「それにもう一つ。ラウマイヤー侯爵家の武器装備の出所についてですが、王都からの拝領品であるほとは未だ伏せておきたいのですが、プリエモ王国から侯爵家が直接武器購入を行っている風に思わせたいと考えています 」


 ここで、プリエモ王国の名前を出すのは、王国の貴族連合に対するインパクトは絶大と考えられた。プリエモ王国が王国と武器供与で手を結んだとする情報は、貴族連合にとってはこの上もなく脅威と思えた。


「明日から早速、一部前もって女王樣から拝領した武器の試し打ちを侯爵領内で行う予定です。シトレース殿も是非見学されて帰られてはどうでしょうか 」


「それは、願ってもないこと。是非見学させてもらいます。それでは私はこれにて失礼します。見学が終わり次第、再びゼークスト公爵領内に潜入します。

 当分は数日おきに侯爵家に状況報告に参上するつもりです 」


「グレブリー殿!シトレースとは話が合いそうですな 」


 リンネ公爵の呟きに、グレブリーは貴族連合の内乱勃発時にはシトレースを将軍に迎えたいと考えていることを伝えると、公爵は大きく頷いた。

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