1−5 東の日出る国(ひがしのひいずるくに)
クロードは、フラウより5才年上である。フラウの剣術の師としてトライトロン王国に仕える様になって以来、フラウの専属の指南役を任されている。しかし、今ではフラウ王女は指南役の彼を凌ぐ程の剣士に成長していた。
最近、クロードは剣術指南役というよりどちらかというと、近衛騎士隊長兼フラウ王女が走り過ぎるのを抑制する類(たぐい)の仕事が多くなっている。
それでもフラウ王女は、まさか自分がクロードの警護の、いや監視の対象となっていることについては全く気が付いていなかった。
翌日、早めに朝食を終えたフラウ王女は、侍女のシノラインの呼び止めるのも聞かず、
「蔵書館に行って来る 」
とだけ言って駆け足で出て行った。
「姫様、そんなに走っては危ないですよ!」
シノラインの呼び声だけが虚しく回廊(かいろう)に木霊(こだま)した。
フラウは昨日、目星をつけていた
” 東の日出る国 ” の本を片っ端から引き出し、テーブルの上に山と積み上げた。この中に、自分が知りたいことが書かれている蔵書が必ずあるという根拠のない確信を持っていた。
一見、見たこともない様な文字が連ねられていたが、しばらく眺めていると、フラウは何故かその文字を読むことが出来た。見知らぬ国の見知らぬ書物が読めていることそれ自体がフラウが求めている答えなのであるが、その事には未だ気が付いていなかった。
「これ等の蔵書の中にきっとヒントがあるはずだ 」
フラウは、本を読むことが決して不得意ということではないが、出来れば、座学より実践を優先してきた ” おてんば姫 ” であるため、長時間の見知らぬ国の言語との格闘には、戦闘よりも遥かに疲れを感じていた。
王女にあるまじき欠伸と共に蔵書館のドアを開き外に出た。ドアの外から真っ赤な夕日と共に ” フラウお姉様!” 大きな瞳から大粒の涙を流しながら、妹のジェシカ王女がフラウに抱きついてきた。
「お姉様が死んでしまうかも知れないと聞かされ、本当に心配していましたのよ。逢いに行っても、部屋に入るのを止められて、、、」
震える妹の身体を優しく抱きしめ、
「私は、そう簡単に死んだりはしないよ。だって、私はジェシーのヒーローだから、例え死んでもジェシーだけは守ってあげる!」
「お願いだから死ぬなんて言葉使わないでください。お姉様!」
「悪かった、これから気をつける 」
ジェシカは、フラウ王女の三つ年下の妹、つまり、この国の第二王位継承者でもある。正式にはジェシカ・ハナビー・フォン・ローザスという名前であるが、フラウがジェシーと呼び始めてからは、妹もそれがとても気に入っているようだ。これはフラウだけが妹を呼ぶ愛称である。
ジェシカ王女はフラウの身体にしがみ付き、中々離れようとしない。
ジェシカは、フラウとは違い実践より座学の方が得意である。そのため、女王を継承するのは、頭が良くて優しく、幅広い見識を持つ妹の方が好ましいとさえフラウは思っていた。
当分は、ジェシカからのこの抱きつきを撃退することは出来ないだろう。妹を本当に心配させてしまったのであろうから、今は我慢するしかないと自分に言い聞かせていた。
翌日、蔵書館に一緒に行くと言って聞かない妹を、何とか振り切って、フラウは蔵書館の扉を開けた。フラウが予想している遠くの見知らぬ国へ行き来したかもしれないことを今の段階で妹のジェシカであっても知られる訳にはいかないと考えていたからだった。
今回の騒動についての真相をフラウが解明しようとしていることを、他の人が知った場合、これからのフラウの行動に大きな枷(かせ)がかけられる可能性を考えたからでもあったが、それ以上にジェシカや両親を余計な心配事に巻き込みたくないと思っていたからでもあった。
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