二つの世界を旅する騎士姫(卑弥呼と龍神の騎士姫)

はたせゆきと

第一話 1−1 行方不明(1)

 私は昇っている。確かに昇っている。フワリフワリと何処までも。一体どこに昇って行くのだろう。崖から落ちる夢ならば偶に見る事がある。しかし今感じているのは落下ではなく上へ向かって昇っている。夢では無いような気がする。

 それでも確かに昇っている。少しづつ、少しづつ。


 これが俗に言う天に召されると言う事なのだろうか。私は天国に向かっているのかもしれない。しかし自分が死んでしまったという実感も、最近死ぬ様な病気や特に戦乱やトラブルに巻き込まれてしまった記憶も無い。

 それでも今のフラウの状況は寧ろ、この快感にずっとこのまま身を委ねていたいとも思える安堵感を感じていた。

 私はこのまま死んでしまうのだろうか?それとも、実際にはもう既に死んでいて、魂だけがあたかも生きているかの様に感じているのだろうか?


 そう云えば最近この状況と全く逆に地底へ落下する既視感を経験した。あれは、、、確かあの日は暇だったのに加え、少し探検めいた事をしてみたいと言う誘惑に駆られ、先に城に帰った近衛騎士隊長のクロード・トリトロンを見送りながら、王城のすぐ近くにある洞窟内に一人で入り込んだ。その時不思議なその現象は起こった。


 あの時は確か何かに導かれる様に無意識の内に自分はその洞窟の扉を開けていた。真っ暗な洞窟内に滑り落ちると、中には少し小高くなっていた場所があったのでそこに登り思案していた時に突然眩暈(めまい)を覚え、自分の身体を光が包み込み、光の渦の中ググッと引っ張り込まれたかと思うと、自分の身体が地の底迄落下していく様な感覚は覚えていた。

 その時も崖から落ちる時の様な落下速度ではなく、まるで重力を失ってしまったかの様にゆっくりゆっくりと自分の身体が落ちて行った記憶だけが残っている。そして、その落下が終わったと感じた瞬間から、フラウは見たことのない不思議な国に迷い込んでしまったいた、、、。

 そこで、確か自分より2〜3歳年上と思われる美しい異国の女性と出会った。


 トライトロン王国では殆ど見られることのない濡羽色の長い黒髪と黒曜石の瞳を持つ白皙の凛とした美しい女性だった。

 彼女はその国の女王様で、見慣ぬ服装をしていた。そして、とても私のことを歓迎してくれていた様な気がした。あれは夢だったのだろうか。夢の中で更に別の夢を見ていたのかもしれない。

 そう確か彼の国は邪馬台国と呼ばれていたような記憶が朧げながら残っている。その女の人は確か ” 女王卑弥呼様 ” と皆んなから呼ばれていた。


 やっぱり自分はどこかの戦場で既に死んでしまったのだろうか。人は死ぬ前に自分の過去や未来を走馬灯の様に見るというが、、、 いや駄目だ私は未だ死ぬ訳にはいかない未だやらなければならない事が一杯残っていたはずなのに、、、

 しかし、あの時の記憶では確かに落下していたのに、今は何故か身体が上へ上へと昇って行っている。そして、昇るに連れて女王卑弥呼と過ごした記憶が少しづつ削り取られて行く様な気がする。

 またその一方で不思議と、とても懐かしいと感じられる新たな別の記憶が少しづつ頭の中を満たし始めてきた。

 この朧げな記憶こそがこれまでフラウが生きてきた本物の記憶である様な気もしていた。

 それでもどっちの記憶が本物かを決め切れないまま、頭の中の記憶の神経が1本づつ抜き取られていく様な不安感に苛まれ、恐怖していた。


 このまま眠ってしまっては駄目だ! そう思い始めた頃、上昇速度が更に緩慢になってきた。そしてフラウの第六感が何かを感じ始めてきた。途端に眠気はすっかり消え、思わず本能的な反射神経による防御機構が働き不安定な身体の状態であったにも拘らず、硬い地面を足で感じる事ができた。一体何処に到達したかは未だ分からないが、兎に角 ” 自分は未だ生きている ” その安堵感を感じると共に、フラウの意識はふっと完全に搔き消えてしまった。


 次にフラウが意識を戻したのは、天蓋付きのベットの上だった。

「王女様! 王女様!」

 誰かに呼びかけられて目を開いた。

「嗚呼、クロか!何をそんなに慌てているのじゃ?」

「クロって誰ですか?私はクロード・トリトロンですよ。今まで王女様からクロって呼ばれたことなどありませんが!何か犬の名前みたいですね ”クロ”

って!私をその呼び方で呼ばないで下さい。クロードと呼んで下さい!」


 彼の話からすると、自分はどうもトライトロン王国の王女で、フラウリーデと呼ばれているらしい。正式には フラウリーデ・ハナビー・フォン・ローザス という名前のようだ。これがもし現実だとすると自分の頭の中に未だ僅かに残っている卑弥呼に関する記憶はやはり夢だったのだろうか?

 兎に角、夢だったと考える方が自分を納得させ易い気がした。


 それにしても目の前のクロードは、記憶に少し残っているクロとよく似ているが、着ている服がクロの物とは違う。クロードとは一体何処で会ったのだろうか?記憶の中に僅かに残っているクロは上下がつながった物を着ていた気がする。クロードはそれとは異なる上と下が別れた所謂(いわゆる)兵士が着ている樣な服である。何故か自分はクロードが身につけているその服にとても懐かしさを感じる。


 彼女は思わず上布団を上げ、自分の服を確かめた。刺繍やら何か非常に煌びやかな小粒の石で飾られ、お腹の所で縮まり、足元に向かって大きく開いていた寝間着であった。貫頭衣とは似ても似つかない派手なこしらえである。

「わしの服は何処?」

とのフラウの問いかけに、

「あまりにも見窄らしい服だったんで焼いて捨てました 」

とクロは平然と答えた。

「ええ〜っ クロが私の服を着替えさせたのか?

 フラウ王女は真っ赤な顔をして怒り始めた。

「な、な、 何で私が王女様の服を脱がせ、、、そんな事ある訳ないじゃ無いですか。その為の侍女がいますから 」

 クロは少し慌てたように顔を赤くして頭を下げた。


「ひょっとしたら、見てたんじゃないのか?」

と問い詰めたかったが、話が更に複雑になりそうなのでここは一旦引き下がっておこうと考え、フラウは話題を変えた。

「さっき、王女様と言った様な気がするが、私は女王ではないのか?」


 そういえば確か長いこと王女様と呼ばれていた様な記憶がある。

 フラウは混乱する頭を振るって思い出そうとするが、頭の中の混沌は益々広がって行くばかりである。

「一体、王女様どうなさったんですか?洞窟の中で頭を強く打ったとか、

我がトライトロン王国の女王様は貴女のお母さんの エリザベート・ハナビー・フォン・ローザス女王様ではありませんか。きっと未だ身体が十分に回復されていないのですね!」

 確かに未だ頭がボーとして、それでいて自分の見知っている女王二人の顔が交錯して気分が優れない。


「少し一人にしてくれないか。用事があったら呼ぶから 」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る