1−7 第二王位継承者ジェシカ王女
その日の夕方、食堂で隣に座っているジェシカ王女は、昼間の話を蒸し返してきた。
「お姉様、やっぱりあんまり酷いじゃないですか?」
ジェシカは自分を独りぼっちにして姉が一週間も蔵書館に籠りっきりになっていたことが気に食わなかった。日頃は姉が蔵書館にはほとんど寄りつかないところから、蔵書館は完全に自分のテリトリーだと考えていた。
「蔵書館行くなら、どうして私も一緒に連れて行ってくれないんですか?私は、姉様がやっと元気になられ、一緒に居れることをとても楽しみにしていたんです。それなのに、、、」
妹はすっかり涙声となっている。この話は、蔵書館から出てきた時に終わったものと思っていたが、ジェシカ王女の心の中では、まだ完全には消化出来ていなかった様である。
「御免ね!ジェシー!私、どうしても調べなければならないことがあって、蔵書館に入り浸っていたがやっと見つけた。明日からはジェシカとの時間がゆっくり取れそうだ 」
姉の言葉に、ジェシカはやっとフラウから離れ、そしてマジマジと姉の顔を覗き込み再び抱きついてきた。3歳年下だから、妹ももう十五歳、それにしては少し可愛い過ぎるというか、幼さ過ぎる。
座学においてフラウは、ジェシーが10歳の頃から既に及ばないと早々に諦めていた。その頃より妹から教えられることも少なくなかった。
翌日の朝、ここ一週間蔵書館に篭(こも)りっきりだったせいか、クロの顔を見ていないことを思い出し、フラウはクロードを呼んだ。
「私はここに!」
フラウは驚いて後ろを向いた。そこには、クロードが片膝をついて頭を下げていた。
「邪馬台国で同様な経験をした既視感(デジャブ)を感じながら、どこにいたのかと尋ねた 」
「私は、姫様の付き人ですから、いつも後ろに控えております 」
「嘘が下手だな!私は蔵書館に籠(こも)っておったんだぞ 」
「だから、私は扉の側で姫様を外敵から守っておりました 」
「それならどうして、声をかけてくれなかった?」
「珍しくとても真剣な顔をされていたので声をかけるのを憚(はばか)っておりました 」
「それは、悪いことをしたな。すまなかった 」
クロードは時々思うのである。本当にこの王女様が、一騎当千の ” 龍神の騎士姫 ” の二つ名持ちと同一人物なのかと。しかし練習試合では、最近勝つことが少なくなったクロードからすれば、あながち巷(ちまた)の噂(うわさ)ではあっても、真実かもしれないと感じている。
一年前の戦の時もクロードより遥かに高い戦果を挙げていたことを思い出し、少し王女が遠くなった様に感じ、溜息をついた。
「もう、そろそろ私も姫様の指南役引退を考えなければならない頃ですかね? 」
クロードが少し戯(おど)けた様に言うと、フラウは慌てて涙目になって、
「そんなこと絶対に許しませんからね!」
とそっぽを向いてしまった。
自分の部屋に帰りしな、クロードが二人の前から去るや否や、ジェシカ王女が姉の耳元で囁くように、
「姉様は、クロードのことを好いて居られるのですか?」
と聞いてきた。
フラウは、耳元まで赤くして、
「そ、そ、そんなことありません!」
と答えたが、ジェシカはとても羨ましそうに、小声で
「私、応援していますから!」
とニマニマしながらそう呟いた。
益々茹(ゆで)で蛸(たこ)の様になったフラウ顔からは、今にも湯気が吹き出そうである。そして、さっき迄妹が年齢よりも幼いと思ってしまった自分がとんでもない間違いであったことに気がついた。
座学の天才少女は、あっちの面でもとても ” おませさん ” であることを改めて思い知らされ、これからは慎重に話さなければならないと思ってしまったフラウ王女であった。
昨晩、父のスチュワートが隣国より多くの情報を持って帰ってきた。勿論、スチュワート自身が情報収集をしているわけではない。普段より、隣国同士は多くの諜報員をそれぞれ活動させているのが普通であった。
通信手段が殆ど無いこの時代、情報を出来る限り早く正確に入手する為に、摂政自らがお忍びで隣国へ赴き、諜報員からの情報を得たりするのである。
「隣国のハザンが些(いささ)か、きな臭くなってきた 」
「スチュワート!今は食事中ですから、そういう物騒な話は食事が終わってからにして貰えませんか?」
エリザベート女王が釘を刺した。
「ああ悪かった。食事が終わったら改めて評議会を開くことにする 」
「それより、貴方に話さなければならないことが山積みなの。評議会は後に出来ないかしら?」
「そうだな、評議会召集も今日の今日と言う訳にはいかないだろうから。女王の話を優先するよ 」
フラウは、母が父に話そうとしている内容がとても気になった。母の父への話は、恐らく自分の失踪の事、父の話は近く隣国との戦が始まり兼ねないだろうこと。その何もかもが、フラウの今後に大きな影響を与えそうな予感がしてならなかったからである。
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