二つの世界を旅する騎士姫（卑弥呼と龍神の騎士姫）

１−９ 隣国の動き

　その日の午後は、摂政のスチュワートが隣国ハザンに関して収集された情報を軍議にかける為に、各執務大臣達を招集していた。

　招集された将軍や大臣達は、本会議に最近は顔を出すことの少なくなったエリザベート女王が出席することを知り一同の顔に緊張の色が走った。

　会議には３軍務大臣の外、内務大臣と経済産業大臣、加えて人事院からも大臣が出席していた。女王を含めると８人での会議である。中でもフラウは、他の大臣達と比べると、その年齢は三分の一、子供というより場合によっては孫でも可笑しくない年齢である。

　フラウが第一軍務大臣に就任したのは、決して女王や摂政の後押しがあった訳では無い。15才の初陣の時、二人の将軍や並み居る猛将と一緒に極めて大掛かりな数千人規模の反乱軍の鎮圧に当たった。

　その時、フラウは15歳とは思えぬ軍事に関する見識を披露し、並居る猛将達を黙らせると、自分が陣頭指揮に立って、反乱軍を壊滅させてしまったことがあった。” 親の七光りの小娘が ” という揶揄(やゆ)を完全に吹き飛ばしてしまったのだった。

　そればかりではない。以来、猛将達も次第にフラウと共に戦うことを望み、フラウの為とあらば自分の命と引き替えでも構わないと言う者まで現れ、エリザベート女王もスチュワート摂政もいよいよ反対できなくなったという経緯がある。

　フラウは、事が軍事的側面となるとどこで知識を得たのかと不思議な位、冷静かつ的確な判断を下した。実際フラウ王女の働きでこれ迄多くの内乱を鎮圧し、その結果として ” 龍神の騎士姫 ” の異名持ちとなっている。最初の内こそ両親はハラハラしながら、フラウの出陣を見送っていたものだったが、最近では、” フラウが行けば大丈夫 ” と根拠の無い確信に変わってきていた。

　いわゆる、ここにもフラウの盲信者が出来上がってしまっていた訳だ。

　スチュワート摂政の合図で、軍議が始まった。

「我が国が、隣国ハザンに諜報員を送っていることは、皆も知っていると思うが、その筋からの情報で、、、」

　摂政の言葉に一同に重苦しい雰囲気が流れた。戦争が始まるであろうことが、誰にも想定出来たからである。

「諜報員からの情報によると、ハザン国が、我が王国を攻め込む為に、大掛かりな徴兵を始めたらしい 」

「それで、敵兵はどれくらいの規模になっているとの情報ですかな？」

　いかにも歴戦の強者と言わんばかりの偉丈夫で、” 身体の傷が俺の勲章 ” だと平気で豪語しているらしい第二軍務大臣のジェームクント・リーベンが聞いてきた。

　摂政はちょっと返答を憚(はばか)る様にひとつ咳払いをして、

「恐らく、2.5〜３万人の規模かと？」

と答え、更に摂政の話は続いた。

　ハザン国では、昨年と一昨年の大飢饉で食糧が極端に不足し、市井では多くの餓死者が出ていた。主要与党に対する庶民の反発が大きく、” 責任をとらせ総辞職だ ” との過激な地下運動まで起きていた。

　ハザン国はその国民の反発の目を逸らすために、今回の我が王国への侵略計画が発動されたと見られる。その巻き添えをトライトロン王国が被ることになってしまった様である。

　フラウは、こう言った類(たぐ)いの理由によりある種の目眩しの為に戦争が、屡々(しばしば)用いられることを聞き知っていた。しかし、その矛先が実際に自分の国に向いているとなると、話は全く別だ。

「第一軍務大臣殿！卿(けい)はどの様にお考えかな？良かったらご意見を窺えれば助かりますが、、、」

　ジームクント第二軍務大臣が低く通る声で聞いてきた。

　第一軍務大臣とは、いわゆる、フラウのことである。18歳にして、軍の最高権力者となっている。本人は全く気にしている風ではないが、それ以来自分の立案した戦略が詮議の場で受け入れてもらい易くなったことについては満足していた。

「それにしても、3万人とは大群過ぎる。烏合の衆やもしれないが、戦の行方(ゆくえ)は兵の数とそれを支える十分な兵糧が決めることになるであろうし、、、 」

　フラウは少し抑え気味の低い声でつぶやいた。

　ジームクント第二軍務大臣は、

「我が王国は兵糧の問題については余り心配ないとしても、我が王国で直ちに集められる兵力には限度がありますな！」

と渋い顔をした。

　そこでフラウ王女は少し考える様な素振りをしていたが、思い切ったように言った。

「可能な限り貴族達の所有する私兵は使いたくない。恩賞だ何んだと言って場合によっては王族との婚姻や養子などを要求してくる可能性も無くはないだろうから、、、」

　フラウ王女は王家との繋がりをより強固にするために、多くの貴族達が王家と関わりの深い者との婚姻を望んでいることくらいは知っていた。

「処で、摂政殿、ハザン国の兵隊が我が領内に到着する迄には一体どの程度の時間が許されているのでしょうか？」

　とフラウは父のスチュワートに聞いた。

「そうだな。恐らく遅くても1ヶ月、場合によってはそれより少し早いかと見ている 」

　スチュワートは苦渋に歪んだ顔でつぶやいた。